見出し画像

2023年版:有斐閣の編集者が新入生におすすめする本:社会学

こんにちは、有斐閣書籍編集第二部です。

3年前に出したシリーズ記事「有斐閣の編集者が新入生におすすめする本」が長く好評をいただいていました。

ずいぶん時間も経ったので、この続きを各分野の担当者に聞いていこうと思います。企画の第1回は社会学分野から。編集部のマツイホリシカマに話を聞いていきます。

いま、新入生におすすめする1冊目

——前回(2020年)の記事から時間が経ちましたけど、いまあらためて新入生や初学者に「1冊目におすすめ」できる本はありますか? 前回答えてくれたシカマさんどうですか?

シカマ:う〜ん、『質的社会調査の方法』は今でも自信を持っておすすめしますし、変わらず好評なんですが、じつは1冊目の本としては別の本も一緒におすすめしています。

——どんな本ですか?

シカマ:ちくまプリマー新書の『社会を知るためには』です。この本を書いた筒井淳也先生は家族社会学などを専門とする研究者で、有斐閣では『社会学入門』という教科書を共著されています。

——なのに、『社会学入門』を薦めるわけではないんですね?(笑)

シカマあくまで1冊目の本としては、ですよ! 『社会学入門』は、すごく画期的な教科書だし、いちばん売れているテキストの一つだと思いますし、もちろんおすすめの本です。でも、『社会を知るためには』は、ちくまプリマーという高校生向けのレーベルから出ていることもあって、本当に平易なんですね。なので、そっちから入って、「もう少しちゃんと勉強してみたい」と思ってもらえたら『社会学入門』や『質的社会調査の方法』に進むのもありかな、と。
たとえば今年の春に入社した新人たちとか、まったく別の専門分野の人にも、一番平易な社会学の本としてはプリマーをおすすめしました。

こんな本が出ています

——では、「1冊目」にかぎらず、「社会学の本が読みたい」「これから勉強してみたい」という人に、何かおすすめしてもらえますか?

シカマ:有斐閣の本で?

——はい。できれば。

マツイ:それは、そうでしょう。

シカマ:なるほど。どうしようかな。ここ数年の傾向としては、各論分野の本がかなりたくさん出たと思うんですね。社会学って、○○社会学みたいな名前の分野がめっちゃいっぱいあるわけですよ。

——連字符社会学っていうアレですか? 編集部の企画検討会でもよく話に出ますもんね。

シカマ:そうそう。だから、逆にいえば自分が興味をもてそうな分野から手に取ってもらえればいいと思うんです。私たちも、そういうふうに作っているつもりですし。

——なるほど。そうすると、社会学の担当者それぞれで「推し」の分野とかがあったりしますか? 難しいと思いますけど、あえて絞るなら……

マツイ:そうですね。私は、たとえばここ数年は落合恵美子先生のお手伝いをすることが多かったですし(『親密圏と公共圏の社会学』 『〈わたし〉から始まる社会学』)、フェミニズム関連の本をおすすめしたいと思います。井上輝子先生の『日本のフェミニズム』江原由美子先生の『持続するフェミニズムのために』など、第一線で活躍されてきたフェミニストのお手伝いをしたことは、やっぱり印象深いですね。

——マツイさんの担当書だと加藤秀一先生の『はじめてのジェンダー論』も高評ですよね。

マツイ:ありがとうございます。そうなんです、ジェンダー論が日本でもようやく本格的に受け容れられつつあるというか。この本はどんな方にもおすすめできますし、そこからフェミニズムの世界にもぜひ読書を拡げていってほしいと思います。

——ホリさんはどうですか?

ホリ:私は、やっぱり『問いからはじめる家族社会学』ですね。改訂版が昨年出ましたけど、初版をつくるときには著者たちと合宿したりしたこともあって、思い出深い本づくりでしたし、その甲斐もあってすごくまとまりのある入門テキストに仕上がっています。家族社会学、おすすめですよ!

——シカマ氏は?

シカマ:ええと……(どうして僕だけ「氏」?)、私は学生さんとか、これから研究者を目指す人はフィールドをもった方がいいと勝手に思っているのと、仕事としても都市社会学のお手伝いをすることが多いので、そこを。
定番教科書としては昨年に改訂した『都市社会学・入門』がありますけど、フィールドワークを意識した新しいつくりの教科書としては『地域・都市の社会学』がおすすめです。あとマツイさんの担当ですけど、町村敬志先生の『都市に聴け』もすごい本ですよね。ガチで勉強したい人には松本康先生の『「シカゴ学派」の社会学』も避けては通れない本ですよ。

——どうして「都市」を推すんですか?

シカマ:うーん、社会学って、抽象的な議論も具体的な議論も得意だと思うんです。理論社会学っていう分野もありますし、目の前で行なわれる会話の分析をメインにする研究もある。だけど、やっぱり中間的な発想があった方がおもしろいんじゃないかと思っていて。

——中間的、ですか?

シカマ:つまり、大きくて抽象的な「社会」と、身近で具体的な「個人」とのあいだの「中くらい」の何かが、議論の核心にあったほうがいいと思うんです。もちろん「学校」とか「企業」とか、「組織」とか「集団」でもいいんですけど、その変数に「都市」とか「地域」を設定する議論もおもしろいな、と。そうそう、いま書店に行くと置いてあるでっかい本で『東京の生活史』ってあるでしょう?

——ありますね。分厚いの。『沖縄の生活史』も出たってSNSで見ましたけど。

シカマ:そうそう。あの仕事も、言ってみれば「東京」と「沖縄」でしょう? 岸政彦先生の仕事って個人の生活史として注目されがちだけど、デビュー作の『同化と他者化』から明らかに根っこは「都市」とか「空間」への嗅覚にあると思うんですよ。もちろん、だからというわけじゃないし、それぞれの志向にもよるけど、「都市」を自分の関心に組み込むのは一つありなんじゃないかな、と。ちなみに、都市にかぎらず社会と個人の「中間的なもの」に注目すべき、というのは社会学のオーソドックスな関心の持ち方なんですけど、この論点について詳しく知りたい人は昨年に満を持して刊行した北田暁大先生の『実況中継・社会学』が激烈におすすめです。

この本のここがおすすめ!

——予定よりもインタビューが長くなってきましたけど、ほかに最後にすすめたい「これは!」ってありますか?

マツイ:今年新しく立ち上がったばかりのy-knotシリーズから『これからのメディア論』『これからの教育社会学』をおすすめします!

いずれも、現実社会での実践に目を向けることを促しつつ、それを分析する専門知のおもしろさを十二分に伝える本です。新しいシリーズの動向にも注目してほしいですね。それと、奥村隆先生の『社会学の歴史』の完結編が、夏くらいに出る予定です! 単著での通史は稀有なお仕事ですし、ぜひ期待していただきたいです。

シカマ:私も、もうちょっとだけ。さっきの「中間的なもの」からの連想ですけど、社会学の「問い」の扱い方については『問いからはじめる社会運動論』の、とくに青木聡子先生の章は非常に有用なので、さっきの『実況中継』と一緒に読んでほしいんですよ。刊行記念の座談会でも話題になりましたけど、問いのサイズ感って、社会学(というか多くの社会科学)にとって重要なことだと思うんですね。

——なるほど…。あの鼎談も、なかなかすごい企画でしたよね。でも、ここでこれ以上進むとなんだかディープになりそうですから、そのへんで。

シカマ:えっ……

——くわしくは連載のほうを読んでもらいましょうよ。ここでは「とりあえず1冊なにか読みたい」という読者に、何かおすすめってできないですか? これから本屋さんに行って何か買おう、みたいな人に。

シカマ:あ、それでいうと、稲葉振一郎先生の『社会倫理学講義』は、普通にめっちゃおもしろいですよ。

稲葉先生は有斐閣だと『社会学入門・中級編』を書いていたり、『どこどこ』にも顔を出していたり、社会学者みたいだけど、本来は経済思想とか哲学・倫理学の専門家なんですね。その講義を元にした教科書なんですけど、後半は「戦争(政治)」「生命医療」「環境」「動物」「AI」といった応用倫理学的な話題が豊富で、現代社会論的でもある話題がたくさんギュッと詰まっているのに、要所でかなり深いところまで掘り下げる入門書でもあります。章末のブックガイドも超有用だし、何より「最終回 人間とはどのようなものか?」がね……

——?

シカマ:なんというか、読み通してたどり着く境地に、ちゃんと連れていってくれる本なんですよ。

——え、気になります……

シカマ:あ、それと少し前からChatGPTとか、AIがグッと身近になっているでしょう。とりあえずその現象がどんな問題なのか、ざっくり基本的な背景を知っておくのにもいいと思います。稲葉先生は「AI時代」と冠した本も何冊か書かれているけど、ほかの論点と併置してコンパクトにまとめた『講義』から押さえるのもいいんじゃないかな、と。今回の「おすすめ」は、こんな感じですかね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?