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弓削保
2015年2月20日 11:25
不意に、土手を歩いてみたくなった。 そんな思い付きで彼は、夕方特有のどこか哀惜ある空気の中を歩きながら、引越しの荷物から出てきた鍵をポケットから取り出した。夏の気配が残る陽射しを弾く銀色のそれは、幾分くすんで黄色味掛かっている。褪せた写真のようなその色は、彼の古い幼い記憶を刺激した。 彼が物心ついた頃には祖母と二人で暮らしていた。顔も思い出せない両親の記憶は、朧げにしかない。 何故自分には
2015年2月20日 10:55
せめて貴方の傷も……… 雪が降ると、決まって彼女はその場所を訪れる。今は随分と様変わりしてしまったその場所に。(………あの人、今はなにしてるんだろう……?) 胸中に呟き、彼女は遠い記憶にそっと微苦笑をおくった。 彼女の今いる場所はかつて、幾分古ぼけたベンチが一つあるきりの見晴らしの良い高台だった。今はきれいに整備され、コンクリートの見張らし台に複雑な装飾の施された四阿が自己主張している。