自由律俳句(その8)
〇 2023年9月27日。酷暑の夏が終わり、久々に公園を散策する。季節的に花は少ないが、曇天の中に見える太陽が力強い。そして、トンボが飛び、鈴虫が草の中で音楽を奏でる。ふと見ると、大木の下に草花の芽が大きく出ていた。私もようやく芽が出るのか?散歩をすると、詩作が浮かぶ。不思議だ。
腰が伸びない私を 傍で見守るトンボよ お前よりは長生きしているぞ
無視すれば近寄り 探せば逃げるトンボ お前の名は幸運か
黄色い花に飛び交う 黄色い蝶 その色は何を意味しているのか
伸び放題の草の中から 鈴虫の歌が聞こえる 夏が終わる
曇天の中から顔を出す陽光の輝き その強さに希望が見えた
散歩の汗をシャワーで流し 氷を満たしたグラスに注ぐハイボール これぞ煩悩なり
年金がない月の郵便局 老人の姿は見えなくなっている
定年とは諦念を得るための一里塚 欲望 願望 煩悩 皆塵芥として捨てされよ
〇 2023年10月5日、秋晴れに誘われて午後から散歩に出る。陽の光はまぶしいが、風は冷たく感じる。まだ紅葉は始まっていない。・・・脊椎管狭窄症の改善になると思い、坐禅を組んで瞑想する。家で過ごす分には、痛みはなくなっているが・・・。
少しばかり坐禅をしても 簡単には良くならないよと 我が腰が物申す
10月の初めはまだ夏の匂いがしている 公園の水が温い
何があるのだろう よく晴れた秋空の 筋雲が指し示す東には
〇 2023年10月8日、買い物の途中に通る小学校の校庭から、運動会の練習だろうか、ビートルズの「レットイットビー」がけだるく聴こえてくる。もとより小学生はこの曲への思い入れも意味も知らないだろうが、教師たちにとっては運動会に相応しい音楽なのだろう。
ビートルズなんか知らない小学生が 音に合わせるだけのレットイットビー
けだるいレットイットビーを聴いている その私こそがけだるいのだ
〇 2023年10月20日、友人と待ち合わせて、一人早く上野の老舗居酒屋で飲む。完全予約制で、店は混雑していない上に、時間が早いせいかとても静かだ。
人のいないテーブルを眺めて 冷酒を口に含む 良い肴だ
肴の味に年季が入っていて 酒の猪口に土の匂いがした
〇 その後、御徒町の人気店で飲む。道に面したカウンターに座る。
背中に感じる次の客 心配ないよ 私はすぐに消えるから
老人が落ち着かなさを感じる 若者だらけの店だった
黄色い大きな提灯よ 次に会うのは冥途だな
〇 2023年10月27日、実母と柴又帝釈天、寅さん記念館、山田洋次ミュージアムを訪ね、小岩の古い蕎麦屋で打ち上げをする。
参道で迎える壊れた猿の像に 昔に通った人々の姿が重なる
法華経の浮き彫りに 我が病癒えよと願かける
庭の池の黒い鯉 ここから飛び立つのはいつになる
本堂を守る龍に 池から飛び出した鯉を見た
蛾次郎が突いていた鐘楼は 誰も入れない場所になっている
(注:俳優の佐藤蛾次郎は、「男はつらいよ」の寺男役として有名)
庭を眺めて老母と味わう抹茶が いつもより苦く感じる
小さな蓮池の虫たちは この狭い世界で一生を終えるのか
昭和とひとくくりに言わないでくれ 渥美清が輝いていた時代
居間の団らんが 特別なことではない幸せ
大船撮影所の模型 山や海の矢印があれば小津なのに
(注:大船撮影所の小津安二郎監督は、方角を示すときに「山」・「海」を使用した。)
高校生に歩道で抜かれ もたもた歩む老母と愚息
客のいない蕎麦屋で まずビールを注文した 旨い
煮込みの大きな器と濃い味に ビールがよく沁みていく
蕎麦が来るまでに ビールを三本飲んでいた 酔っていない
すさんだビルの谷間から見える夕焼け雲が ただ哀しく消えてゆく
うそ寒いネオンと人込みだけのバス停 孤独感を味わってやるぞ
〇 2023年11月3日、祝日で避けたかったのだが、秋葉原でパーコー麺を食べる。
怖い人や狂信的な顔がいるのには きっと理由があるのだろう
ここは気が悪い 近寄らないほうが良いと 天からの声が聞こえる
万世橋の照明塔の時間は止まっている そこにたたずむ人は生きていない
もう来ないといいながら 万世橋を渡っていた
〇 2023年11月5日、夢の島公園と辰巳公園を散歩する。
しゅっというアーチェリーの音に怯える 老爺一人 よい天気だ
中学生が別の生き物にしか見えない 陸上競技場
犬を飾りにして散歩する 有閑マダムの3人がいた