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100人のnoteを読んで思い出したじぶんの衝動
今年に入って100人以上のnoteを読ませていただき感想をお伝えするという試みをしてみた。いいね読みといわれているみたい。
これをやろうと思ったのは、自分が全然noteが書けないことをパーソナル編集者のみずのけいすけさんに相談したことがきっかけだ。その中で、書き手というピッチャーはたくさんいるのに、それを受け止めるキャッチャーが足らなすぎると感じてのことだった。
最初は、とはいえ大変そうだなーとしりごみしていたけど、「人のnoteを読むのも立派な創作だよ。」とみずのけいすけさんが背中をやさしく押してくれたことが大きい。
くわしくはこちらのvoicyでみずのさんがお話されているのでぜひ!
でだ、この利他的な話はちょっとカッコつけたよそゆきの言葉だと今だと感じる。
100人のnoteを通して、氷山の一角として出てきたこの「いいね読み」の奥深くに自分の衝動があることに気づいたというか思い出させてもらった。
その人から見える世界をのぞいてみたいということ。
じぶんにとっては、「何を作るか」ということよりも、「世界をどう見るか」の方が圧倒的に心が動くことである。
千利休のように「みたてる」ことや、マルセルデュシャンの「泉」、ヨーゼフボイスの「社会彫刻」のように、当たり前の日常にあるものから新しい世界の見方を提示してくれる。
上記の例はあまりにも強い文脈すぎてピンとこないかも知れないが、最初はたったひとりの「その人から見える世界」から始まっている。その点で言うと僕にとっては100人のnoteから受け取ったことと変わらないことだと感じている。
小さい声で弱い文脈かもしれないけれど、たったひとりのその人からしか見えない世界。
急に話は変わるけど、僕は小さい時から星空が好きで今でも泣きそうになるくらい感動する。
まさに弱い光の集まりだけれど、僕はその満点の夜空を美しいと感じるし心が動かされる。
今この瞬間も生まれている小さな声。
僕は人生を通して、なるべくたったひとりのその人の小さな声にききみみを立てながら、弱い文脈に流されて影響されながらいきたい。
その行き着いた先にどんな世界が見えるのかが楽しみである。