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続・会社員、オールドレンズを買う(ジュピター11 13.5cm)
最も近い欧州
おそらく28歳ぐらいの頃「30になる前に幾つかヨーロッパの国を訪れよう」と考えていた。何故かと問われれば「行ってみたいから」であるが、自分の狭い了見を広めることができるのではないかとも思っていた。大好きな映画『グランド・ブダペスト・ホテル』のロケ地であったゲルリッツ(ドイツ)や、くるりの『ワルツを踊れ』というアルバムがレコーディングされたウィーン(オーストリア)は行きたいリストの中でも上位。しかし難点は“遠い”ということだ。そんな折、当時日本の航空会社が“ウラジオストク便”のキャンペーンをしていた。確か《日本から1番近いヨーロッパ》というキャッチだった気がする。ご存知の通りウラジオストクはロシアの都市であるが、成田空港から直行便で2時間半ほどだった。これは近い。
脱・圧縮効果?
他のマウントで焦点距離135mmのレンズを見ると、1kg近い質量であっても驚きはないだろう。一方、私が購入した“ジュピター11”は262gで、M11モノクロームと組み合わせても総質量818g(M/L変換リング込み)となっている。当然、レンズ構成など色々と違うわけで比較は出来ないが「軽さこそ正義!」の私としてはありがたい。それに、前回綴ったようにこれはお試しであり《望遠でこういう写真が撮りたい》というような意図はまったくない。購入してからも同じで、頭を過ったのはコロナ禍中にニュースでよく使われていた品川駅の改札付近の写真だ。望遠レンズには“圧縮効果”が現れる。この効果により、本来は自身から近い場所と遠い場所が重なっているように見えるのだ。望遠になればなるほどその効果は強い。
最近では、どこかの商店街と富士山が大きく映っている写真を見かける。逆に、望遠レンズを付けると特別なことをしなくても圧縮効果の写真が増えていくとも言えよう。以前のラジオで取り上げたが、ソール・ライターも中望遠レンズを愛用していたという話だ。改めて彼の写真集を開いて見ると、そのように見えるカットが確かにある。これらのことを念頭にしつつ、圧縮効果のことはなるべく考えないようにして街へ出た。サーっと撮ってみての感想は「いやいや、寄りすぎ寄りすぎ!」ということ(初歩すぎ)。いつもの調子(焦点距離28mmなど)でスナップをしてしまうと、人の顔がはっきりと写り込んでしまう。私自身に撮影スタイルなどあってないようなものだが、望遠レンズに対するスタイルは必須なのかもしれない。
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困惑/慣れ
前評判通り、望遠レンズを手ブレ補正もないレンジファインダーで使うのは難しい(私には)。加えて、無限遠あたりで二重像を合致させてからシャッターを切っても手前にピンが来ていたりする。これはレンズ自体の問題だと思うが、先の難点に足して慣れるまでは苦労した。現在も「完璧に掌握!」というには程遠いが“できること”と“できないこと”はやんわりと理解しているつもりだ。M11モノクロームで使う際は、Q2モノクローム用のハンドグリップも装着(良い子は真似しないこと)した。重くなるし見た目はどこか武器のようだが、少しでも手ブレを無くすという方向では良く作用した気もする。首から下げている時に見下ろすと、自分を貫いた棒のようにも見えて滑稽だ。マスクを引っ掛けたりするには便利だった。
ライカのデジタルMシステムならばライブビューや、別売りのビゾフレックスの使用がさらに効果的だ。後者については今でも購入を悩んでいるところだが「今後も135mmを使うか?」という疑問と、物自体の保証関連の件で渋っている。ちなみに「MシステムにEVFなんて邪道!」というような想いは一切ない。私は邪道を煮詰めたような人間なのだから。さて、他で言えば野鳥などの撮影にも望遠レンズは使われている。それは分かっているが、ずぶの素人がフィールドへ行って出来るはずもなく私は恩賜上野動物園へ向かった。どのレンズにしても、レンジファインダーで生き物を撮影するのは億劫だ。まして、無機動に移動する生き物は特に。故に出来の良い写真は撮れなかったが、楽しかったので良しとしたい(甘い)。
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これまで
最も遠い欧州
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2020年1月初旬、私はウィーンへ向かった。機内で何度か寝て起きても、ロシアの上だったことを思い出す。そして2022年2月24日を境に、私にとってウラジオストクは1番遠いヨーロッパに変わった。その日から今日まで、それは終わりが見えないまま続いている。前回で綴ったように、ジュピターはソ連時代に“キエフ”というカメラブランドから生み出されていた。そのブランド名は、ソ連崩壊後の現在で言えばウクライナの首都に由来しているのだろう(ウクライナ語:キーウ)。いつかこのレンズを持って、何の障壁もない状態で、それぞれの国を訪れて人々の暮らしを撮影したい。極東の田舎から、私はそう願っている。その時は何年も読み掛けたままの『青白い炎』も読み切れるかもしれない。きっと、近いうちに。
(おわり)