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『フェミニスト経済学』から政治・経済・歴史を捉え直す①

2023年10月に弊社から発売された長田華子・金井郁・古沢希代子編『フェミニスト経済学――経済社会をジェンダーでとらえる』の刊行を記念して、2023年10月13日に座談会を開催しました。その模様をお伝えします。②以降は弊社PR誌書斎の窓でもお読みになれます。

〈座談会参加者〉
長田華子(茨城大学准教授)・金井郁(埼玉大学教授)・古沢希代子(東京女子大学教授)×岡野八代(同志社大学教授)・満薗勇(北海道大学准教授)


異分野の研究領域とフェミニスト経済学

金井 はじめに、この座談会に岡野さん、満薗さんのお二人に来ていただいた理由をお話ししたいと思います。

今回私たちは、日本で初めてのフェミニスト経済学のテキストを出版しました。フェミニズム理論、フェミニズムと政治思想、政治学を専門として、特に近年はケアの倫理を重視するフェミニズム理論に関する業績を多数発表されている岡野八代さん、また消費史研究を専門として、日本型大衆消費社会の成立や日本型流通の成立について研究されてきた満薗勇さんという、私たちとは異分野のお二人の研究者が、このフェミニスト経済学をどのようにお読みになったのか、お話をお伺いしたいと思いました。

また、お二人は近年、フェミニスト経済学に注目し、その可能性を感じてくださっているということもさまざまなところで聞いておりましたので、そうした点についてもお伺いしたいと考えております。

座談会に入る前に、私たち(編者)の自己紹介も含めて簡単に研究内容を説明したいと思います。

編者の自己紹介

金井 私は労働経済論を専門にしていて、具体的な研究内容としては、日本的雇用システムにおけるパートタイム労働や非正規、非典型雇用がいかに位置づけられるのかについて研究してきました。日本のパートタイム労働の特徴は、正社員と仕事の類似性が高くても、その正社員と比べて低処遇なところにあります。その理由の一つに、パートタイム・有期雇用労働法の同一労働同一賃金の考え方があり、本来処遇を改善するための「規制」が低処遇を生み出してきた側面があると思っています。

その「規制」について、理論的な解釈を考える上で、岡野さんが翻訳されたエヴァ・フェダー・キテイの『愛の労働あるいは依存とケアの正義論』や、岡野さんたちが解説を書いている『ケアの倫理から始める正義論――支え合う平等』からすごく影響を受けました。岡野さんが指摘されているように、正義のもっとも単純な定義というのが、等しいものを等しく、等しくないものは等しくなく扱えというものです。しかし、この正義論が徹底されてしまうと、むしろ女性にとっては、平等がすり抜けていくような状態になってしまう。そういう指摘にすごく私は感銘というか、大きく影響を受けました……。

同一労働同一賃金という考え方においても、何において同一労働とするのかという点、日本の場合は特に正社員と同じように残業や異動ができたり、転勤できたりすることが同一労働に含まれています。正社員と同じように残業や異動ができたり、転勤するということは、ケアを担うことが難しく、社会にケアがあることを無視した議論によって成り立っていると考えます。社会の維持にとって絶対的に必要なケアというものを考えていない、そういう正社員のあり方そのものを見直さなければいけない。私のこのような主張は、岡野さんの議論などからすごく影響を受け、研究を続けています。長くなりましたが私の自己紹介は以上になります。次は長田さん、お願いします。

長田 茨城大学人文社会科学部でアジア経済論を教えております長田華子と申します。このたび岡野先生、満薗先生、お忙しい中お集まりいただきまして心より感謝申し上げます。私の専門領域はアジア経済論、南アジア地域研究、そしてジェンダー論です。専門の地域としては、南アジアのバングラデシュやインドです。

私は大学時代に初めてフェミニスト経済学という学問分野に触れました。日本におけるフェミニスト経済学の学術組織、JAFFE日本フェミニスト経済学会〕の立ち上げに尽力された東京女子大学の村松安子先生のもとで、初めてフェミニスト経済学に触れました。学部生の時でしたが、フェミニスト経済学は何とも奥深く、経済学の領域を広げるような、大きな可能性のようなものを感じ取ったことを覚えています。

それから約20年近く経ち、ロンドンでの1年間の研究を経て、初学者でもフェミニスト経済学を理解できるような、日本語のテキストを出版したいと思うようになりました。同じ学部の先輩である、金井さんと古沢さん、そして6名の執筆者と共に、こうしてテキストを創り上げることができて、感慨深いです。

私は、開発とジェンダーの領域に関心を持って研究に取り組んできました。具体的には、バングラデシュを事例に多国籍企業の移転とそれに伴う女性雇用の創出、女性たちのエンパワーメントに関する研究を行ってきました。また、2013年以降、バングラデシュに加えて、インドの西ベンガル州の下着生産地域でのフィールドワークを中心に、インフォーマル労働の中でももっとも待遇の低い、家内労働者の研究をしております。

古沢 古沢希代子と申します。東京女子大学で教員をしています。専門はジェンダーと開発、ジェンダーと平和構築です。私の担当した章とも関わるので、少しバックグラウンドについてお話をさせていただきます。

私は紛争経験国に関わることが多く、一番長く付き合ってきたのは2002年にインドネシアの占領統治から独立した東ティモールという国です。東ティモール問題を知ったのは1980年代の大阪市立大学の大学院生時代ですが、その頃にリプロダクティブ・ヘルス/ライツの問題にも出合いました。大阪市大では当時、東大の宇井純さんの自主講座をモデルにした、教員と学生による自主講座の活動があったのですが、そこで某製薬会社で研究員をしていた卒業生がある避妊薬の副作用について告発をしたということが取り上げられたのです。

その避妊薬はフィルムタイプの殺精子剤で、女性がセックスの前に膣に挿入するものです。「女性は避妊について言い出しにくいですね、これならば安心して使えますよね」という触れ込みで売られていました。そこで、女性はなぜそんな避妊法を取らなければいけないのかという視点から、薬害の追及とは別に避妊そのものの問題を考える女性たちのグループができたんです。その方たちといっしょにフェミニストの産婦人科医、丸本百合子さんという方をお招きして、大学の予算で講演会を開催したのが私のアクティビズムの出発点でした。

一方、占領下の東ティモールでは80年代から90年代にかけてインドネシアによる強圧的な人口抑制政策が実施されてきました。私は当時、インドネシアの保健省の資料にあたり、また、東ティモールの難民の方たちの聞き取りをして実態を調べました。東ティモールが独立した後は、政府のジェンダー平等推進政策の支援を行い、灌漑、農業、土地問題、そして、気候変動対策の調査研究をしています。長くなってしまいましたが、以上です。

金井 ありがとうございます。それではゲストのお二人からも研究テーマや、最近関心を持っているテーマについてお話いただければと思います。

ゲストの自己紹介

岡野 今日は貴重な機会を与えていただき、ありがとうございました。先ほど金井さんから身に余るご紹介をいただいてありがとうございます。エヴァ・フェダー・キテイに出会ってケアの倫理に目覚めましたが、それまで私はむしろポスト構造主義やポストモダン、ジュディス・バトラーやドゥルシラ・コーネルなどの思想研究をしていました。20年くらい前ですかね、キテイに出会って、その後キャロル・ギリガンやケアの倫理の研究に進みました。

2012年に『フェミニズムの政治学――ケアの倫理をグローバル社会へ』という本を出しました。副題に「ケアの倫理」とついていますが、その本を出す前段から自分自身でケアの倫理の研究をしてきて、この間ようやくゴールが見えてきたところです。

ケアの倫理はアメリカが中心なので、合衆国のフェミニズム思想の理論的展開の中に位置づけたい。コロナ禍の中で少し翻訳をしたり、自分自身で文章を書いたりしてきましたが、ケア、エッセンシャルワークを担う人の実践としてのケア、それからケア不足が世界的に深刻だという問題についてです。

コロナ禍で、多くの機会をいただいています。フェミニスト経済学にかかわらず、文学でも社会学でも、いろいろな分野でケアが注目を浴びていますが、いまひとつ、特にギリガンの評価がいろいろあり、私は半ば中傷だと思っているんですが(笑)、「ギリガンは、フェミニストか?」という質問がなされたりします。ギリガンはフェミニスト以外の何者でもありませんと私は思いますが、やはりケアとフェミニズムとの関係が、特に思想的に、いまひとつはっきりしてこなかった。フェミニズムの中での評価が定まっていないので、ずっとコロナの前から数年かけてケアの倫理をフェミニズムに位置づけたいと思ってきました。

上野千鶴子さんの『家父長制と資本制――マルクス主義フェミニズムの地平』が、当時の同じ問題関心をもっていたと私は理解しているんですが、マルフェミ論争、家父長制と資本制、アメリカ的にはマルクス主義とフェミニズムの不幸な結婚、その流れにケアの倫理に位置づけたい。そういう念願のテーマがあって、今ようやくその目処がついてきたところで、来年へ向けて新書を1冊準備しています(『ケアの倫理――フェミニズムの政治思想』(岩波新書より、24年1月に公刊されました)。とりわけここがフェミニスト経済学とのつながりですね。

私にとってこのフェミニスト経済学の教科書は、素晴らしい、本当に待ってましたという感じでうれしいお知らせでした。一方でフェミニスト経済学、ハンドブックの翻訳をされているとも伺っていました。なので、有斐閣の『フェミニスト経済学』のツイートに思わず反応しちゃって、今この場におびき寄せられたみたいな(笑)。私としてはすごくわくわくしています。理論編はそうだ、そうだの連続で、私はケアを中心に据えた民主主義や政治学を研究してきましたので、まさにという感じですね。震えるくらい同じような問題関心でした。

そして、その後半の「領域と可能性」は本当に勉強になりました。『フェミニスト経済学』と同じように、有斐閣で『日本政治の第一歩』という教科書を三浦まりさんと作っていますが、こんなにきれいには書けないなという、羨ましいというか嫉妬に近い印象をもつほどの構成でした。それくらいとても勉強させていただきました。ありがとうございます。長くなりましたが、この興奮を皆さんにお伝えしたいと思います。

金井 ありがとうございます。それでは満薗さんからもお願いします。

満薗 北海道大学の満薗と申します。今、職場では経済学部にいて、日本経済史という分野を担当しているのですが、もともと専門は歴史学で、日本の近現代史について研究しています。本日のテーマとの関わりで言うと、もともとジェンダーとかフェミニズムの歴史をやっていたわけではなくて、日本の消費とか流通、生活の歴史を、広く経済史や経営史ともつながりを付けながら歴史の中で考えることをやってきたタイプの研究者です。一番遠いというか、この中ではついていけない話も出てくると思うので、その点をご了承いただきたいなと思います。

最近は、流通の歴史の話としては、商店街について研究しています。なかなか成果が出ないのですが。まちづくりとの関係でどう考えるかなど、いろんな論点があっていろんなトピックがありますが、たとえば職住一致か職住分離かという問題があり、個々の商店街の商店の人たちがどういうふうに暮らしながら商売をやっているのかということをあわせて見ていくと、商店街の性格というものが本質的につかまえられるんじゃないかということを期待しています。

一つ気になっているのがそこでの女性のあり方です。職住一致、職住分離で、女性が家事労働など広い意味でのケアと自分の家業をどう両立しているのか。それと商店街組織の中に婦人部が置かれている商店街もあったりする。これも史料がなくてまだどうやって研究したらいいかわからないんですけれども、商店街の婦人部の歴史について何か研究できないかを考えているのが流通方面の最近の関心です。

もう一つ、本日はどちらかというと消費の歴史の話ということで呼んでいただいていると思いますが、消費の歴史は日本の近現代史とか日本経済史だとすごく新しい分野で、生産を中心に見るのが経済史の中心的な切り口でした。それに対して、消費者側から見ると日本経済史とか日本近現代史をどう捉え直せるのかということを学部の頃からずっと関心を持ってやっているんですが、最近では戦後日本の消費の歴史についての研究成果をいくつか出したりしています。

戦後日本の消費の歴史で言うと、消費者運動の歴史についてある程度まとまった研究がすでにあるんですけれど、私はどちらかというとそれとずれる、ある種対抗関係にあるような、政府とか企業の側が運動を横に見ながらどういうことをやってきたのかに関心を持って論文を書いたり、本を書いたりしています。

具体的に言うと、日本消費者協会という消費者団体があるんですけれども、これは日本生産性本部が主導して設立したものです。なんで生産性本部がそんなことをするのかということにも関心を持っています。それから、アメリカで「企業内家政学士」(HEIB)といって家政学を勉強した人を企業で雇って、消費者の視点から企業活動を捉え直すという動きが1920年代からあった。それを受けて日本でも1978年に日本ヒーブ協議会というものが活動を始めるんです。

そこでは、有力企業のフルタイムで正規雇用で働く女性たちが、消費者対応や広報、商品開発、マーケティングといった部門に配属されていて、消費者の視点で女性らしい、消費者の視点を企業活動に持ち込んでほしいと期待されている。そういう人たちの企業横断的な組織として日本ヒーブ協議会があります。その歴史を本にまとめたりしました。

それから最近研究しているのが、ヒーブと対になるACAPという、「消費者関連専門家会議」という日本語訳が与えられている組織です。企業の消費者対応部門の担当者たちの企業横断的な組織で、消費者からの問い合わせに対してどういうふうに対応するのかを考える。これは1980年にできて、ここにも日本生産性本部がバックアップする形で関係しています。ACAPは1990年代半ばまでは男性が中心で管理職の人たちの組織という性格が強くて、その下で働く人の中にはヒーブも一部含まれていました。消費者対応部門の中でもジェンダーの問題が関係していたということです。

そういうことをやり始めてみると、消費の話、ヒーブの話はケアという問題を入れて考えたほうがいいと思うようになり、フェミニスト経済学に関心が伸び始めているところにこうして呼んでいただいたということかと思います。今日はすごく楽しみにしておりますので、よろしくお願いいたします。

へ続く)


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