息子にとってパパが掛け替えのない存在になる時
夫は、訳あって度々家を留守にする。
先週も1週間ほど居なかった。
4歳になる息子は、その1週間の間、
「パパは?」
と、一度だけ聞いてきた。
これは、きっと少し寂しいと思ったから聞いてきたのだろう。
息子が2歳半の時には、そんな問いかけはなかった。
2週間居なくても、パパを求める感じは見受けられなかった。
それどころか、パパが居ても
「パパじゃイヤ~😭」
と、泣く始末。
あれから2年で息子は、パパを求めるようになった。
1週間ぶりに再会したパパと遊べて、息子は満足そうだった。
もうママだけ居れば良い世界は、卒業となったのだ。
正直な所、息子が産まれたばかりの頃、パパは余り重要な存在ではなかった気がする。
ガッツリ母乳で育った息子は、尚更そう感じていたのかもしれない。
自分が生きる為には、母乳をくれるママが必要だし、長い間心地好いお腹で守ってくれたママと離れたくないのだ。
じゃあ、この時期のパパは無力なのかと言うと、そんな訳はない。
この時期、パパを必要としているのはママなのだ。
産後直後は、母乳に寝かしつけ、オムツ換え以外、全てパパにやって欲しい。
洗濯から、掃除に食事の用意、諸々、ママの分までやって貰えたなら、これ程助かることはない。
パパは、赤ちゃんの世話をしているママの世話をする、と言う重大な任務があるのだ。
その任務を完璧に遂行出来たパパには、穏やかな未来が待っているだろう。
熟年離婚の危機回避に繋がるからだ。
ベッドからママが呼んでいるのにも気が付かず、テレビやゲームに夢中になっていると、忘れた頃に手痛い仕返しが来るだろう。
あ、こんなに根に持ってるのは、私だけ?
私がどんなにネチネチと根に持っていたとしても、息子がパパが居なくて寂しい気持ちが芽生えてしまった事には変わりない。
どんなに私が頑張っても、パパにはなれない。
パパが居ない寂しさを忘れさせてあげることは出来ても、パパにはなれないのだ。
私が持っていない物を夫は持っている。
色々な価値観に触れることは、世界を広くしてくれる。
もう、息子の生活にはパパが欠かせない。
ママと同等の、自分を大切にしてくれる掛け替えのない存在だと認識したようだ。
息子がパパを思う気持ちと、ママを思う気持ちは、形や姿が異なる気持ちだろう。
現に、パパは叩いて遊んでも良いけれど、ママは叩いたりしない、と明確なルールが彼の中には存在する。
ちゃんと使い分けて接しているのだ。
私が1週間も居なかったら、息子はいったいどうなるのか、気になるところだ。