ウィズコロナの教育と出版が目指す先に(3/3)【座談会:学術書出版3社×著作権法学者が語るいまと未来】
コロナ禍で、オンライン授業が急速に導入された教育現場。著作権法の制度はどのように教育現場に影響があるのか、またその課題はなにか。
『教育現場と研究者のための著作権ガイド』執筆者のおひとりである今村哲也・明治大学教授と、学術書出版3社(勁草書房、東京大学出版会、有斐閣)が、新規定にどのように対応するかを率直に話し合いました。
(目次)
はじめに
新規定の概要と転回
出版社から見た改正
2020年度の運用を振り返る
次年度以降に向けた課題
教育と出版社の協働、未来へ
前回はこちら
次年度以降に向けた課題
黒田(東大出版会):この立て付けでいろいろやっているのには、教育の質を高めるという大前提があるわけですよね。その「質を高める」とはどういうことなんだろうとは常々考えます。我々が出版しているコンテンツが大いに利用されて、教育の質の向上に貢献することは大変ハッピーなことです。ではそうなるような仕組みをどうするのか。
一つは今回のように法律で形を作って、利用を促進するという方法があると思うのですけど、我々が考えるのは、ある一定以上の利用に関してはマネタイズして、良いものを更新しながら提供していくプロセスを形作ることです。日本はコンテンツのデジタル利用についての大規模な出版プラットフォームはまだ不十分で、それぞれの出版社に委ねられている部分があります。ようやくMeL(Maruzen eBook Library)などが大きくなってきましたけど、プラットフォームをどういうふうに生かすのかをこれから考えたいと思っています。
昨年の春から秋にかけては、井村さんや江草さんと一緒に、大学図書館ですでに購入してもらっている電子書籍のアクセス数を一時的に増やす取り組みを行い、おかげさまでその期間の大学図書館における電子書籍の購入は増加しました。電子の学術書をゼミとかで利用してもらえば、必ずしもみんな買わなくても読むことができるわけです。
先生方の授業の仕方と我々の提供コンテンツがどう結び付けば効果があるのかは、昨年来いろいろ動き出したところを、今後よく観察していく必要があります。利用のためのライセンスの仕組みを作りなさいというのは、たしか法津の附帯決議でも触れられているので、その仕組みを出版社として提供しつつ、いろんな要望を組み合わせながらやっていくことを、できるだけひるまないで考えたいなと。先生方との信頼関係のもとに、わずかばかりでもマネタイズしながらコンテンツを多く出していく方向に進んでいけば、ある種の成長プロセスになると思いますので、そういうサイクルが作れないかなと改めて思っています。
井村(勁草書房):我々も、教育の現場でどんどん私どもの著作物を使っていただきたいと考えています。ただ、ビジネスとしてやっている以上、ただで使われるのはちょっとまずい。これから先考えていくのは、新しいビジネスモデルをどういうふうに提供していくか。(令和3年度版の)運用指針も、ずっと関わっている人間が読んでもすごくわかりにくいですよね。ああいった指針を使いながらこわごわ利用していくことは正しい姿ではないと思いますし、自由に使えるようなモデルをいかに提供するかが課題なのかなと考えています。
江草(有斐閣):新しい運用指針や著作権法の啓蒙活動をして、きちんと共通理解を積み上げていくことと、出版社は教育現場のニーズを汲み取り新しいサービスを提供し、利用者が費用を払う価値のあるサービスを利用する、という具合にいいサイクルに持っていくことが重要だと思います。
ただ、啓蒙もどうやっていくのがいいのか、いまいちわからなくて。我々出版社がどういう形で関わっていくのがいいのか、先生は何かイメージをお持ちですか?
今村(明治大学):ルールを作ったときに、利用者が認識する、国民に浸透していくには時間もコストもかかると思うんです。著作権は大事だという考え方が、教職員、生徒児童に浸透していくきっかけをいろいろな形で作っていくのは、今後の課題だと思います。
他人の著作物を利用すればもっと質のいい教育ができることに気づきながら、教員が教材づくりをしていく。それを配信していくなかで、著作権の大切さを認識していくでしょうけれども、教員だけでは啓蒙という意味では弱い。ただ、生徒児童に著作権を教育するとなると、適切な方法でやらないと著作権を怖がってしまう。巨人の上に乗った小人は遠くが見えるという話のように、他人の著作物を使って初めて新しいものを作れるのも事実ですから、バランスを考えながら教育しなくちゃいけない。
今回補償金制度ができて、その2割くらいを共通目的の基金にして普及啓発、著作権教育に使うということなので〔著作権法施行規則22条の6〕、そういった基金も活用しながら、ここは守ってほしいという核心を関係者によく伝えるとか、地道な形でやらないと難しいですね。著作権は絶対というわけじゃないと思うんですよ。大事ですけれども、著作権を守って文化がつぶれてもしょうがないので、譲るところは譲って自由に使うし、でも守ったほうが文化の発展につながる部分もあり、保護と利用のバランスが最適なところがどこかにあると思います。
私の考えでは、法律でそれを決めるというよりも、今回の運用指針もそうですし、その先にあるライセンス、出版社と教育機関との利用契約のなかで、当事者の利害が調和する点を見つけていく。やり取りを重ねながら、著作権の重要性を国民がよく認識していくという長い作業になるので、特効薬みたいなものはないと思うんですよね。ただ、(運用指針を策定する)フォーラムをやってわかったことは、著作権の重要性はわりと皆さん認識されている。特に、権利者や創作者の話を聞くにつれて認識していく部分がけっこう大きかったんですよね。
たとえば初等中等教育だったら絵本作家の苦労話とか、いろいろあると思うので、著者との対話のなかで創作の苦労を学んで、自然と大事なんだと身に着けていく。あとは出版社が、極端な事例に厳しく措置をしていく。真っ黒な違法行為とグレーと白があって、黒、本当の違法行為を、そうと知らないで善意でやっている先生もいるので、そういうところにまず対応していく。グレーの部分は気長な作業になるかな。
江草(有斐閣):出版社は、不正な利用についての啓蒙活動はやってこなかったと思うんですよ。個別に対応してきてはいますが、映画の録画や違法ダウンロードのキャンペーンのような、統一的な動きはしてこなかった。こちらがサボっていたために、暗黙的に容認してしまったようなところもあると思います。ですので、あれもダメこれもダメと追い回すイメージではなく、クリエイターに対する敬意を払いながら楽しく使ってくださいという活動を啓蒙につなげていきたいですね。穏やかにやれればいいなとは思うんですけれども。
井村(勁草書房):仰るとおりで、著作権教育を出版社が出ていってやることは全然なかったですよね。私なんかも、出版社は常に権利を制限される立場に置かれているんだから、啓蒙や教育は文化庁と先生方の役目でしょう、関係ないですよとずっと思っていましたが、やっぱりそれではいけなくて、いろいろ自ら活動をしていかないといけないのかなと感じています。
著作権法ってすごく難しいですよね。ややこしいし、多くの出版社もそんな面倒くさいこと勉強したくない。運用指針を見ても、忙しい先生方が本当にあれを我慢して読んでいただけるのかと思ってしまう。
ただ、やっぱりせっかくお使いいただけるいい制度ができあがりつつあるんだから、ちょっと我慢して読んでいただき、わからない部分は『教育現場と研究者のための著作権ガイド』を買って、勉強していただきたいと思いますね。そうでないと、正しい利用はできない。そう感じています。
江草(有斐閣):萎縮されても困るし、使いすぎても困る。いい形で使ってもらって、教育効果も上がることを我々も望んでいるので、全員が納得できる落とし所にはまるような啓蒙活動をしていかないといけないなと思います。
教育と出版社の協働、未来へ
黒田(東大出版会):私たちは高等教育の先生方とうまくコミュニケーションをとって、教育の質が上がっていくのに貢献したいと思います。先生方にはぜひ、今以上に学生さんにいろんな文献を紹介して、多様なコンテンツに学生さんが触れていかざるをえない、もしくは触れないと楽しくならない授業を行っていただき、私たちは新たなコンテンツを生み出していくインセンティブを強く持っていければいいなと思っています。
多くの人が利用してくれるのであれば、我々が大学図書館向けに提供している電子書籍へのアクセスも、最大3アクセスまでとか小さなことは言わないで(笑)、できるだけ広く利用できるような形を考えられればと思います。日本の学術レベルを高めるための貢献はより行っていきたいと思いますし、井村さんや江草さんと一緒になって考えていければと思っています。著作権で萎縮してしまっては本当にもったいないので、有斐閣や勁草書房や東大出版会のコンテンツが載っているプラットフォームで商品を買えば、萎縮しないでいろんなものに活用できると思ってもらえることが一番の啓蒙活動になるのかもしれません。
江草(有斐閣):利用者として、出版社にこうしてほしいということはありますか?
今村(明治大学):教科書に関して言えば、いろんな利便性の向上があります。外国だと、紙の本を買うとデジタルのアクセス権もついてくる。日本では研究書を自宅用と大学用で2冊わざわざ買っていて、多少お金がかかってもオンラインのアクセス権をもらえるといいなと。紙もウインドウになりますから、開いて目で見るのに必要な一方で、情報にアクセスするのはデジタルのほうがしやすいので、紙とデジタルの融合したハイブリッドなサービスを提供してもらったらいいと思います。
たとえば判例百選にしても、本は買って持っていても、手元にないときに、大学で契約しているデータベース、有斐閣オンライン・データベースにアクセスして読む。紙とデジタルの違いもあって、両方生き残っていくと思うんですけれども、使いやすいところ、すぐアクセスできるところに情報があると便利ですね。教員はお金もありますから、すぐ必要なものを買えますけど、生徒さんは、家庭環境によって、オンラインにない、アクセスに手間がかかる情報は存在しないことになります。なるべく学生自身がコストを意識せずにアクセスできて使える素材をもっと増やしてもらいたいです。
大学時代に学術書を読む習慣をつければきっと社会人になってからも読むと長い目で見てもらって、読者として育てる時期に安い料金で読ませておいて、専門書を読まないと生きていけない体にして、一生本を読ませるとか。新聞のデータベースはうまくやってる感じもするんですよね。ほとんどの大学の学生さんは新聞記事をオンラインで読めるようになっていて、卒業後、あの利便性は手放せないと個別に契約している。今はスマホを皆さん持ってますから、そういう形で何か、学術書に触れる人生でも短い期間に、とにかくちょっとでもアクセスできるように。学術書や学問の面白さを伝える時期として、少しサービスしてもらいたいなという部分もあります。
あと、これは教材をつくる立場から考えなくちゃいけないことですが、今回、教育の質の向上ということで著作物の利用円滑化をはかるために、権利制限を補償金つきで公衆送信について拡大したわけです。今までも他人の著作物の利用は引用のレベルだったら紙で複製しようがオンラインでやろうが自由にできた。今回は補償金つきで権利者の利益を不当に害しない範囲でできるようになりましたが、権利者の利益を不当に害する場合はそのケースに入らないから、ライセンスという話になる。引用の範囲でできる質の向上、補償金制度の範囲でできる質の向上、ライセンスで他人の著作物を使った場合に実現できる教育の質の向上には、きっと違いがあるはずです。巨人の肩の上に乗った小人という形でより広い世界を学生さんに伝えるうえで、他人の著作物をライセンスベースで使う授業の仕方も考えてみるべきだと思います。
でも先生方は、私も含めて、違いをよく理解できていない。なので、いろんな選択肢を増やしていくなかで、出版社の努力で教育の質を高める著作物利用のライセンスを、教育の質の向上を真剣に考えている大学に提供する。ライセンスってデータベースの提供も含めてもっと取り組む部分があるし、今回オンラインの授業がはからずもこんな勢いで進んでいるので、いろんなビジネスモデルがあるんじゃないかなと、非常に期待しています。
江草(有斐閣):この3社を含め、丸善雄松堂、紀伊國屋書店などのプラットフォームを活用して、新しい本の使い方、出会い、タッチポイントを増やす取り組みの成果が着々と出始めている気がするんです。ただ残念なことに、コロナというある意味強制的な社会実験をやっているような状況でしたので、さらに出版社としてひと肌もふた肌も脱いで前進させないことには、この状況で苦しんでいる人たちの力にもならない。それは我々もわかっていて、なんとか努力しているところなので、ご期待いただければと思います。
もう一つ、今フェイクがネット上に氾濫して、学生の皆さんも右往左往させられることにいい加減うんざりしていると思うんですよ。そんなこともあり、エビデンスのある事実は何か、自分で考えてより正しいことにたどり着くにはどうしたらいいかということをすごく意識するようになっている。
昨年も、『独学大全』(ダイヤモンド社)のように、先人の考え方や勉強法をまとめた本がベストセラーになったりして、自分で考えよう、自分で知ろう、真実にたどり着こうという潮流があります。そこは我々から本当のよいものに接する敷居を下げるために、もうちょっと手を伸ばせば届きますよというところまで近寄っていくチャンスだと思うんです。
出版社も、紙で買ってくれなきゃというところにこだわらずに、コンテンツを色々な形で読者の近くに押し出していったほうが、長い目で見たときにいろんな意味でのリターンが大きくなるんじゃないかなという気がしていますので、ぜひご期待いただきたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。
(2021年2月16日収録)
初出:有斐閣PR誌『書斎の窓』2021.5月号(No.675)「ウィズコロナの教育と出版が目指す先に――『教育現場と研究者のための著作権ガイド』刊行によせて」