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行ってみたいと思いながら行っていない場所、モロッコ。



モロッコのイメージって…。
迷子になりそうな次々と曲がりくねった細い路地を行く、赤茶けたレンガの家々と、砂の舞いそうなヤッパリ赤茶けた広場に様々な物売り。
彫りの深いヒゲをはやした、ひょろりと長い男の人達。独特の白い民族服。
目眩がしそうな強い光。全ての水分が奪われそうだ。砂漠が近くに迫り、夕日は見たこともないような紅が全てを包み、観光用のラクダでそこを行く。そこを行く人も紅色に染まる。
メレンゲ菓子のようなモスクには、幾何学模様のような模細工画。
そして、直ぐ側にスペイン。


…それが、モロッコのイメージ。


なんで、弟はモロッコに行きたかったんだろう?
何度か聞いたけど、笑って誤魔化していた。

弟は、モロッコ人の様な顔をしていたからだろうか?
日に焼けることのない弟は、色白だったけど。
日焼けして、ヒゲを生やしたら、きっとモロッコの人に見えたと思う。

弟が、モロッコに行きたいと知ったのは、仲の良い、歳の近い看護師と二人で、楽しそうに、モロッコに行ったら何をしたいか話していたからだ。
看護師が、
「二人で、モロッコに行きたいんです。行けたら楽しいよね。」
私と弟に言った。

弟は、何をしたい…と、自分のしたいことを言ったことがなかったので、弟の知らない部分を垣間見て驚いた。私達家族に迷惑をかける事をしないように全てを諦めているように見えていたから。
いつも、何を聞いても「いいよ。大丈夫。」そう言っていた。
でも、友達なら色んな事を話せていたようで、
「良かった。看護師さんありがとう。」
と、心の中で涙がしみ出た。

でも弟は、
「行けないよ。空想してるだけ。」
と言った。
「そんな事ないよ。僕が車椅子押すから大丈夫。」
看護師がそう返すと、また二人で、モロッコの旅を話しだし、それはまるで小学生のじゃれあいのようで、楽しそうにする弟を見ていると、本当に嬉しくなった。

そう。
車椅子でも旅は出来る。
不安なら、私も一緒に行ったっていいんだし。
弟のモロッコの旅が空想ではなくて、現実になるなら何だって協力する。

それから、季節が暖かくなるにつれ、弟の呼吸状態は悪くなり、外泊も出来なくなって行った。もう既に、生きている人の血液データではなかった。
6月の台風がやって来たある日、低酸素に疲れた心臓が不整脈を起こし、弟は台風が去るのと一緒に行ってしまった…。

あの看護師さんは、ずっと、ずっと泣いていた。
弟のために、泣いてくれて感謝の気持ちで一杯だったけど、そう思うと、私は余計に涙が止まらなかった。愛しい人がいなくなるって、こんなに辛いんだと知った。その痛みに耐えられる自信がない程に。

その時に思ったんだ。
弟の行きたかったモロッコに行こう…って。
もしかしたら、本気じゃなかったかも知れない。
行ける訳ないって、思ってたかも知れない。
それでも、行かなくちゃって。


だけど、
未だに行っていない。

他の国には沢山行ったのに…。

一体誰と行けば、旅の目的が果たせるのか分からなかった。

家族と行くのが妥当な気がするけれど、誰も関心を示さない。
もし、友達と行っても、それはただの旅行になってしまう気がする。
弟の友達と行くのが、良いようにも思うけど、それ程面識がある訳じゃない。
一人で行くのは…?行けない訳ではないけれど…。
一人きりで行って、本当の意味での迷子になってしまうのは怖いような気がする。
一人で弟の影を探しそうで怖いのだ。

弟の行きたい場所は、やっぱり弟と行きたい。
…それだけのことなのかも知れない。

弟と友達の空想の世界に勝手に入り込んで、勝手に弟の影を探そうとしているだけなんだろうか?
それでも、ラクダの背中に乗って、赤く照らされる砂漠を眺めたら、細い路地を次々曲がって何かを見つけたとしたら、弟がどうしてモロッコに行きたかったのかがわかる気がしている。
見たこともないモロッコ。
そこには一体何があるのだろう。

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