友達の友達とビリヤニ

何かと制約の多い日々において、「マジに今やりたいこと」みたいな話題はほんと定期的に交わされるけど、そのたびに私は決まって「雑な飲み会」と答えていた。具体的には人数が多くて(誰が来たか帰ったかわからないレベルでも全然良い)、一部を除いた人間関係とお酒がいちいち薄くて、食べ物の味と佇まいが記号的なやつ。

でもそんな話題も積もり積もって、私は自分を疑い始めた。本当にそれ…やりたい?
本音を言うともう、その手の飲み会はもともと泣くほど大嫌いで絶対的に敬遠しちゃうんだけど、大人数という概念自体が遠かったいま皮肉にもそんな風景が一番恋しくなってしまったのかもしれない。しかし多分喜べるとしても一回きりで、あとはどんなにチャンスが巡っても元通りに敬遠して好きな人と美味しくてちょっぴり特別感のあるご飯を共にすることを切望する気がしている。
では、私の望みは一体なんなんだ?

…この、「自己の欲求を具体化するステップを大切にしたほうがいい」というのは自身の生活からの数少ない学びである。とくに私の場合、「なんか〜、こんな"風"なことを〜、なんとなくいつかやってみたいと思ってて〜」は絶対にやらないかできないか上手くいかない。なので、達成感と満足感を味わうためには「あとはこれをするだけ」まで欲望の正体を突き詰めて確実に仕留める必要がある。

たいそうな話になってしまった。
そうして私は分析と自問自答の末にようやく自分の人恋しさの正体に辿り着いたのだが、要は「普段存在をなんとなく知っている程度の人とうっかり話し込んで仲良くなったりお互いのイメージが変わったりする機会」が欲しいのだった。
いいぞいいぞ。まだ突き詰められる。
そのような存在はつまり、いわゆる「友達の友達」だ!私は今も仲良くしてくれる古今東西の友達のことが大好きだ。全員の存在と価値観をとても大好きなので、そんな人たちと仲の良い人は魅力的なことが多かった。たとえその日一度会うだけでも、そんな素敵な人と新しい風みたいな話をしたい。うんそうだ。その日から私は「雑な飲み会」ではなく「友達と、そのまた友達とみんなで美味しいものを食べたい」と言うようになった。

さて先日、友人とお昼ごはんを共にした。
彼女がハッキリとした筆致のLINEで「この2択」と送ってくれたお店は、どちらも私一人では行き着くことのできない感じのインド料理屋さんだった。スパイス!久しい味わいと芳しい刺激に期待がほとばしる。

聞けばそのお店たちは、彼女の友達のインド料理ガチ勢が教えてくれた場所なのでまず間違いないのだという。おっ、友達の友達!そんなことでも嬉しく、楽しみさがいっそう募る。

その日入ったお店は「アーンドラ・キッチン」さんというところで、南インドのお料理を出してくださるところだ。インド料理の地域差に疎かったのだけど、私がなんとなくイメージするのはどちらかと言うと北インド料理寄りで、寒さ厳しい土地柄に相応しいものなのだそうだ。南インド料理は比較的酸味や辛味が強めで、お野菜を主な材料にしているのが特徴らしい。えーそんなの最高じゃん…

メニュー表には知らない言葉たちが並ぶ。包み隠さず言うと皆目検討もつかなかったので、店主の方がそっと教えてくれたオススメに従うことにした。

しばらくすると大きくて丸い銀のお盆の上にいくつもの金属製のお椀withひとつひとつに違うカレー的なもの、真ん中に見るからに美味しそうなタンドリーチキン、薄い皮状のもの(チャパティと言うらしい)、そしてドンとビリヤニ。ビリヤニこれか!ちゃんと食べるのはほとんど初めて。

一口食べて、もうやられてしまった。美味しすぎる…!!!スパイスの織りなす多様な香りが、花火大会のフィナーレみたいに幾重にも重層的に展開して嗅覚と味覚を刺激してくれる。なのに全く味は濃くなく、素材の旨味も余すとこなく感じる。こ、これは…ッこれはなんだ!?

隣を見ると友人も同じように嬉しそうに食べている。ほとんど同じくらいのタイミングで目の前の小さな冷蔵庫に並ぶインドの瓶ビールが欲しくなり、冷たい雨の降る日だったが構わず注文した。
かわいい鳥のラベルのそのビールもまた独特で、味が濃いのにスイスイ飲めてしまう。スパイスとの相性が、素晴らしい…ビール飲むと食べたくなり、食べるとビールが飲みたくなる。たぶんいつも飲むようなビールでも同じようになったのかもしれないけれど、なんだか心躍る風味だった。

それにしても面白い。ひとつひとつのお椀の中身の味と材料はどれも大きく違うのに、全体が調和してひとつの世界を作り上げている。そう、私があの時食べたのは一皿なんて生やさしいものではなく、間違いなく世界であった。羊肉のカレーも野菜のカレーも酸味の強い乳製品的な何かもそのほかの全ても素晴らしく美味しかったけれど、心を鬼にして一番美味しかったやつを選ぶならビリヤニだ。あんなに香り高い食べ物があるなんて!パラリとしたお米はさまざまなスパイスの香りがグラデーションのように入り混じる。主役であり脇役、土台であり頂点。レモンを絞って食べたらもう、たまらない美味しさだった。

すっかり満喫して、わたしは「友達の友達に宜しく…」と心から伝えた。やや近しい世界にいながら、たぶん一生巡り会うことはなかったであろう友達の友達。彼と同じ味を知り、大好きになっちゃったことはなんだか不思議だ。直接ではないけれど、またひとつの出会いだったと思う。これを、望んでいた。

そしてやっぱりそもそも友達というか、人間が好きだ。会わなかった日々の中で彼/彼女が巡り合ったさまざまなものの話を聞くだけでなんとも豊かな時間をもらえる。コミュニケーションに喜びを感じられるようになると思わなかった。大人になるっていいことだ

ちなみにスパイスのパワーなのかめちゃ元気になってしまい、かなりお腹いっぱいになってたけどそんなもん差し置いて二人して近江屋洋菓子店で素晴らしい葡萄のタルトを買った。30分くらい歩いた末に増水してたゆんたゆんの水面になった隅田川のほとりのベンチで船の光の往来を見ながら、それを食べるなんてこともした。一生思い出す風景と味が、またひとつ増えて嬉しい日だった。

ビリヤニ、友達、友達の友達、大好き。

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