【1万字無料】悪になりきらず、美しくもなりきらず—『君たちはどう生きるか』
*Kindle Unlimitedでもお読みいただけます!
1. 大雑把な感想から…
金がかかってる!
八角 面白かったあ。まず言わないといけないのは……めっちゃ金かかってるね。カット数がめっちゃ多い。見て処理するのが辛いぐらい。どんだけ枚数描いてるの!?
しぶたにゆうほ(以下「しぶ」) 映画館で観てあの感じだもんね。
八角 そうそう。だいたいアニメ映画って画面デカいから粗が目立つんだけど、全然そんなことない。橋を切るシーンとか、あの落ちる木が恐ろしいよ。「あれ全部描いてるの、えぐっ!」って。
しぶ 木が落ちるって言えば、最初の木刀が崩れるシーンも綺麗だったね。
八角 まあ木刀くらいだったらコンパクトに収まってて、整った動きをするらまだいいんだけどさ。ほら、木刀は膨らんで崩れるって感じじゃん。でも橋の崩落って、落ちる速度と角度と向きとかあって、しかもそれに回転もかかってる。これは恐ろしいことしてるなってずっと思ってた。あれが一番怖い。恐ろしい労力。
しぶ なるほど。
八角 確かに、今までで一番金かかってるって言ってた気もするんだよね。広報に金回してないみたいな。だからスタッフロールで「経理担当」って見たときに、「ああ、この経理の人が胃の痛い思いをしたんだろうな!」って思いを馳せちゃった。
しぶ 広告出してないのがメタ的に広告になってたみたいな感じもあるけど、実際本当に広報にお金回してなかったんだろうね。
八角 昔、「ハウルの動く城」のときに、密集した人々が行き交ってる冒頭シーンについて、カット数が多いってアピールしてた時期があって、そのときは「へえ」って感じで全然響いてなかったんだけど、今回はやばい。「わらわら」とか、恐ろしいことに1個1個が違う動きをしてたんだよ。
しぶ 言われてみると恐ろしい(笑)
八角 別の話だけど、わらわらは史上最高に可愛かった。
しぶ ジブリの小さい子たちって、普段もっと、若干の不気味さを持ってるもんね。
八角 そう、不気味だったり、微妙に気持ち悪い。
しぶ 今回、アニメアニメしてたね。
八角 ぷにっとして、まるっとして。あれは白トトロから持ってきてるんじゃないかとうっすら思ったけど。モノノケ姫に出てくるコダマとかね。
しぶ 「まっしろしろすけ」と名づけよう。
八角 違う! わらわらは、まるっとしてる!
しぶ そうか…。「わらわら」って名前いいよね。わかりやすくて、めっちゃいい名前。
八角 直感的でね。ジブリありがち、うまいオノマトペ。
しぶ 主人公がちゃんと「わらわら」っていうのがあいつらの名前だっていうのを認識して喋ってる!ってのも衝撃だったよ(笑)さっきのやりとりでそいつらが「わらわら」だって順応できたん!?「わらわらって言うんだ」とかはないんだ!? 自然だからいいんだけど(笑)
ジブリ教養
八角 これは宮崎監督の遺作と言って間違いないでしょうねえ。というのは、新しい表現がないんだ。過去作のオマージュというか、組み合わせ。もうすでに表現は十分ってことなんだろうな。もちろんカット数がやばいとか、いくつか新しい表現方法もあったけど。でも、新しいシーンとか、新しいカットとか、新しい場面とかはなくて、ツギハギ的な感じでしたね。
しぶ 集大成みたいな。
八角 石の洞窟とかさ、『猫の恩返し』とか『耳をすませば』でこんなん見た!って思いながら見てた。ハウルでも、ラピュタでも見た…。『カリオストロの城』のシーンも多かったな。インコのところ、裏からやるとか、階段上っているとか。旗掲げられるのもそうだし、全体的な動きもそうだし。この勢いだと『もののけ姫』みたいな怖いやつも出てくるんじゃないかと思ってめっちゃ怯えてたけど、それはなかったね。あとほら『ナウシカ』の、脚がいっぱいあったり、羽がいっぱいあるような虫とかもいなかったね。
しぶ わかる、突然ジブリ的ホラーが始まるんじゃないかとビクビクしたタイミングが何回か…
八角 あ、制御のきかない矢は『もののけ姫』か。
しぶ 弓矢、飛ぶ前から普通に怖かったな……自分がアーチェリーやってたからかもしれないけど、「誰が出てくるかわからないところで弓構えるのやめてくれ!!!」って思ってた(笑)。ジブリほぼ関係ない感想なんだけど、普通に銃とか構えるより弓矢の方がよっぽど怖いんだよね、「死んじゃうよ!?」って思っちゃう。
八角 とにかく、「ジブリ教養」的な「もうみんな知ってるやつ」だけで構成されてるから、あのフルスロットルな展開でもなんとなくいけちゃうんだよ。本当はすごく話が詰まってる、回転が早い。
しぶ 確かに、情報が折りたたまれてる感じだったね。
八角 ジブリに限らずだけど、一般的なドラマとかアニメとかって「間」をちゃんと取るんだよね。ぼーっと見てても追いつけるように、待つんだよ。この映画は全然待たない!(笑) フルスロットルだし、場面展開は速すぎるし、「大学生が最初に作っちゃった作品」みたいな感じで(笑)
しぶ 「大学生が最初に作っちゃった作品」まで行くと、本当に見る人のことを考え損なってるやつだけど…(笑)
八角 見る人のことを全く考えてないかのような作りをしてる、でも「ジブリ教養」でやることで、なんとなく行けちゃう。全然違うけど、ちょっと見てて思ったのは、『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』の最終話みたいだなって。内容がじゃなくて……
しぶ あー、脚本削って削ってなんとか時間に収めた、みたいなね。
八角 そうそう。これは多分、もっと何倍も長いものを相当削って、しかも変にならないように相当手を加えて……例えばコードギアスならテレビアニメ23分とかに収めるわけだけど……そんな感じで詰めて詰めて2時間にしたんだろうなって。
しぶ 2時間の情報量じゃなかったもんね。説明ゼリフとかが全くないのは、むしろ爽快感あったけど。1次情報だけを渡されている感じで。
八角 こう、丁寧に作られてるから、次にどのセリフが来るかって分かるんだよ。次にこの人はこのセリフを言うっていうのがよくわかる。あとほら、奥から「ドーン」って来るシーンとか、もうホラーのシーンだもん。消失点が人間になくて奥にあるから、「奥から来るぞ、身構えて!!」って感じで。
しぶ そうすると、画角にも「ジブリ教養」がたくさんあるんだろうね。
八角 いろいろ。例えばジブリの描き方って、普通のアニメだったら100%描く絵を、周りの20%切ってるような感じだから、絵に対してすごく人間が大きい。人間が小さく写ってるのって、人がたくさんいるっていう描写のときくらいしかない。とかね。
しぶ なるほどね。
八角 「ジブリ教養」で言うならあとアレね、食べ物。トロッってしてる感じとか。サンドイッチにしても、パンを切った瞬間に「アレに乗せるのは、チーズか、それとも卵かどっちだ!」みたいな。
しぶ 「何か四角いのでてきた! なんだこの黄色いやつ?」
八角 絶対バターだって思った。今回は「甘いバージョン」だったね。
しぶ 甘いバージョン?
八角 いや、というのはね、部屋が甘いバージョンなんだよ。しょっぱいバージョンだとあんまり部屋ファンシーじゃないんだよ。
しぶ しょっぱいバージョン…?
八角 卵とかベーコンとかがしょっぱいバージョン。そういう部屋は機能的というか無骨というか。それでもファンシーだけど。具体的にいうと、花柄とか皿が飾ってあるとか、何か全体的に明るいベースのやつを凄くアピールしてると甘い。ので、「甘いバージョンだな」って思った。
しぶ ぼくは「ジブリ教養」が足りてないっぽい…。甘いしょっぱいとはまた別なんだろうけど、キリコの部屋とヒミの部屋も対比的に描いてあったりとかするんだろうね。
八角 そうだと思うよ。あ、キリコつながりで1個言いたいことがあって、画家にキリコっていうのがいるんだけど…
しぶ そっちのキリコ。
八角 私わりと好きなんだけど、そのキリコの絵だなって思ったシーンがあって。白い回廊に少女が自転車の車輪をコロコロしてる絵なんだけどさ。おじさんに会いに行くところのシーンでね。
しぶ あったね、そういうシーン。
八角 『千と千尋』にもあるんですよ。元の世界から別の世界に行く途中が、ああいう感じで。
イギリスと植物の話
八角 部屋とか食べ物とか、基本的に世界観はイギリスだよね。ハウルもそう、魔女も出てくるし。ただ、草が日本の草なんだよ。今回は途中から場面展開して、桜とか、猫じゃらしみたいなのとか、雪みたいなのとかあって、日本風にもなったけど。
しぶ ベースはイギリス、ってことね。
八角 ハウルのときにはクリスタルパレスが出てきたんですよ。クリスタルパレスっていうのは、世界最初の万博のときに作られた水晶の建物ね。建物の中に色んなものが入ってたんだけど。
しぶ ロンドン万博。
八角 今作にも関係する話があって。それとほぼ同時代に、イギリスの女王がガラスの温室を持ってて、温室の中でアフリカから持ってきた植物を育てるっていう、そういうすごい金かかることやってたんですよ。だから、クリスタルパレスの精神性とどこまで連続的かはわからないけど、とにかく何かそういう、極楽的な世界がガラスの中にあるっていう発想があるんですよ。
しぶ 「ここは天国ですか?」の場所ね。
八角 だから例えばバナナとか、アフリカとか熱帯の植物もあったし。とにかく熱帯が極楽のイメージや楽園のイメージなんだよね。
しぶ 寒いヨーロッパの側からすれば楽園だよね。
八角 しかも、その楽園が純粋で綺麗な状態ではなくて、不気味な状態としてある。
しぶ 海の向こうの想像に怪物が出てくるみたいな感じだね。
八角 あと、あれね。インコもアフリカだしね。そりゃ極楽でしょうと思って。
しぶ じゃあ何かヴンダーカンマー(驚異の部屋)とか、博物館の初期の感じとか、そういう?
八角 それとは少し違うかも。ヴンダーカンマーは持ってきて飾るわけだから、絵と変わらないよね。情報だけ。百科事典的に網羅したよっていうだけ。再生というか、再現されてないんだよ。でも、温室では、持ってきた植物を栽培してるところが違う。そもそもヴンダーカンマーは大航海時代からイタリアルネサンス時期だから、大体16〜17世紀くらいでしょう。でも温室は19世紀だからもっとあと。クリスタルパレスも19世紀。
しぶ そうか、女王が温室作ってた時代は、大航海時代なんかよりはずっともっと世界のことがわかってる時代なのか。
八角 そう。大航海時代の「いろんなところのやつを持ってきました!」っていう時代から数百年経って、「アロエとかバナナとか栽培してやばい!」っていう時代。その切り替え期の、なんていうんだろうね、明るいけど不穏なことを感じとれるような時代。そういう世界観がひとつあるんだと思う。
鳥たちはどこにいるか
しぶ 植物もさることながら、動物が大活躍だったね。観る前にポスターだけ見て「鳥たちはどう生きるか」とかふざけてたけど、本当に鳥たちの映画だった。青サギに始まり…
八角 青サギってさ、デカいんだよね。普通に川とか田んぼで見てるサギはあれは白サギなので小さい。青サギっていうのはもっとデカくて、白サギの1.5倍くらい。だから青サギは見て青サギだと分かる。うちの実家は田舎だけど、青サギは滅多に見られないし、青サギが居た時に母が「青サギだ!」っていう程度にはレアです。狸よりはレアじゃない。
しぶ レアキャラって位置付けなのか。確かに白サギよりインパクトあるかも。
八角 京都いるとトンビがいるから、なんとなくでかい鳥わりと見慣れてるんだけど、東京の三鷹とか武蔵野あたりで最大の鳥はおそらく青サギ。トンビは多摩川とか八王子に行かないといないから。いたとしても大サギくらいかな。
しぶ 確かに三鷹でトンビはあんまり見たことない気がする…(編集注:二人の学部時代に在籍していた大学は三鷹市)。あ、そういうことか、ジブリだから三鷹の話してたのか!
八角 そう、あのあたりだと印象的な鳥は青サギなんだろうなって。まあ、何か意味があるのかもしれないけどね。
しぶ 青サギどこにいるの、野川とかにいるの? 固有名詞の野川…
八角 野川とかじゃないかな。井の頭公園にもいるよ。
しぶ じゃあインコは?
八角 あのインコ、日本で大繁殖してえげつないことになってるワカケホンセイインコかなってずっと思ってたんだけど……
しぶ 大繁殖! じゃあそれだ!
八角 作中ではセキセイインコなんだよ。セキセイインコって言ってたから
しぶ あ、言ってたわ…
八角 とにかくインコも、三鷹あたり、武蔵野あたりにめっちゃいるんだよね。私が学部生のときに、上野公園とかでめっちゃ増えててやばいって話になってて、その時点で三鷹にはもういたから、今ごろはいっぱいいる。
しぶ 種類はともかく、野生のインコ大量発生につながる、と。
八角 いや、そういう意味じゃないけどね! ところで夏子がさ、インコめっちゃ大量に出てきたときに「かわいい!」って言ったの一番の恐怖体験だった。かわいい!? おかしいんじゃないかな。
しぶ 結構びっくりするよね。
八角 出てきたシリーズでいうと、ペリカンも出てきたけど、ペリカン日本にいなくない?
しぶ その後、日本でもペリカンが発見されるようになり…?
八角 井の頭動物園にでもいるんじゃないかと思ったんだけど、調べたらいないっぽい。上野にはいるみたいだけど…。
しぶ より外来感が強いよね、ペリカンは。インコも外来だろうけど、大量に野生化しちゃってる。青サギは普通にいるけど、ちょっとレア。そんな感じ?
八角 基本的には、武蔵野とか三鷹での動物のイメージで構成されている。猫もいっぱい出てくるしね。
しぶ そう、あのへん、猫めっちゃいるんだよな…。
八角 逃げ出したリスとかも入れて欲しかったな(笑)。井の頭公園のリスの話知ってる? 私が学部生の頃、ある日、リスが脱走したんだよ。網が台風だかなんだかで壊れて、井の頭公園の方に逃げてさ。でも逃げたリスの数より発見されたリスの数のほうが多くて…(笑)
2. 『君たち』の軸:美と悪
しぶ そろそろ中身の話に移りますか。
八角 話さないとといけないなって思っているのは、「それぞれが何の象徴か」ってことだね。まず象徴とは何か。月を指差す手を見て月を考えるってこと。つまり、そこに月がなかったとしても、指さしている先に月があると考える。たとえ見えなかったとしても、手が何かを指し示していると考える。それが象徴の話。
しぶ 宗教絵画で、鳩が聖霊を表しているとか、魚がイエス・キリストを表しているとか、そういうやつね。
八角 まず、この映画には軸が1つしかないと思うんだよね。一方の極に「悪」があって、反対の極に「美」があるような1本の軸。問題は、その軸の上で「どう生きるか」っていうことなんだけど
しぶ うん。
八角 まず基本的に、悪いことはしちゃダメっていうのが1つある。「道をあやまつ」とかって言われていたのがこれで、最初のほうは「道をあやまつ」たびに青サギが出てくるっていう仕掛けになってる。
しぶ 悪はダメ、が1つ。
八角 でも一方で、精緻で完璧な美しい世界というのもダメ。それはつるっとしてて、「崇高」概念に近いなと思った。
しぶ 完璧な美もダメ、がもう1つ。
八角 ダメな理由は2つあって、単純に「整然としているのは不自然、ありえない」みたいなことがあるのと同時に「恐ろしい」っていう感覚があったね。「自分は◯◯しちゃったから触ることができない」っていうセリフがあったけど、つまり美しい精緻な完璧なものっていうのは崇高で、かつそれは、自分の人間的なレベルとは違う極にあるものだから、そこには至れないし、至らないし、そもそもそこに至ろうっていう発想じゃない。これは独特だよ。
しぶ 「不純でありながらも、より純粋なものへ向かう」とかとは、かなり違うもんね。
八角 そう、普通はもっと美を追求するっていう発想になるんだけど、まずそれ自体が間違ってる、っていう感じの描き方がされてた。なるほどと思ったね。それが何か独特だなって。あれは宮崎監督の独特な宗教観だと思う。「より完璧で美しいものを」って目指しがちなんだけど、そうではない仕方で世界を考える必要がある、っていうのは非常に強いメッセージだと思いましたね。
しぶ まず悪はダメ。でも美を追求するのもダメ。だから主人公は悪が存在するこっちの世界に帰ってくる。
八角 もう少し続きがあって…。自分に嘘をつくとかはいけない。でもそれは人間レベルでいうと、テクニックとか道具だっていう話になる。これは特徴的な言い方してたね。青サギの彼は、嘘を言っているのは本性からやってるわけじゃなくて、どういう言い方だったっけ、とにかく技術とかテクニックとしての嘘なんだっていうことを言っていた。それで、重要なのは、最後に主人公が青サギも友達にするっていうでしょう。つまり、本性として悪ではないけれども、テクニックとしての悪は必要。人間はそういうものとして生きる必要がある。
しぶ そういうものとして。
八角 美しいものを目指しすぎず…そもそも目指すということを考えずというか。美しいものに接近はするかもしれないけど、そういう世界で生きず。かつ、悪を行うかもしれないけど、それは「自分が本当に行おうと思っていた悪でもないような仕方で」悪を行う。そういうように、君たちは生きていかねばならない。その上で、『君たちはどう生きるか』、でしょう。自由じゃないよね。外部がない。軸が1本しかないんだもん。
しぶ そこでいう悪っていうのは結局、社会の中で決まってる道徳とかじゃなくて、もう少し強い意味なのかな。
八角 だと思うよ。だって、自分を傷付けるとかさ、欺くとか。目の前で間違ったことが行われるのを止めないで、助長するとか。勝手にそういう風に誤解されるような仕方で振る舞うとか。あれはだから、社会の中でどうとかっていうよりも、自分がそういう人間として生きていくっていうことだから。
しぶ 確かに、悪って言ってもすごく根源的な感じだね。
八角 より象徴っぽい話で言えば、「善」とか「変わらないもの」って石のイメージなんだなと思うな。多分、西洋の彫刻とかそういう発想なんじゃないかなって思った。動かないから、何千年も変わらないし、「美」のイメージってやっぱ石なんじゃないかなって思う。
しぶ ふーむ。もうちょっと日本的な感じかと思ったけど。
八角 動かない、変わらない、拒絶するもの、っていうのが石なんだと思う。逆に、自分を受け入れてくれたり、自分と近いレベルで一緒にいる、っていうのが草とか木なんだと思う。
しぶ 確かに、草木が一番なんか近い感じだったね。人間なんかよりよほど草木の方が存在として近い。
八角 だからそう、家とかもヨーロッパ風なのにさ、木なんだよね。絶対、住んでる家、木じゃん。崩れる城は石なんだよね。木が崩れるシーンと石が崩れるシーンはちょっと違ってて、石は崩れるのは骨組みが崩れるって感じなんだよね。グシャってなる感じ、重さに耐えられないっていう書き方しかしない。石は何か破裂しない、基本的に。宝石は破裂するけどね。
しぶ とにかく石は象徴的だね。
八角 宇宙から落ちてきた隕石も石。塔も、不自然に石だったし、不自然にガラスがキラキラしてるし。
しぶ 石とガラスだったね、そうだ。ガラスも砂だからね、そうか。
八角 美が石だとして。悪は、なんかドロドロしたやつだと思うよ。
しぶ うーん、西洋的にはドロドロしたものと悪は結びつかなさそうだけど。あるとしても、もっと古層だよね。ギリシャ神話とかだったらどろっとした悪があるのは分かる。もっと後の西洋の悪の感覚は、どろっとはしてないよね。
八角 いや、私がさっきから西洋っていってるのは、西洋的な発想っていうことじゃなくて、宮崎監督の美の意識が西洋にある彫刻とかをイメージしてるって話。
しぶ ああ、そういうことね。
八角 うん、発想が西洋ってことじゃなくてね。そう言えばさ、あの出産のところとか、すごく呪術的に描くよね、日本の呪術。紙が出てきたり、あれは神社とかそういうのだよね。
しぶ あれは、紙だからヒミの火で燃えるんだよね。うまくできてる。
八角 そう。火も象徴だよね。操るほうの火って、処女性でしょう。
しぶ ウェスタの処女とかね。
八角 ハウルのカルシファーもさ、あれは原初の炎なんだよね。プロメテウスが神から盗んだ火。
しぶ 処女性だったり原初の炎だったりするやつが、日本の呪術であるところの紙を燃やすのが、本当に象徴の関係として辻褄あってるのかは、ぜひ考察勢に教えて欲しいところだけど…(笑)
八角 あと、定期的に出てくるモチーフは、振り返ってはいけないシリーズだね。ギリシャ神話のオルフェウスとか。
しぶ 地下に潜っていくやつは完全にそうだよね。ギリシャ神話でも日本神話でも。
八角 黄泉の国。
しぶ どろってなるのもそうなるし。お母さんに会いに行く話だし。ただそこらへんが気になるのは、そういう「わざとらしい象徴」は、どこまで意図的に「わざとらしい象徴」にしたんだろうね。本当にモチーフにするならそこまで直接的にしないというか、そこまでベタなのって逆にあんまりやらないじゃん。
八角 やってるんじゃない?
しぶ やってるのかな。でもほら、この作品で言うと、象徴以外の、「今どういう状況か」とかについては一貫して説明しない方針で描いている。説明セリフとかがないのはストレスがなくてすごい良かったんだけど、その「説明しない配慮」みたいな路線で行くなら、そんなわかりやすいモチーフの使い方にならなくない? と思って、これは罠で、もっと深読みした方がいいのではというか、なんというか……。
八角 絵で雄弁に語りたいんじゃない? 説教というか、説明したいことがあるんでしょうね。それが文芸じゃなくて、アニメーションなだけでしょう。何にせよ、オマージュが多いっていうのとは別の水準で、この映画は象徴的なものが多すぎだよ。悪いことしたときにサギが現れるとかさ。
しぶ じゃあサギとか、その辺の細かい話も順々に話しますか。
3. 青サギ・ペリカン・わらわら・インコ
悪いことをすると青サギが現れて…
八角 とにかく、悪の道に染まりそうになった主人公の前に、悪の道に染まりそうになるたびに青サギが現れて、「そういうとこだぞ」みたいになって。お母さんは死んじゃうし、知らない人がなんか「新しいお母さんよ」とか言ってきて受け入れられないし、ストレス多いし、新しい学校にも馴染めないしで、やさぐれて…っていう主人公に対し、パパは何も考えず、脳天気で…まあパパはああいう感じになるよな、わかる。で、夏子ちゃんは夏子ちゃんで、仲良くしようと一生懸命やってるし、自分の権利も主張しないといけないんだけど、全然主人公が心を開いてくれないし、可愛くないから嫌だなってっていうのでストレスを溜め、なぜか塔に行き…
しぶ 夏子はなんで行ったんだろうね。
八角 「自分がそこにいるのはふさわしくない」っていう感覚が強いんだろうなって思う。仲良くできないし、うまくいかないし、お姉ちゃんに何かすごい罪悪感あるし、で引き付けられちゃったんだろうね。ともあれ夏子はいなくなる。主人公は、単に自分が悪いんじゃなくて、青サギが悪いんだろうっていうんで、悪認定して倒しに行こうとする。あれは結局、夏子さんを助けに行かなければいけないというよりも、青サギを倒しに行きたい、不愉快だからっていう方が強い感じでしたね。だからあの時点であの夏子さんを連れて帰るとかっていうのは、あんまりモチベーションとしてはない。なんかお母さんいるとかいないとかって言われて、嘘だと思うけど、それを暴かないと!青サギ懲らしめないと!って。
しぶ ふむ。
八角 面白いなって思ったのはこれジブリだから強いなと思ったこととして、ピエロ役がいる、つまり解説してくれる人がずっといるんだよね。最初の頃はいないかな、まあ青サギが最初は若干やってて、そこからキリコさんがずっとツッコミ役というか、真っ当なことを言う役をやってて、そのあとまた青サギがやっててっていう感じで。
わらわら・ペリカン(前提の話)
八角 下の世界に行くと門があって、ペリカンがいて。あれは生命の神秘ってことだと思うけどね。知ろうとすると死ぬよってこと。キリコさんはそれをちょっと遠くから見させてくれるけど、独善的というか、独断って言うか、あんまり社会的じゃない。自立してるけど。うん、自立してるっていうイメージでしたね。誰かを扶養してるって感じ。「出た、聖母」って思ったもん、ジブリの女性あるある。あのへんは、「手を染める」っていうイメージだよね、「魚を捌く」っていうのもさ。
しぶ あそこは全体的に「境界」って感じだよね。門もそうだけど、わらわらも違う世界に昇って行くし、手を汚して魚を獲るのもそう。それこそ純粋な善美ではなくて、境界的。
八角 わらわらは自分で手を下せないけど肉は必要っていうのは、あれは弱者と子供のイメージじゃないかなって思った。幼稚園児とかああいうちっちゃい。
しぶ まあその後「生まれる」からね。子供……
八角 もちろん、直接的にはそれもあるんだけど、そういう意味じゃなくて。
しぶ じゃあ、まず直接的な方の話を先にしよう。
八角 直接的な方でいうと、わらわらが登っていく軌道、あれは2重らせん構造かどうかずっと考えてたんだけど。でも2重じゃないから違うかなって。なんで3本あるんだろう。
しぶ 1本はペリカンが食べるから…? そういうことじゃないね?
八角 3本全部くわれてたよ???
しぶ 食われてるシーン、すごい『スリザリオ』のゲームで見たみたいな気持ちだった、もっと古くはパックマンか。
八角 私は2重らせん構造か、カエルの卵かみたいなことをずっと考えてた。いや、ずっとわらわらはね、精子の例えだと思ってたの。
しぶ うん、基本としてはそれはそうだと思う。他の象徴もあるにしても、一義的にはそう。
八角 内臓が精力に繋がるから。
しぶ 空に上がるのに滋養が必要なんだって言ってたね。
八角 でも2重螺旋になったから、そこで考えを放棄した。
しぶ 僕は魚の解体シーンは、とにかく、「その刃物、自分の座ってる方に引っ張りながら力を入れるのは危ないのでは!?」って思ってたので、気が気じゃなかった。
八角 昇っていく先が卵とか子宮とかそういうことなんだろうと思うけど、それはあまりに直接的じゃん。
しぶ 直接的じゃない別の見方があるのね。
八角 ある。
わらわら・ペリカン(核心の話)
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