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ミュージカル 「ファンレター」 観劇レビュー 2024/09/19


写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「ファンレター」
劇場:シアタークリエ
企画・製作:東宝
オリジナル・プロデューサー:カン・ビョンウォン
台本・歌詞:ハン・ジェウン
音楽:パク・ヒョンスク
演出:栗山民也
出演:海宝直人、木下晴香、木内健人、斎藤准一郎、常川藍里、畑中竜也、浦井健治、大鷹明良(声の出演)
公演期間:9/9〜9/30(東京)、10/4〜10/6(兵庫)
上演時間:約2時間40分(途中休憩20分を含む)
作品キーワード:韓国ミュージカル、ラブストーリー、文学、ヒューマンドラマ、泣ける
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


韓国で大人気の韓国創作ミュージカルの一つである『ファンレター』を初観劇。
『ファンレター』は、2016年に韓国で初演されてから人気になり、韓国で何度も再演を繰り返しているミュージカルである。
また、韓国国内だけでなく中国でも14都市で上演されており、今回は紫綬褒章も受章している日本を代表する演出家の一人である栗山民也さんの演出によって、日本で初めて上演されることになった。
私自身、韓国オリジナルミュージカルを観劇するのは、ミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』(2024年7月)に続き2度目である。

物語は1930年代の京城(現代のソウル)を舞台に、京城で暮らす作家たちを中心とした話である。
主人公のチョン・セフン(海宝直人)は、かつて親交があり既に亡くなっている小説家のキム・ヘジン(浦井健治)と彼の恋人であるヒカル(木下晴香)で共作した小説が出版されることを知る。
そして、その時に謎に包まれたヒカルの正体も明かされると知る。
驚いたセフンは、すぐさま東京の留置所に行ってヘジンの友人である小説家イ・ユン(木内健人)に会いに行き、ヘジンとヒカルの共作である小説の出版を止めるように要求する。
しかしイ・ユンはヘジンがヒカルに宛てた最後の手紙を持っていると言い、セフンにヒカルの全てを打ち明けるよう迫る。
セフンは、イ・ユンの持っている手紙を渡してもらいたく、ヒカルとは何者なのかについて一部始終を語り始めるが...というもの。

日本で上演されることが決定した際に賛否両論が上がったことでも話題となった今作、その理由は韓国の歴史的背景を知らない日本人にとっては理解しにくい部分があるためだと言われている。
そして、わざわざ韓国人俳優が来日公演する訳ではなく日本人キャストとして上演されるという点も賛否が分かれていた。
ただ、私は以前に韓国の同じ時代を一部描いているミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』(2024年7月)を観劇していて、時代背景については知識として知っていた。
1930年代の韓国は日本に統治されていた時代であり、韓国国内での学校教育での日本語教育が義務付けられたり、朝鮮語の使用が制限されたり、日本の文化文化や習慣が推奨されて韓国の伝統文化が制限されたりなど厳しい統制がされていた。

しかし、そんな歴史的背景を知っていたにも関わらず私は今作にあまり引き込まれなかった。
その理由は、自分自身が韓国の歴史を知識として知っている程度だったからという点と、劇中で日本によって差別されていたという悲劇的な描写を直接的に描いている訳ではないからだと感じた。
劇中に登場人物たちが発する言葉にも、もちろん日本人に統治されているからだと感じられる言動は沢山見受けられるのだが、そこに感情移入することが出来るほど普遍性をついた描写にはなっていなかったと思った。
ミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』は同じ韓国オリジナルミュージカルでも感動できたのは、韓国の歴史的背景も関連してくる作品なのだが、それ以上に主人公のキム・ヒャンアンの生き様が普遍的に感動出来るように描かれていたからだと感じた。

演出に関しては、ほぼ韓国で上演されていた手法を踏襲している形だったと思われるが、強く感動するほどではなかったが秀逸でよく計算されているなと感じられるものが多かった。
ヒカルが登場する際にステージ後方から白い光が煌々と差し込む演出、そしてなかなか文学会の「七人会」の7人が揃わずラッキーセブンとはならない描写、そしてヒカルの表現の仕方が演劇でしか出来ないような演出になっていて巧みだった。
話を理解して考えれば考えるほど、隠された演出の意図が見えてきて楽しめる工夫があって素晴らしいと感じた。

役者さんの演技力も素晴らしかった。
特に私はヒカルを演じた木下晴香さんの歌声に魅了された。
劇場のキャパシティと内容もあってグランドミュージカルのように伸びのある歌声ではなかったが、私が座っている客席後方までしっかりと力強く響いてくる歌声に感動した。
劇場のキャパシティと作風的にどのくらいの声量で歌ったら良いのか、その調整が非常に難しいのではないかと感じた。
そこを木下さんは非常に適切で素晴らしい形で歌声を披露されていて本当に素晴らしかった。

自分の韓国歴史への理解が浅いのか、今作がやはり全世界を巻き込めるほどの普遍性を持った作品にはなっていないのか、その両方なのか分からないが、私自身は深く感動するまでは行かなかった。
しかし、今作をきっかけに韓国の歴史について理解を深めたり、ミュージカル俳優の方の素晴らしい歌声と演技を堪能出来るのは間違いないので、多くの方に見て欲しい作品ではあると思う。

写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


↓プロモーション映像




【鑑賞動機】

昨今、韓国ミュージカルが国内外で人気を博しているので積極的に観に行こうと思っていた。そして、今作は韓国国内で非常に人気のある作品と聞いていたので観劇することにした。
演出が有名な栗山民也さん、そして海宝直人さん、木下晴香さん、木内健人さん、浦井健治さんといった実力のあるミュージカル俳優も多数出演されているのも決めての一つ。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

楽曲『遺稿集』が流れる。1937年の京城(現在のソウル)、三越百貨店屋上のカフェでは新聞に取り上げられているとあるニュースで持ちきりだった。それは、亡くなった韓国の小説家であるキム・ヘジンと、彼の恋人で日本人であるヒカルが共作した小説が出版されることになったこと。そして、謎に包まれていたヒカルの正体も明かされるというものだった。
カフェでそのニュースを知ったチョン・セフン(海宝直人)は、ヘジンと親交があり、ヒカルのことも知っていたので驚く。そして、このヘジンとヒカルの共作の出版を今すぐ辞めてもらえるために日本の留置所に行くことを決意する。
日本の留置所で、セフンはヘジンの友人である小説家のイ・ユン(木内健人)に会いに行く。そして、今すぐヘジンとヒカルの共作を出版することを辞めるように説得する。しかしイ・ユンは、ヘジンが最後にヒカルに宛てた手紙を持っていると言って、それが欲しかったらヒカルのことを全てこの場で打ち明けるようにセフンに迫る。セフンはそう脅されては仕方ないと、生前のヘジンとヒカルのことについて明かす。楽曲『彼女の誕生と死』が流れる。

1935年、ミョンイル日報の編集室。小説家キム・ヘジン(浦井健治)の元に同じく朝鮮の作家であるイ・テジュン(斎藤准一郎)、キム・スナム(常川藍里)、キム・ファンテ(畑中竜也)、そしてイ・ユンがいた。この時代は朝鮮半島が日本の統制下にあり、まともに朝鮮語で文学を書くことも許されなかった時代であった。そして文学自体も軽視される時代にあった。
作家たちは、そんな逆境に屈しずに文学活動をし続けていこうと鼓舞し合っていた。そして文学会「七人会」というのを立ち上げるのであった。
そこへ、ミョンイルの日報編集室に日本から帰国したチョン・セフンがやってくる。セフンは、ここでお手伝いをしたいと申し出ていた。作家一同は喜んでセフンを受け入れる。セフンは真面目に言われた雑務をこなして馴染んで行こうとした。
セフンはそのまま、へジンの家に一緒に向かう。そこでセフンはあることを知る。へジンは日本人のヒカルという作家とずっと手紙のやり取りをしていたが、最近ヒカルからの手紙が届かなくなって落ち込んでいるということだった。そしてヘジンはヒカルという日本人がどれだけ文学の才能に満ち溢れた存在なのかを語り始めながら咳き込む。セフンは心の中で思う。そのヒカルという存在はセフンが日本に留学していた時の自分のペンネームで、彼がヒカルとなってヘジンと手紙のやり取りをしていた。しかし病気になったヘジンに元気を与えるためにも、セフンは韓国に帰国してからもヒカルというペンネームでヘジンに手紙を送り続けることを決意する。そしてヒカルがセフン本人であることをヘジンには明かさないようにしようとする。
ヒカル(木下晴香)がやってきて、ヘジン、セフン、ヒカルの三人で楽曲『誰も知らない』を披露する。

ミョンイル日報の編集室、ヘジンは再びヒカルから手紙が届くよになって大喜びであった。そしてヒカルはヘジンに手紙で一本の小説を送ってくる。その小説にヘジンは大変に感銘を受ける。
その時、ミョンイル日報の編集室に集まる作家たちの間では、七人で同人誌を出版しようという流れになっていた。しかし6人は集まったもののあと一人が足りない。そこでへジンは、先日手紙で素晴らしい小説を送ってきたヒカルの小説を七人目として掲載仕様ではないかと言う。その時、他の小説家は初めてヒカルという日本人小説家の存在を知ってそれは良いと歓喜する。楽曲『ナンバー7』が披露される。
その後、セフンとへジンで楽曲『涙があふれる』『彼女に会ったなら』が披露される。セフンがヒカルとしてヘジン宛てに手紙を書いているうちにヒカルはどんどん生きた人物になっていく。楽曲『嘘じゃない』がセフン、ヒカルで披露される。

1937年の日本の留置所に戻る。ここまでセフンは語るとイ・ユンも納得し、そのまま続きをセフンは語り始める。
1935年のミョンイル日報の編集室、ヒカルの素晴らしい小説も同人誌に掲載されて完成に近づいていく。作家一同は喜ぶ。楽曲『新人誕生』が披露される。
へジンで手紙からヒカルも病気であることを知り、ヒカルの入院する病院に足を運びたいとセフンに言い出す。セフンは、それは辞めた方が良いと必死で止める。もしへジンが直接ヒカルに何か伝えたいことがあるなら、セフンがそれを引き受けると。へジンはセフンにヒカルに伝えたいことを託して、セフンがヒカルのいる病院に向かう。もちろんセフンは、ヒカルがその病院にいないことを知っていて。
楽曲『文字、そのままに』がヒカルによって披露される。ミョンイル日報の編集室では病気を患っているへジンがずっとヒカルのことに夢中だった。そんな様子を他の作家たちも認識していた。そしてそれは、へジンにとってヒカルはミューズだと言う。楽曲『ミューズ』が披露される。
へジンとセフン、ヒカルは三人で楽曲『繊細なファンレター』を披露しながらダンスパフォーマンスを披露する。へジンはヒカルになりきっていって、それをダンスパフォーマンスと楽曲で表現する。

ここで途中休憩に入る。

1935年、ミョンイル日報の編集室。作家たちは大騒ぎしている。なんとここで同人誌を出版しようとしているということがバレて、検閲のための投書が政府から送られてきたのだった。どこでこの同人誌の企画が漏れたのだと周囲は取り乱す。部外者でこの企画を知っていた人物、それは即ちヒカルに違いないとイ・ユンたちはヒカルを疑い始める。楽曲『投書』を披露する。
そこへセフンがやってくる。イ・ユンはセフンに同人誌のことがバレて投書が送られてきたことを告げ、ヒカルが怪しいのではないかと疑う。セフンは沈黙していると、さらにイ・ユンはセフンがそもそもヒカルに会ったとしている病院にヒカルは入院していなかったことを知り疑いをかける。セフンは必死で否定する。
イ・ユンはセフンにこの紙に文字を書いてみろと命じる。セフンは必死に抵抗するが最終的にイ・ユンの言う通りにする。しかしセフンの文字とヒカルの文字を見比べて筆跡がまるで違うと判断して疑いを晴らすのだった。楽曲『彼女の誕生と死』を披露する。そしてイ・ユンたちは、証拠隠滅のために編集室にあった紙たちを燃やす。

へジンの仕事部屋、へジンはそこにいたが肺結核は悪化して弱っていて余命もいくばくもなかった。そこへセフンが入ってくる。セフンはずっと咳き込んでいるへジンを心配する。病院で薬をもらった方が良いのではと。しかしへジンは自分の余命がいくばくもないことを知っていたのでそれを拒み、手紙を書き続ける。どうせ薬を飲んで療養するくらいだったら、最後まで創作をしていたいと。セフンはそれはいけないと言って薬を買いに出かける。へジンのそばにはずっとヒカルがいた。
そこへイ・ユンがやってくる。イ・ユンもへジンの体のことを気遣っているが、ふとへジンが書いている手紙に目を向けると、そこにはへジンとヒカルの共作の小説を書いている途中だった。イ・ユンはへジンにこのことについて尋ねると、ヒカルも現在闘病中だから一緒に命尽きるまで小説を書こうといって書いているのであると。ヒカルは楽曲『文学、そのままに』『星が輝く時間』を披露し、その後イ・ユンとへジンと共に『共に生きる伴侶』を披露する。イ・ユンは去る。

セフンが帰ってくる。しかしへジンはヒカルと共に共作の小説を執筆していた。楽曲『鏡』が披露される。最初はセフンとヒカルはお互いの動きがリンクしているように感じるのだが、それが徐々に崩れていき不協和音のようになる。セフンとヒカルはまるで別人格のように言動を繰り返して、最終的にはセフンはヒカルの手を刺して殺してしまう。ヒカルはセフンに恨みを残したまま去っていく。
セフンはへジンに真実を打ち明ける。実はヒカルという名前の日本人小説家は実在せず、セフンが日本に留学していた時に日本人になりすまして活動していたペンネームであったということ。そして、セフンが朝鮮に戻ってきてからもへジンをがっかりさせないためにヒカルになりすまして手紙を送り続けていたということを。へジンは発狂する、どうしてその事実を自分が死ぬまで隠し通してくれなかったのかと。楽曲『告白』が流れる。

1937年の日本の留置所に戻る。セフンはイ・ユンに、その後セフンは二度とへジンと会うことはなかったと言う。そしてへジンの訃報も耳にしたが葬式に出向くことはせず、遠くで彼を合掌したという。これが、セフンの語るヒカルの秘密の全てだと言う。
イ・ユンはその話内容に感心し、きっとへジンは今ではセフンのことを許しているだろうと言う。そして、実はイ・ユンはへジンからヒカルに宛てた最後の手紙を持っているというのは嘘であることを明かし、そう言ってセフンが驚いてヒカルの秘密を明かして欲しかったからだと告げる。そしてイ・ユンはセフンに一つのお願いをする。また七人で同人誌を出版したいのだが、一人欠員が出ていて足りなくてそこをセフンにお願いできないかということだった。セフンは引き受けることにする。
セフンは久しぶりにミョンイル日報の編集室を訪れる。そこにはへジンがセフンに宛てた手紙が残されていた。楽曲『へジンの手紙』と共に手紙を読む。そこには、ヒカル=セフンへのへジンからの愛がしたためられていた。

暗転する。

暗転が明けると、へジンとヒカルの共作小説の発売記念会であった。中央にはセフンが立っている。セフンはヒカルの秘密を明かした上で、へジンが死んでもこうして小説が出版されることで芸術は永遠に生き続けると述べる。楽曲『わたしが死んだ時』が披露される。そしてラストにヒカルが登場して白いライトで客席を照らして暗転する。
最後に明転して出演者全員で『ナンバー7』を披露して上演は終了する。

今作の物語を振り返ってみると、改めてミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』と通じる部分が多く感じられた。どちらも芸術家たちが主人公であり、日本統治時代において不条理な状況に立たされながら創作活動を続けていた。セフンも日本に留学して文学を学んでいたのだが、日本人になりすまさないと留学出来ない時代だったと思うし、バレたら留置所送りで命を失う危険さえあったかもしれない時代に活動していたんだなと思うとその凄さも感じられる。そして七人会も、日本の目についてしまうと危険だったという中で、自分たちの創作活動の明かりを消さないためにも命がけで活動していたことを思うと考えさせられるものがあった。
そして、ラストが芸術は永遠に生き続けるというメッセージ性も『ラフへスト〜残されたもの』に通じるなと思った。創作者が死んでも作品はずっとこの世に残り続け、多くの人を感動させる。芸術は素晴らしいなと思わせてくれるラストで、韓国らしいというか芸術に価値を見出す国の特色が表れているなと感じた。
ただ、所々ストーリーでしっくり行かない部分もあった。セフンがどうして最後にへジンに自分がヒカルであることを伝えてしまったのか、その流れが不自然なように感じた。それはへジンだって激怒するなと思うし、そこでセフンがへジンに伝えなければいけなかった理由が少し弱かった気がした。

写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

基本的には韓国で上演されたオリジナル公演第四弾(Coex Artium 2021~2022 ver.)を踏襲していると思われるが、ストレートプレイの比重が大きくて割と全体的に静かめなミュージカルだった。音楽によって盛り上がる箇所はそこまで多くなく、淡々と続くミュージカルといった印象だった。ただ、細かい部分で演出は非常に計算されているなと感じていて巧みだった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上は劇中で登場シーンの多い、ミョンイル日報の編集室を想起させる舞台がセットされていた。下手側と上手側の壁には本棚がずらりと並んでいて、いかにも編集室といった趣があった。下手側の机はへジンがヒカルからもらった手紙を保管している机が置かれていて、そこで手紙を執筆しているようであった。また、ステージ中央には巨大な机と複数の椅子が置かれていて、七人会のシーンではよく利用されていた。
ステージ背後には巨大な白く光る四角い舞台装置が複数置かれて壁のようになっていた。その手前には開閉できる扉も設置されていた。この白い舞台装置は、後ろから明かりが灯されると白く発光するような仕組みになっていて、ヒカルの登場シーンで目立って使用されていた。
ミョンイル日報の編集室以外の留置所のシーンの時は、この舞台セットが見えないように手前にスクリーンが降りてきて壁代わりになっていた。
ラストのへジンとヒカルの共作小説の発表記念のシーンでは、ステージ中央に縦長のパネルが設置されて、それが少し儀式的な雰囲気を醸し出していた。
それ以外だと、第二幕の投書が送られてきたシーンで、紙を燃やすシーンで実際の炎を使って紙を燃やす演出があって圧巻だった。その炎の手前にスクリーンが降りてきて、スクリーンの向こう側が赤くなる演出が印象に残った。

次に舞台照明について。
全体的に赤と黒のダークな照明が多かったように思えた。明るい色はあまりなくどちらかというと褐色系の暗い色合いが多い舞台だった。それは、韓国が日本の統治下にあって苦しい時代であったのを反映しているのかもしれない。
それとは対照的に、ヒカルのイメージカラーである白が際立っていたのが印象に残った。ヒカルが登場すると背景はいつも白く点灯されて日本の舞台美術だとあまりない演出手法な気がした。最後にヒカルが客席に向けて白いライトで照らすのも、ヒカルという存在がへジンのミューズ、すなわち希望、生きがいだったというだけでなく、韓国と日本が平和に繋がる架け橋的存在だったのかもしれないという意味合いも感じられてグッときた。
ただ、ヒカルが死ぬシーンだったかどこか忘れたが、白く眩しい照明がガバッと客席に物凄い光量で向けられたのはいかがかとも思った。結構びっくりするし人によっては目が痛くなるかもしれないので、もう少し照明の調整が必要かなと思った。

次に舞台音響について。
ピアノメインでそこに他の楽器の演奏もつく比較的静かめな音楽が印象的。そして全体的に曲調に悲しさや悲壮感があるようにも感じた。
ラストの『ナンバー7』をみんなで歌うカーテンコールは好きだった。それは理想の世界だと思うし、そうやって少しでも前向きに終われる作品であるのは良いことだと感じた。
セフンがヒカルの手を突き刺すシーンの雷が鳴ったような効果音が印象に残った。別人格の自分を殺すかのような狂気に満ちたシーンだった。

最後にその他演出について。
劇序盤の、スクリーンを使って背後にいる役者の遠近法によって影の大きさが異なる演出がユニークだと感じた。これも韓国のオリジナルミュージカルにあるのかなと思うが、日本の舞台芸術にはあまりないので取り入れて欲しいなと感じた。
そしてなんといっても印象に残ったのは、ヒカルという登場人物の存在。ヒカルは先述しているように、実際には存在しない人物だがこうして役者が演じて表現されることによって、演劇でしか表現できない形で演出できる構成になっているのは素晴らしいと思う。ヒカルを演じた木下晴香さんは非常に難役だと思うので大変苦労されたのではないかと思うが、徐々にヒカルが本当に人物として存在しているではないかと思わせるくらい生き生きしていたし、第二幕になると徐々にセフンとヒカルの調和が乱れていって喧嘩してしまう、つまりそれはセフン自身の心の中の葛藤でもあって、へジンを病気から救ってあげたいという気持ちと、へジンと共に共作小説を書くことで一緒に死んでいきたいという二つの気持ちが入り乱れている感じがあって物凄く感情をぐちゃぐちゃに掻き立てられる演出で凄まじかった。
それと、7という数字に特別な意味を持たせるのも素晴らしかった。私たちも知っているように7というのはラッキーセブンで幸せを意味する。7人が揃うことで同人誌として出版出来るという点と、それによって自分たちの文学活動を世に広められるという希望がかけられていて素晴らしかった。しかし、その七人目に日本人小説家であるヒカルを入れることによってラッキーセブンにしようという意味合いも凄く奥が深くて、それが叶えば日韓の共同制作で同人誌が出せるという平和も伝わってくる。だからこそ、その七人目が揃わないという悲劇も際立っていた。また、出演者もヒカルを入れて七人というのも素晴らしくて、最後にヒカルを合わせて七人で『ナンバー7』を歌い上げる意味も考えさせられた。
あとは第一幕終盤のダンスパフォーマンスも素晴らしかった。ちょっと私が観劇した回は役者の動きがぎこちなく感じられたけれど、衣装などによる動きやすいかどうかの問題もあるのかなと思った。セフン、ヒカル、へジンによる三人のダンスパフォーマンスで、セフンとヒカルは同一人物、ヒカルとへジンは恋人関係、へジンとセフンは主従関係なのでそれぞれの三角関係が上手くダンスで表現されていて見応えがあった。
劇終盤に手紙が天井から大量に降ってくる演出もあった。こういう天井から紙を降らす系の演出は至る所でも観るので新鮮さはなかったが、韓国ミュージカルでもよくある演出手法なのかなと思いながら観ていた。

写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

ミュージカル界隈で有名な俳優さんばかりの豪華キャスティングで皆素晴らしかった。特に素晴らしいと思った役者について見ていく。

まずは、主人公のチョン・セフン役を演じた海宝直人さん。海宝さんの演技は、ミュージカル『この世界の片隅に』(2024年5月)で観劇して以来2度目の演技拝見。
セフンは物凄く真面目で心優しい男性として描かれていて海宝さんは非常にハマり役だったなと思う。序盤で東京から帰ってきて新聞社の雑務をやるお手伝いとして働くが、素直になんでも言うことを聞くセフンがとても愛おしかった。
ヒカルを演じた木下晴香さんとのシンクロも素晴らしくて、第一幕の終盤のダンスパフォーマンスは一番の難所だったのではないかと思うが、そこをこなしていた。
第二幕のヒカルと葛藤していくシーンも難しいと思う。ここは敢えてヒカルと噛み合わなくなるように歌い合わせないといけなくて難しいだろうなと思う。でもそれがしっかりと伝わっていてヒカルを殺してしまうに至る言動もすんなり入ってきた。
ただ、そこからへジンに真実を打ち明けてしまう流れがちょっと弱かったので、それは脚本なのか、演出なのか、演技なのか分からないがもっと自然であって欲しかったかもと感じた。

次に、ヒカル役を演じた木下晴香さん。木下さんの演技は、ストレートプレイで舞台『彼女を笑う人がいても』(2021年12月)で観劇したことがあるが、ミュージカルでは初観劇となる。
木下さんはテレビドラマ『不適切にもほどがある』で一部出演されているのも観たことがあったので、一度でもミュージカルで観てみたいと思っていたので、今作でその夢が叶えられて良かった。
本当にヒカルの歌声が素晴らし過ぎて、ヒカルのソロパートになるとその歌声に聞き入っている自分がいた。グランドミュージカルのように伸びを感じさせる歌声は、この作品の性質上の問題とシアタークリエという劇場の広さ的に難しいと思う。しかし、この作品と劇場にコミットさせる形で適切に、そしてその中で最大限の声量で歌声を披露されている木下さんは技術的にも素晴らしいなと感じられた。しっかりと適切な抑揚がある中で、人々の心にグッと染み入るような歌声を披露出来るって相当難しいと思う。本当に才能のあるミュージカル俳優なのだなとつくづく思った。
そして先述した通り、ヒカルは実際には存在しない登場人物である。セフンが作り上げた架空の人物。それを演劇的にあたかも実在する人物であるかのように表現するのはとても難しい役だったと思う。一人だけ真っ赤なドレスを着ていて、ステージ上に存在しているだけで映える登場人物、すなわち存在しているだけで観客の注目の的になるから歌声だけでなく身体の動きまで全て注目されてしまう。それでも、その軽やかな動きとダンスにはずっと美しさと力強さが備わっていて見応えがあった。素晴らしかった。
第一幕のセフンやへジンとのダンスも凄くよくて、やはりこの役は相当な技術を持っている役者でないと難しいだろうなとつくづく思った。
またミュージカルで木下さんの演技は拝見したいなと感じた。

次に、キム・へジン役を演じた浦井健治さんも素晴らしかった。浦井さんの演技は初めて拝見する。
へジンは、ヒカルという日本人女性小説家の存在を本気で信じて恋焦がれる姿が印象的だった。へジンは肺結核に冒されていてずっと弱っていた。朝鮮半島も日本に統治されていて過酷な時代、夢も希望もない時代である。だからこそ何かにすがりたいという思いはあったのだろう。そう思った時、ヒカルという存在はへジンの希望であった。出会ったことはないけれど、日本人女性の小説家で自分が韓国人であるにも関わらず対等に手紙をやり取りしてくれる存在。へジンはヒカルに対して女神のような存在、つまりミューズだったのだろう。これはきっと私たちが、アイドルなどを推すという推し活に近いのかもしれない。そしてそれだけではなく、彼女が日本人であるということから、日本にも韓国に住む人間に優しい気持ちで接してくれる人がいるという希望でもあったのだと思う。
だからこそ、自分の死に際にセフンが自らがヒカルだったと自白した時に憤った。これは当然だと思う。私もセフンが自白したシーンでずっとへジンと同じ気持ちで、なんで嘘を突き通してくれなかったんだと怒りが込み上げていた。嘘だとしてもヒカルという日本人女性がいたという希望だけ残して死にたかったと思う。
少し気になったのは、へジンが肺結核で咳き込むのは分かるのだが、その咳き込む演技が露骨過ぎないかと思った。あそこまで酷く咳き込んでしまうとちょっと引いてしまうかなと思ったが、そこの演出意図は知りたかった。

あとは、イ・ユン役を演じた木内健人さんも素晴らしかった。木内さんの演技は、ミュージカル『SPY×FAMILY』(2023年3月)で演技を拝見したことがある。
ミュージカル『SPY×FAMILY』ではどちらかというとコミカルな演技が多かったので、今作でイ・ユンを演じる姿とは結構かけ離れていたが素晴らしく、木内さんは幅広いキャラクターを演じることが出来るのだなと感じた。
セフンもへジンも心優しいキャラクターであるのに対し、イ・ユンは割と人を疑ったりセフンを責め立てたり騙したりする男だった。しかしその男らしさが、セフンとへジンと対照的で物語に良い効果を与えていたと思う。
第二幕序盤のセフンに疑いをかけるシーンの迫り来る演技は素晴らしいものだった。

写真引用元:東宝演劇部 公式X(旧Twitter)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、韓国の歴史的背景を踏まえながら今作を考察していこうと思う。

先述した通り、今作は1930年代の韓国が舞台ということで、韓国の日本統治下による時代を描いている。日本による韓国併合によって朝鮮半島は日本によって酷い差別を受けていた。これは日本人として知ってはおかないといけない歴史的事実だなとつくづく思う。日本人である私も大人になってから、この歴史的事実を深く知ったので酷く驚いた。
朝鮮半島の学校教育では日本語教育が義務化され、朝鮮語や韓国語の使用も制限された。また、韓国や朝鮮の文化や習慣も抑制されて、日本の文化や習慣も強いられた。それだけではなく、朝鮮半島の天然資源が大量に日本に輸出されたり、多くの朝鮮半島出身の労働者が日本に派遣されて過酷な労働を強いられた。さらに創氏改名政策によって、朝鮮人たちは朝鮮人固有の姓を廃止して日本式の名前を名のらせたりもした。また、今でも度々ニュースに取り上げられるのでご存じの方も多いかもしれないが慰安婦問題もその一つで、韓国人女性が慰安婦として日本軍のために搾取されたという事実もあった。
こう羅列すると、なかなか日本は酷いことをしてきたんだなと改めて考えさせられる。この事実を知って調べたのは、私が2023年4月に「青年団」の『ソウル市民』という演劇を拝見した時で、その時に描かれていた日本人の朝鮮に対する差別が酷いものだったので痛烈に記憶に残っているので以下の観劇レビューを参考にして頂きたい。



そして、上記のような差別だけでなく日本は朝鮮半島に対してメディアや出版活動が厳しく監視され、反日的な内容の発信が禁止された。だからこそ、韓国の作家たちによる同人誌の出版のような活動は厳しく検閲されていたのである。自分たちの思いを文学に自由に綴りたいけど綴れない。そんな当時の作家たちの苦しさがこの作品には反映されている。

調べると、今作で登場する人物はセフンとヒカル以外は全て韓国に実在した芸術家をモチーフにしているそうである。
小説家のキム・へジンは小説家の金裕貞(キム・ユジョン)がモデルになっていて、短編小説をメインに、豊かな韓国語固有語彙と素朴で正確な文章を特徴とし、朝鮮半島の農村の実態や人々の生き様を多分にユーモアをもって描く作風を得意としていた。そして実際にキム・ユジョンは29歳で肺結核になって亡くなっている。韓国語固有語彙というのはおそらくこの1930年代にはかなり厳しく制限されていた時代なので、文学的な活動も非常に苦労していたことだろうと思う。
そして、小説家のイ・ユンも実在した人物で、李箱(イ・サン)という小説家をモデルにしている。イ・サンは、難解で過度に自己中心的な作風の文学を生み出し、「天才」と「自己欺瞞」の両極端な評価を受けた。しかし、1936年に東京に上京して文学を学ぼうとするも怪しい人物だと判断されて西神田警察署に拘禁され、留置所で27歳の若さでこの世を去る。ただ、今では韓国ではイ・サンは優れた作家として高い評価を受けており、1977年、文学思想社が「李箱文学賞」という韓国の文学賞を設立している。この「李箱文学賞」は、日本でいう芥川賞に匹敵するほどの名誉ある文学賞になっている。今作で1937年にイ・ユンが東京の留置所にいたのは、そんなイ・サンの実際の人生を反映しているからである。

実は、ミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』でもイ・サンは登場し、むしろこの作品の主人公はイ・サンの妻であるピョン・ドンニムである。だからこそ、ミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』を観劇したことがあった私は、イ・ユンのモデルがイ・サンであると聞いて色々なものが繋がってきた。
ミュージカル『ラフへスト〜残されたもの』でも描かれているが、イ・サンは当時危険であった日本に行って文学活動をして売れようとした。しかし生活も貧しくて挙げ句の果てには東京の警察に捕まってしまう。当時の日本は朝鮮人たちを不逞鮮人と差別して拘束していて、非常に危険な場所であった。
そんな中、セフンも韓国から日本にやってきたというのは相当の覚悟を持って行動していたということであろう。自分がいつ捕まってしまうか分からない状況下で、イ・ユンに会いにきてヒカルとへジンの共作出版を阻止しようとしたのはよっぽどの覚悟だったと思う。
そして、日本に留学して日本人として文学活動を続けていたというのも凄い覚悟のいることだろうなとつくづく思う。そこまでして、こんな厳しい状況下でも朝鮮半島から何らかの形で文学人を輩出してやろうという意気込みを感じられた。

上演中は、作品自体にはのめり込めなかったのだが、こうして朝鮮半島の人々が受けてきた差別や苦しみを考えると、この作品に出会えて良かったと思える。
日本人が一人でも多く、この歴史的事実をまずは知って、共に考えていく第一歩となったら良いと思った。


↓韓国ミュージカル作品


↓栗山民也さん演出作品


↓海宝直人さん過去出演作品


↓木下晴香さん過去出演作品


↓木内健人さん過去出演作品


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