ドンドゴビライフ4日目
起きて身支度を済ませて日記を書いていたら、チンギスがやって来た。
私の日焼け止めは強すぎて、気をつけて塗らないと目が痛くて涙が出る。
今日も塗ったばかりで目が染みていた所にチンギスが来た。
私が泣いていると誤解したみたいだが、説明したら多分わかってくれた。
「鞍なしで馬に乗るか?」と聞かれ、日本で裸馬に乗る機会なんてないから体験してみたくて、その旨を伝えた。
外に出ると、ケシーが裸馬に乗って遠くで駆けていた。
さすが、自馬を飼って背中に立ったりして遊んでいるだけある。
しかしチンギスは「彼女は長時間乗って駈歩を出しすぎていて、馬が疲れるからダメだ」と言っている。
ケシーが戻り、調教師のプーチェさんがやって来て「君も馬に乗る?」と聞くので「裸馬には乗るのは初めてだから乗ってみたい」と答えると、「難しいから鞍を付けた方がいい」とのこと。
チンギスいわく座る位置がわかりにくくなるから、難しいのだという。
ヤンジッドルマさんと安全第一という約束をしているので、「鞍を付けられる馬が用意できるまで待つ」と答えた。
しばらく馬の手入れを見学したりブラッシングを手伝ったりしていたが、チンギスはムスッとした顔で「私がまだ悲しそうだ」と言ってくる。
「馬に鞍無しで乗りたかったのに、それが叶わなかったから気分を害したんだろ」とか決めつける。
何を言っても聞き入れない。
それで私が「あなたこそ昨日の朝からおかしいよ。時々なんか疲れたり怒ったりしているように見える」と言ったら「今お前が僕の気分を害したんだ」と言ってものすごい拗ねてしまった。
それでもチンギスの偉い所は、自分で自分を立て直す努力をする所。
しばらく拗ねていたが、気を取り直して一緒に馬の手入れを再開した。
しかしながら、やっぱり若すぎて自分を保てないようでたびたび不機嫌に戻ったり異常に明るくなったりしている。
昨日からずっとこれを繰り返している。
情緒不安定な彼の様子にさすがにファミリーの子ども達も彼がおかしいと気づき、心配し始めた。
しかも1人の子が、彼に直接「チンギス兄ちゃんなんか変だよ」と指摘してしまったから大変な事に。
さすがにマズイと、今度は私から彼の母親に連絡した。
状況を伝えると「確認してみるが、彼はまだ子どもなんだし細かい事は気にせず楽しみなさい」という返事。
たしかに言われた通りで、私は誰かの機嫌を取るためにモンゴルへ来たわけではない。
私も私で忘れる事にして、不機嫌なチンギスも誘って子ども達と遊ぶ事にした。
ケシーは大人らしい大人で、いつも誘っても輪には入らず私達を観察している。
ここの子ども達は、ルールのある遊びが好きみたいだ。
「ネホイルコロ(日本で言ういちにのさん)」のかけ声と共に手札を交換して4枚の札を揃えるゲームや大富豪に似たトランプゲーム、ドッジボールに似たトス遊びなどなど…
小休憩していたら、途中で抜けたムスッとしたチンギスがやって来て「今朝ファミリーの子と内緒話をしていただろ」とかいろいろ心当たりのない文句をつけてきて、「ユイはもう僕の事が好きじゃないんだ!」と言って去って行った。
もしかして昨日レストランで私を困らせて、その後もいろいろ上手くいかなかったから気にしていたのだろうか?
去り際の一言に状況の理由が全て詰まっている気がして、やっと答えを見つけた気持ちになれた。
昨日から彼は私を避けて、嫌いだと言ってたケシーといる事が多かったけど気まずかっただけなのかな?
昼前に馬のトレーニングが始まり、車で3人の子どもが馬に乗る様子を見学した。
最年少は3歳児。2番目の子は裸馬に、エルカーはジョッキースタイルで乗っていた。
昼食はケシーと2人きりになったので、昨日みんなに心配をかけた理由を説明した。
母国語が英語でチンギスから違う説明も入っていないケシーは、すぐ理解してくれて一緒にチンギスを心配してくれた。
英語が苦手すぎてあまりケシーとは話さなかったけど、それは良くないとわかっていたけども、ちゃんと話した方が良かった。
集団の中にあまり仲良くない人達がいると、全体もギクシャクするよね…
ここの夫妻と住み込みで働いている青年2人はモンゴル語しか話さないので、子ども達が英語で通訳している。
子ども達も加わり昼食を取っていたら「今日は近所で小ナーダムがあるけど見に行くか?」と聞かれ、午後はまた馬のレースが見られる事になった。
近所と言われたレースだが、車で家から随分離れて行く。
「結構遠くまで行くんだね」とチンギスに話しかけたら「遠くないよ」と言うので「モンゴル人にとっては?」と返すと笑いが起き、ケシーが「遠さの感覚は違うかもしれないね。イギリスでは車に20分以上乗っていたら少し遠めかもって感じてくるかな」という結論を出した。
なるほど。日本は狭いから近所って本当に町内レベルを想像してしまうけど、他国は広い。
面白いなーと思った。
到着し、トラックから馬を降ろす。
チンギスがおかしい原因はわかったが、その解消法は見つからない。
言葉で「そんな事ない、思い込みだ」と伝えても信用してくれないし、スキンシップが必要なのかもしれないが日本人の私はこんな時どうすれば良いかわからない。
でも多分、身体の距離を遠く取る=心の距離を置く事なのかなーという事は察していた。
さすがにハグしたりするキッカケとかタイミングはわからないので、レース中はくっついて座ったり頑張ってチンギスに話しかけたりした。
さすが、広大なモンゴル国で最高の調教師と讃えられるプーチェさんの馬達。
トゥブで見た馬どころか、この地域一帯から集まっているどの馬よりも、比べものにならない速さ!
先頭集団の隣を車で並走していたら、あっという間に後ろの馬群は見えなくなってしまった。
もはや距離の差が何馬身かなんて数えられず、もしドローンとかで数えられても意味をなさないぐらい離れている。
明るく振る舞っていたら、やっとチンギスは安心し始めてくれたみたい。
少しずつ元の彼に戻っていった。
レース中はチンギスグランパみたく、旦那さんがかける音楽も爆音だ!
今回はモンゴルのヒップホップ。
なんとチンギスグランパも来ていた。
ウランバートルから遠い距離を、グランマに内緒で日帰りで車を運転して来たらしい。
走り終わった馬達は砂浴びをしていた。
現地から家までついて帰って来た男性は、なんと日本語が話せた。
簡単な単語を知っているだけかと思ったら、普通に会話ができる!
母国語で意思疎通ができる事が、こんなにも安心できる事だったとは…
久しぶりに日本語で会話ができて、かなり気分転換になった。
夕方はその男性とチンギスグランパを見送り、馬に水と餌をあげる前に引き馬をした。
1頭を連れていると、子どもは簡単に「この馬も連れてって」と手綱を渡してくる。
初めて2頭を引いたが、油断すると一方が草を食べようとしたり止まったりして難しい。
ここの子ども達にとって馬の存在は日常だから、普通に複数を引いたり馬の後ろに立ったり、馬の周りでケンカしたりする。
私はヤンジッドルマさんやアンさんに迷惑をかけるわけにいかないので、約束を守って馬の基本ルールに従うけど!
水を飲ませていると、子ども達は私に「馬に乗っていいよ」と言って1頭の馬を指差す。
鞍を着けていないし、旦那さんもいない。
本当に良いのかわからなくてチンギスに聞いたら、引き馬で乗せてくれると言う。
初めて直接乗った馬は暖かくて、背骨の感触や四肢の動きがいつもより鮮明に感じる。
改めて生き物に乗せてもらっている事がわかる。
速足も初めて乗った時の事を思い出す。
たしかに一定の位置に座り続けるのも馬の動きに合わせるのも難しい。
でもいつもより馬と一緒の感覚が味わえて、気持ちまであたたかくなる!
空は綺麗な夕焼けになっていた。
丘を超えるともっとよく見えて、今のところモンゴルで見た一番綺麗な夕焼け!
ちゃんと仲直り?できたのもあるからかなぁ。
夕食後ヤンジッドルマさんからメッセージが来たので「もう心配しなくて大丈夫、ちゃんと楽しめている」と返事して寝支度をした。
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