【日本一周 東北編3】 雨の中の金色堂
・メンバー
明石、尾道、釧路、宮島
・太平なり 筆者:明石
夜露がしみ込んでつるつるにコーティングされた長い坂道を登ると、中尊寺と銘打たれた門が出てきた。門をくぐると、幹が360°以上ねじ曲がった松が待っていた。見応えはあったが、人の手によってこんなひねくれ者に仕立て上げられてしまった松に少し同情した。
そうこうしているうちに、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。雨予報なのは知っていたが、いざ目の当たりにすると少し萎えてしまう。しかし、芭蕉の詠んだ「五月雨の 降りのこしてや 光堂」と邂逅を果たすチャンスかもしれぬと、落ちかけた気持ちをふるい立たせた。
金色堂に隣接する宝物館には、黒地の和紙に金文字の経典によって描かれた五重塔の絵画や、螺鈿細工の詳細な説明など、思いのほか興味深い展示が並んでいた。
宮島と二人で宝物館を出ると、出口の近くにあった売店ではコロナ禍にもかかわらず、「かりんとうまんじゅう」なるものの試食サービスをしていた。かりんとうと名乗るからには、外はカリッとほの甘い黒糖なのかと思いきや、歯応えのないモニョっとした洗礼を受けた。
これは釧路に食わせてなるものかと思い、試食しようと意気込む彼を支離滅裂な言葉で煙に巻き、宮島と力尽くで遠ざけると、案の定、釧路は少しイラついた。
金色堂は皆が口を揃えて「思ったより小さい」と言ったので、「そうなのかもしれない」と洗脳されかけたが、思い返してみると想像通りの大きさだった。
ただ、ガラス製のショーケースで覆われて薄暗い照明に照らされていたせいか、どうも現実にある建造物というよりかは、博物館の所蔵する展示品のような風格を感じさせる。「千歳の記念」としての生々しいオーラは感じられなかった。
叶わぬ願いではあるが、金色堂の縁側に座ってお茶でも飲みながら、豪奢な装飾をぼんやり見上げてまどろみを漂う。前述のような時間に身を置いてこそ真の価値を感ぜらるるのでは!と妄想に興じたりした。
駐車場へ向けて長い長い下り坂をくだっていると、甘味処のようなスタンスの土産物屋の店先で「弁慶餅」なるものを売っていた。団子のように3つ並んで竹串に貫かれた餅には、くるみ風味の味噌が塗られている。黄金比で調合された至高のあまじょっぱさを堪能できた。
・曇天下の栄華 筆者:尾道
不安定な空模様のなか中尊寺に到着。金色堂へと続く長い長い坂道は月見坂と呼ばれ、両脇には杉が果てしなく立ち並ぶ。中尊寺=金色堂のイメージを持っていた身からすると、想像以上に広い境内と長い参道に予定外の体力消費を強いられ、軽く心が折られる。
途中の弁慶堂なるところに、雨風に晒されてか随分と劣化が目立つ弁慶の顔抜きパネルがあったのでとりあえずパシャリ。パネルの廃れ具合と、背景の杉の合間から除く曇天が、まだ金色堂に到着しないことに萎えつつある心境と重なっている気がした。
その後も歩を進めると右手には本堂に続く山門が現れる。くぐり抜けて目の前にそびえるは、中央に凛と根を張る立派な松。本堂も一応なかを覗いてはみたが、あくまでお目当ては金色堂なのでほどほどのタイミングで切り上げ、先を急ぐ。
はいはい、ようやく到着しました金色堂。入場するには手前にある券売機でチケットを買う必要があるが、800円投入後にウィーンと出てくるチケットのデザインは随分と質素かつ無機質なもので、寺社仏閣を侵食するオートメーション化にやや趣きの欠如を感じた。
さて、いよいよお堂とご対面。「金色堂」と彫られた石柱の背後に構える鞘堂が視界に入り、日本史の資料集にある写真と同じ画角に立っていることに興奮を覚える。
中に入りやっとこさ金に輝く本丸とご対面…ってなんか小さくないか!?
文化人を気取って奥州藤原氏の栄華に思いを馳せようと思っていたのに、いざ目の当たりにするとその小ささにばかり目が行く。鞘堂に収まるサイズ感だからこれで当然か、と自分を説得し意匠の方に注意を向ける。
金色の外装が醸す圧。堂内を飾る金色の柱や、藤原四代のミイラを収める壇が、これまた金色の床にぼんやり反射するという異空間っぷり。そして内部のいたるところに施された螺鈿細工。一帯に贅が凝縮されている。
当時は、最高位まで上り詰めるとこんなお堂を建てられるまでの富と権力を獲得できるのか、といやらしいほどに強調された藤原氏の栄華に舌を巻いた。
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サムネイル画像出典
https://www.nippon.com/ja/guide-to-japan/gu010001/
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