ウィズコロナの教育と出版が目指す先に(2/3)【座談会:学術書出版3社×著作権法学者が語るいまと未来】
コロナ禍で、オンライン授業が急速に導入された教育現場。著作権法の制度はどのように教育現場に影響があるのか、またその課題はなにか。
『教育現場と研究者のための著作権ガイド』執筆者のおひとりである今村哲也・明治大学教授と、学術書出版3社(勁草書房、東京大学出版会、有斐閣)が、新規定にどのように対応するかを率直に話し合いました。
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2020年度の運用を振り返る
今村(明治大学):明治大学では、授業が1か月先延ばしになって、5月中旬から開始したんですけれども、基本的にはオンラインですべてやらざるをえなくなりました。私は2016年あたりからオンライン授業を行っていましたが、ほとんどの教員はまずやり方がわかりません。高等教育の授業で他人の著作物を使うことはけっこうありますから、著作物の利用についてもわからないということで、オンライン授業のやり方と著作権の取り扱いについてのマニュアルを大学として作りました。よくある質問も授業開始までに用意して、先生方はそれを見て、著作物の取り扱い方について意識してもらう形で進めることができました。
実際、高等教育機関の授業といってもさまざまなものがあります。たとえば法学部の授業だったら文献が中心になるかもしれませんけれども、英語や外国語の授業だったら、CDの音源はどうなのかとか、映画を見せながら英語を勉強する授業で映像を見せられないのはどうするかとか、そういったさまざまな著作物の利用があり、出版物だけではない。ただ、去年一番問題になったのが、(物流の遅れから)学生が手元に教科書を揃えることができず使えない、という事態でした。そこは出版社が気を利かせて、購入を条件に一定の部分を配信していいとか、いろんな柔軟な対応をしてくれて乗り切った感じですね。
その後、4月16日に「改正著作権法第35条運用指針(令和2〔2020〕年度版)」が公表されました。この指針はけっこう柔軟で、たとえば私が授業で著作物を使うといったら、論文を学生さんに読ませるとか、新聞記事を素材にして社会的な話題を取り入れながら説明するとかですが、運用指針で新聞記事は全部利用を認めることになって、特に問題なかったです。論文については、学協会の会誌みたいなものはいいですよという指針で、緊急的な措置だったと思いますが、わりと使いやすく感じました。
先生方からよく訊かれたのは、自身が有料で契約しているデータベースがあって、利用規約との関係で著作物が使えるのか。あとは大学の図書館が出版社とデータベース会社と契約して提供されているコンテンツを、研究ではなく教育の場面で利用できるのかとか、そういったライセンスの問題。ほかにもDVDやCDでコピーガードがかかっているものの利用とか、挙げればきりがないんですけれども、バラエティのある著作物のいろいろな使い方がなされているし、訊かれない限り何を使っているかわからないという問題もあります。
多くの先生はコンプライアンス重視でちゃんと使う。自身も執筆者であることが多いので、わりと出版社に気を配りながら使う方もいる。マニュアルがあれば、それに従って著作物を利用しようという形があったものですから、大学でもFAQで、典型的な利用例を挙げながら、こういう使い方は大丈夫ですよと示して進めてきたことになります。
江草(有斐閣):出版社にも「こういう使い方はどうですか」という声がたくさん寄せられました。お二人の会社ではどういうリクエストが多くて、どういう対応をしましたか?
黒田(東大出版会):東大出版会では受付フォームを作りました。そこで感じたのは、きちんと問い合わせてくださる方々は元々ちゃんとやっていらっしゃる方が大半です。ある範囲をこう使いたいと具体的に書いてくださって、もちろん普通に考えればかなり広い範囲での使用を要望されるので、こちらも認める代わりに、学生さんにちゃんと本を薦めてくださいとか、いろいろお願いして、OKをするケースが多かったです。
ただ一方で、ふだん何も意識されていないんだろうなという方もちらほらいらっしゃいました。そのケースはだいたい似ていて、「私の授業でこの本を使って今までやっていたのだけど、今年も使いたいのでPDFで全部ください」という要望です。こちらとしては商品ですし、「無料では提供できません」と返事をすると、そのときは(無償の)補償金制度がすでにスタートしていたこともあり、「では大学に訊いてみます」とご連絡をいただいたあとはそれっきりで、その後どうなったのかはわかりません。
かなり両極端に分かれた感じでしたね。基本的にはわかってくださる方が多いと認識していますし、きちんとしたやり取りができれば許可を出しました。一方で極端な要望をする人がいたときには、歯止めを明示的にしておかないと、私たちの事業を回していくときの問題になってしまうなと感じました。
井村(勁草書房):勁草書房はあまりテキストを出していないので、授業での使用についての問い合わせは、多くは寄せられませんでしたが、たしかに「PDFください」というのはありましたね。ちょっとびっくりしましたが、「それはできません」と返答させていただきました。
私は日本書籍出版協会の知財委員会を担当していますが、2020年度の無許諾無償によって大きなダメージを受けたという話はまったく出てこないんですね。いったいどういうことか。今回の仕組みを先生方がまだご存知ないのか。あるいは、運用指針は権利者側から見てもかなりファジーなものですが、使った責任は使った先生が持つよう書かれてあることで、萎縮効果が出てしまったのか。いろいろ考えましたが、とても不思議でした。
今村(明治大学):今回初めてオンライン授業をやるというときに、他人の著作物をうまく使いながら自分の授業を設計することに慣れていなかったんじゃないでしょうか。普段は基本的に、大学の授業も引用の範囲内で他人の著作物を使うことで対応している。それを超えて、35条の規定で利用する事例がどれくらいあるのか。
本当はいろんな利活用の方法があると思うんですけど、ほとんどの先生にとってはオンライン授業元年なので、これから出版社が進めているビジネスモデルに影響を与えるような利用が顕在化してくるかもしれません。
許諾を得て公衆送信する実務は大学などでほとんどやっておらず、著作権料も払っていない。もともと利益を1円も得られてなかったから不利益がないのは当然といえば当然のような気がします。先生方が慣れて、こんな活用の仕方もできる、資料全部アップしちゃえばいいんだみたいな、いろんなアイデアが出てきてやり始めてから、これは大変だとなるかもしれませんが、わかりません。
皆さん遵法意識がすごくあって、大学でもFAQはかなり抑制的に作っています。先生方が訴えられたらよくないですし、出版社のことも考えています。こんなこともできます、これくらいはいいでしょう、という作り方は公式にはしていないので、これからかなと思います。
江草(有斐閣):他の方の著作物を使って自分の講義をどう設計するか。我々がお話しする先生は、すごく教育熱心で、どうやったら学生を奮い立たせて、いろんな文献を読んでくれるかを考えていらっしゃる方が多いので、そこはまさにビジネスチャンスに繋がるのかなと思い始めているところではあります。
参考までに、有斐閣の去年の対応を見ておきます。結局約150件の申し込みがありました。緊急事態で本がどうしても購入できなくて授業が成立しないことを恐れて、当面はいいですが期間を区切って、かつできるだけテキストを買うようにご指導をお願いし、何件かは、実際に生徒がどこで買ったか、できればアンケートをとってくださいとお願いしました。ご回答はなかったんですけど、そういうご指導を前提に今回に限りいいですよと応じたのが去年の実態でした。
2021年度に有償の補償金制度がスタートするんですけれども、先生方が慣れて、よりよく使いたい、お金払うんだし大胆に使いたいと思われて、何か大きな問題が出るとしたら今年以降かなと思います。
(next→次年度以降に向けた課題)