見出し画像

ゆるしいろ

どこか遠くのオフィスからでも桜がみえるかな。
あくびを漏らす陽気の季節。
教室の窓際で肘をついて眺める。
真っ青な空を仰ぐ周りに花が舞う。

今日1日がよくなりますように。
そう手書きされた紙コップにも桜が咲く。

ハンドルを握る僕の左手。少し伸ばした先に君が座っている。
この距離がずっと、僕らだった。
まるでそれは、大きな木を見上げている僕と桜のような遠さだった。

駐車場に車を停めて外にでる。

思ったよりも大きな音をたてて閉まったことに誤解を与えたくなくって、
もう一度開けてはパタンと閉め直す。

あたたかくなった気温。
ぬくもりを浴びて春の目覚めを感じつつ、ピンクの葉っぱがふいに目の前に吹く。
驚いて、両手で顔を防いで目を閉じた。

吹雪いたのは一瞬だけど、
やっぱり目を開けたくない、
開ければ時が進んでしまうから。

感傷的な気持ちがこそばゆく、
しずかに湧いてる鼓動を胸ポケット隠そう。

まぶたをゆっくり動すと、
眼の前にいた君も同じように災難。
苦笑いをし、肩についた花びらたちを振り落とすと、払う手が白くて柔らかかった。

いつの間にか手の中に入り込んだ花びら。握っていた僕。
キレイだね、とほほえむ顔は、
やっぱり見たくなかった優しい君の顔。

近くて交われなかった。

春をきっかけに言葉を出そうと模索した結果、
あてどなく言葉を探して並木道を歩く僕たちの後に桜が舞う。

道の先にはここから見えない終着点があり、ゴールテープみたいに手を繋いでみたれど、
もうすぐ離さないといけない。
話さないといけない。

嬉しそうに、大事そうに。
気温が外出を許したころには君はいつも着てくれるフラワー柄のアイボリーワンピース。

他愛もないいつもの会話は重さもなくってすぐに宙に浮いて、漂いアトランダムに流れていく。

アスファルトを見ることでしか保てない空はでも青くて広いのだろうけれど、
ついに最後まで繋がらなかった僕たちの距離に絶望をしてその空を見上げる。

ごめんね

つむじに巻かれた風に乗った白混じりの桜の花びらに、聞こえない声で想いをそえて流した。

きれいだね、ごめんね

聞きたくない言葉を受け止めないよう、避けようとする言葉に涙が出そうになる。

我慢して、装って、相手を気遣って嘘をつく。

中身のなくなったコーヒーカップを口に寄せ、ぼんやりとしたこれからをくゆらせる。

沈黙なんて長さではなかった。
でも短い無言の数秒が、
僕には永遠だった。

すごいね、応援するよ、と手を組み笑った背中は泣いていたの?

路肩のアスファルトに生えた雑草を踏まないようにはじを進む。
意を決して君を呼び止めた。
想いがあふれるように、周りの木々からきれいなものが散っていく。

振り向いてくれた顔には、
ほくろのように花びらがついていて、
手を伸ばして触れたかったけれど、
自分でできるからという風に吹かれ、
想いは力なく空にただよってから落ちた。

終着点。
一番太い木を2人で見上げる。
大きく息をすってこの空間を感じたら終わってしまう。

葉が揺らめくだけの世界。
舞う桜につつまれる僕ら。

石畳を踏む足の裏だけが感覚を感じられる。
汗をかいたからと恥ずかしそうに手をほどき、
泣いているとの笑っているのを同時に見せた君の背中にすら桜が舞った。

手を伸ばせば届いたけれど、
真っすぐ伸ばして、戸惑って、
空を握って、悲しくなって、何事もなかったようにその手を引き戻した。

ようやく目覚めの季節がやってきて、
僕らの時間も強制的に溶けてゆく。

桜が舞う世界
ゆっくりと、足元もおぼつかない軌道で舞う世界。

春は二人の背中をそっと押し、
最後にゆるし色の景色を目の前に、
そう目の前に。
目の前いっぱいに。

いいなと思ったら応援しよう!