100日チャレンジやってみた③
これは、私が2022年1月1日までの100日間かけて毎日続けたことと、それにまつわるなんやかんやの記録である。
今この文章を書いている時点で、100日チャレンジを始めて10日以上が経過している。
スタート直後と今でも少し変わったことや感じたことがあるのだけれど、今回は始めたばかりの時の私の話。
「毎朝6時に起きる」を宣言して、私の100日チャレンジは幕を開けた。
毎日の行動目標は1つ。
朝6時に起きて、100日チャレンジのLINEアカウントに「起きました」と報告すること。
多くの方が感じることでしょう。
「6時…大して早くなくね?」と。
しかしながら、通常7時に起きていて、何なら気の抜けた土日は9時に目を覚ます私にとっては、毎日1時間起床時間を早めるのは高いハードル。
「6時は大して早くない」という感覚を、私だって身につけたいの。そっち側に行きたいの。
そんな感じで1日目の朝6時のアラームが鳴った。
眠い。
猛烈に眠い。
もう目を開けるのが苦痛でしかない。
こんなことをあと99日も毎朝続けなければならないのかと、すでに心は折れそうだった。
こんな時、弱い自分は逃げ道を探す。
朝6時に「起きる」というのは、覚醒していれば良いのか、目覚めてかつ活動していることを指すのか。
前者でいいならこのまま横になっててもいいじゃない♪
「朝6時」に起きるというのは、6時ジャストに起きることなのか、6時までに起きることなのか、はたまた6時台に起きることなのか。
後者でいいならまだ寝てても良いよね♪
こうして今の苦痛から逃れられる、まだ寝ていても良い理由を(起きる努力はしないくせに)頭をフル回転させてあれこれ探す。
しかしこの100日チャレンジには、怠惰な自分を一喝するシステムがある。
「報告」である。
仮に6時59分に「起きました」の報告をしたとすると、受け手は「コイツ今起きたな」という印象を持つ可能性がある。
同じ報告なら6時3分とか6時台早めの方が「できてます感」がある気がする。
(5時台に起きるという発想はまだ無い。)
要するに見栄である。
たぶん、確実に、私が6時59分に起きたって8時に起きたって誰も怒らないどころか何の感情もわかないだろう。
それでもなお私は、「早起きチャレンジを成功させ続けているかっこいい自分」を必死に取り繕おうとしている。
他人の目があるって恐ろしいことだと思う。
そんなわけで、長年克服出来なかった早起きを、見栄の力だけで乗り切る事が出来た初日。
「早起きは責任感でするものだ」は私の持論だが、人を意識するこの方法は自分に合っているのかもしれない。
現状大変に辛くはあるが、どーにかこーにか100日続けられるのではという予感がある。
次回は、早起きして起こった事について書こうと思います。