ミュージカル 「ミス・サイゴン」 観劇レビュー 2022/08/27
公演タイトル:「ミス・サイゴン」
劇場:帝国劇場
劇団・企画:東宝
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
作:アラン・ブーブリル、クロード=ミッシェル・シェーンベルク
演出:ローレンス・コナー
出演:駒田一、昆夏美、小野田龍之介、上原理生、知念里奈、西川大貴、則松亜海、藤元萬瑠他(観劇回の出演者のみ記載)
公演期間:7/24〜8/31(東京)、9/9〜9/19(大阪)、9/23〜9/26(愛知)、9/30〜10/2(長野)、10/7〜10/10(北海道)、10/15〜10/17(富山)、10/21〜10/31(福岡)、11/4〜11/6(静岡)、11/11〜11/13(埼玉)
上演時間:約165分(途中休憩25分)
作品キーワード:ミュージカル、戦争、社会派、ラブストーリー
個人満足度:★★★★★★★★☆☆
「レ・ミゼラブル」「キャッツ」「オペラ座の怪人」と共に、世界四大ミュージカルの一つであり、数年おきに東宝がミュージカルとしてロングラン上演している「ミス・サイゴン」を初観劇。東宝版「ミス・サイゴン」は、1992年に帝国劇場にて1年半によるロングラン上演を皮切りに数年に1回ツアー上演されてきた。
本来であれば2020年にツアー上演される予定であったが、感染症の拡大により上演延期となり満を持して今年(2022年)に上演がかなった。
また今年(2022年)は、「ミス・サイゴン」初演から30周年のアニバーサリー・イヤーでもあり、2022年8月21日のソワレでは上演1500回目を達成した。
舞台は、1970年代に起きたベトナム戦争。
アメリカ兵としてベトナムに上陸していたクリス(小野田龍之介)は、エンジニア(駒田一)が経営するキャバレーでベトナム人の17歳の女性キム(昆夏美)と出会い恋をする。
しかし、サイゴン(現在のホーチミン)がアメリカ兵によって陥落しそうになる混乱の中、クリスとキムは離れ離れとなりクリスはアメリカに帰還してしまう。
だが、キムにはクリスとの間に出来た息子タム(藤元萬瑠)がいて親子2人でクリスの帰りを待ち望んでいた。
クリスはアメリカでエレン(知念里奈)と結婚をしてしまうが、戦友のジョン(上原理生)がキムとタムの所在をクリスに明かし、クリスはキムに再び会いに行くというもの。
私が「ミス・サイゴン」を初めて観劇してみた感想としては、圧倒的なダンスシーンの多さ、そしてベトナム戦争という20世紀の戦争を象徴するようにヘリコプターやテレビといったメディアのような現代的要素を上手く取り入れて作り込まれた作品で凄く映画的に感じたという点と、キムの圧倒的な歌声の美しさに魅了された点である。
物語の一番最初のオープニングアクトでは、エンジニアが経営するキャバレーで、ビキニを着た娼婦たちのダンスシーンが披露されるのだが、風俗という点では俗っぽい感じがするが、そこを上手くオシャレに仕立ててダンスシーンとして演出されている部分が東宝ミュージカルだなと感じたし、個人的には凄く好みだった。
さらに、物語終盤でのエンジニア中心による楽曲である「アメリカン・ドリーム」は、まさにエンジニアがアメリカで金持ちになって叶えたい夢を体現していて、凄く豪華でこれぞミュージカルといった圧倒的なダンスパフォーマンスが印象的で楽しかった。
そして、噂に聞いていたヘリコプターが舞台上に登場するシーンがとても迫力があった。
オープニングもヘリコプターが通過する音からスタートするくらい、このミュージカルでは象徴的な存在である。
ヘリコプターを表す照明、音響が客席側のスピーカーと照明まで使って立体的に演出されていて物凄い没入感を体験できた。
また、ベトナムの戦災地の孤児たちが映像で映し出されるシーンには驚かされた。まるで一瞬ドキュメンタリーを見させられている時間があって、ミュージカル舞台に登場するとは意外で、ミュージカルというエンターテイメントを楽しむというスタンスもありつつ、戦争の恐ろしさも痛感させられるシーンにゾッとした。
そしてなんと言っても、キムを演じた昆夏美さんの透き通るように響き渡る歌声は本当に素晴らしかった。
キムのソロパートが割と多いので、昆さんのソロパートを聞ける箇所がとても多かったのだが、彼女が歌い出す度に涙を誘われるくらい迫力があって、透き通る綺麗さと劇場最後方席まで響き渡る声の太さも感じられて素晴らしかった。
本来であれば屋比久知奈さんがキムを演じられる予定だったが、体調不良の関係で急遽昆夏美さんに代わったが、彼女の歌声が聞けて本当に良かったとしみじみ感じた。
もちろん、屋比久さんの歌声も聞きたかったけれど。
戦争の恐ろしさを伝えるミュージカルという点で、他のミュージカルよりもストーリーが残酷で悲劇的でラストも救われないのだけれど、だからこそこの作品が訴えてくるメッセージ性の強さに圧倒されるミュージカルで、多くの人に堪能して欲しいと感じた。
↓Brue-ray『ミス・サイゴン』(2014年 in ロンドン)
【鑑賞動機】
世界的に有名なミュージカルは観劇しておきたいと思っていて、昨年(2021年)に観劇した「レ・ミゼラブル」も非常に素晴らしかったので、同じく世界四大ミュージカルの一つである「ミス・サイゴン」も東宝製作で観劇しようと思ったから。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
1975年4月のサイゴン(現在のホーチミン)、ベトナム戦争末期で、アメリカ軍によりかなりの戦災に見舞われたベトナム。ヘリコプターが上空を通過する音から始まる。
サイゴンでエンジニア(駒田一)が経営しているキャバレーでは、沢山の娼婦たちがビキニ姿で踊っている。そこへ、エンジニアは両親と故郷を戦争によって失った17歳の少女キム(昆夏美)を連れてくる。そして彼女を自分が経営するキャバレーの娼婦にしようと考える。エンジニアは無理やりキムの服を脱がせようとするが、キムは必死で抵抗する。
エンジニアのキャバレーに、2人のアメリカ兵がやってくる。ジョン(上原理生)とクリス(小野田龍之介)である。ジョンはキムを見つけて、強引にキムと接触しようとするがキムは嫌がる。その様子をクリスは見て、ジョンの強引な強姦を止めてキムを助ける。
その後、クリスとキムは2人で過ごしているうちにお互いに惹かれ合い、一夜を過ごす。クリスは今まで沢山のベトナムのキャバレーで女性と寝てきたが、同じ安い香水の匂いでもキムには特別の感情を持つようになる。
クリスとキムは結婚することになり、ベトナムの少女たちに囲まれて式を挙げることになる。
しかし、そこへキムの婚約者だと以前決められていたベトナム軍兵士のトゥイ(西川大貴)が現れる。トゥイは、キムの結婚相手がアメリカ兵であることを知ると激昂する。
サイゴンがアメリカ軍によって陥落するのも目前だったため、クリスはキムを連れてアメリカに帰還しようと決意する。しかし、クリスとキムはサイゴンの陥落による市中の混乱に巻き込まれて離れ離れになる。
1978年4月のホーチミン、戦争は終わりを告げホーチミンでは建国3周年を祝う祝典が開かれていた。エンジニアはそこで再教育を受けており、偶然トゥイと出会う。トゥイはキムのことが忘れられず、エンジニアにキムを連れてきて欲しいと依頼する。
エンジニアは難民キャンプでキムを発見し、トゥイに知らせる。トゥイはキムがクリスと離れ離れになってしまったことを良いことに、彼女に結婚を迫る。しかし、キムにはクリスとの間に息子が出来ていたことを告白して、その息子のタム(藤元萬瑠)の存在をトゥイに教える。
トゥイはまた激昂して、混血の子供のタムに襲いかかろうとするが、キムは反射的に我が子を守ろうとトゥイを銃で殺してしまう。キムは最愛の男はクリスしかいないと思い、息子のタムと共にクリスの帰りを待つのであった。
ここで幕間に入る。
1978年9月のアメリカのアトランタ、ジョンはベトナム戦争でアメリカ兵とベトナム女性との混血で生まれた孤児”ブイドイ”の救助活動をしていた。まるでドキュメンタリー映像のように、"ブイドイ"たちの映像が流れる。
ジョンはその活動中に、キムとその息子の"ブイドイ"であるタムの所在を知る。早速ジョンはキムとタムの存在と所在をクリスに報告し、クリスにホーチミンへ行って彼女たちに会うように告げる。
しかしクリスはベトナム戦争終結後に、アメリカへ戻ってエレン(知念里奈)と結婚していた。クリスはエレンを連れてホーチミンへと向かう。
1978年10月のバンコク、キャバレーで働いていたエンジニアはキムを探すジョンを見つけ、キムに会わせる。キムはクリスに会えると期待を膨らませていたが、ジョンはクリスにはもう結婚相手がいることに複雑な心境だった。
キムはクリスに会えると嬉しく思う反面、3年前に殺したトゥイが亡霊として現れてキムを苦しめる。
キムは1975年4月のサイゴンが陥落する時の様子を思い出していた。
大使館前に大勢の民衆が集まっている。そこへアメリカ軍のヘリコプターがやってくる。撤退するアメリカ軍は皆ヘリコプターに乗り込んでいた。キムとクリスはそんな騒ぎの中お互いがどこにいるか探しているが見つからない。
やがてヘリコプターは最後のアメリカ軍を全員搭乗させてサイゴンを後にするのだった。そして大使館前に押し寄せていたベトナム人たちは取り残された。
1978年のバンコクに戻る。キムは早くクリスに会いたい一心で、クリスの宿泊するホテルに向かう。そしてクリスの部屋にたどり着くと、そこにはクリスはおらずエレンがいた。
キムはそこで初めて、クリスがアメリカへ帰還してからエレンという別の女性と結婚してしまったことを知る。クリスに裏切られたとばかりにキムは泣き崩れる。エレンももし立場が逆だったらとても辛いとキムに寄り添う。キムはせめて自分たちの息子であるタムだけでも引き取って欲しいとエレンに依頼するが、それは出来ないとエレンは断ってしまう。
キムは駆け足で部屋を出ていく。
クリスがエレンの元にやってくる。エレンがキムとの話を打ち明けると、クリスはベトナム戦争中でのキムとの出来事をエレンに打ち明け、エレンのことが今は好きであることを伝える。
エンジニアは戦争も終わりジョンたちと再会して、自分たちもアメリカに渡って大金を手にして豊かな暮らしが出来るのではと夢想する。そして「アメリカン・ドリーム」を高らかに歌う。
沢山の女性ダンサーが現れて、エンジニアがその中心となって陽気に歌う。
ジョン、クリス、エレン、エンジニアは、キムとタムが住む場所へと向かう。クリスとエレンは初めてタムと出会う。
キムはタムを彼らに引き渡すと、キムは自分の胸を銃で撃ち抜いてそのまま息を引き取ってしまう。ここで物語は終了。
実は観劇中、大使館にヘリコプターが到着するシーンがどういった脈絡で登場したのか分からず、観劇後にリサーチしてキムの回想であったことを知った。第2幕はキムの回想だったり、エンジニアの夢想だったりと、現実世界で起こっていないシーンも多くてストーリーを知っていないと若干混乱した。
しかし、ベトナム戦争によって理不尽にも引き裂かれた愛と、アメリカという強国に翻弄されるベトナムの様子はヒシヒシと伝わってきた。ただ、全体的にミュージカル形式のエンターテイメントなのであまり辛く苦しい感情にさせられない点は、多くの観客にとってとっつきやすい演目であろうと感じた。
クリスは本当にダメな男尽くしで、女性観客は観ていてどのような感想を抱くのであろうか。男性である私でもクリスのけじめのなさは呆れてしまった。ジョンもおそらくキムのことが好きであった印象を抱いたので、ジョンの方がよっぽど誠実で男らしく感じてしまった。序盤と終盤で評価が完全に逆転した。
また、登場人物全員が日本人俳優であるため、ついついアメリカ人とベトナム人の区別がつかなくなってしまう。キムはベトナム人だし、クリスはアメリカ人だし。その辺りは本場のブロードウェイミュージカルの方がはっきり区別がつくんじゃないかと思いながら観劇していた。
↓「ミス・サイゴン」楽曲「世界が終わる夜のように」
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
東宝ミュージカルなのでもちろん舞台セットは物凄く豪華なのだけれど、全くステージ上に舞台セットが存在しないシーンもあって、舞台装置の移動が激しくメリハリが見られた点が、「レ・ミゼラブル」との大きな違いだったように思える。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順で見ていく。
まずは舞台装置から。
度々舞台装置はステージ上で入れ替わるが、大きく分けて7つほどの舞台装置によるシチュエーションがあったかなと記憶している。一つは、「DREAM LAND」と書かれたキャバレーの舞台装置があるシーン、2つ目がサイゴンの貧しい民家が立ち並ぶ舞台装置があるシーン、3つ目が背景にホーチミンの巨大な胸像が飾られたシーン、4つ目が背景に"ブイドイ"の映像が投影され、星条旗が立ち並ぶアトランタのシーン、5つ目が大使館の柵とヘリコプターが登場するシーン、6つ目がキムとエレンが出会うホテルの舞台装置があるシーン、そして背後に自由の女神像の頭部が飾られる「アメリカン・ドリーム」のシーンである。
まず、「DREAM LAND」と書かれた看板が頭上に横に書かれたキャバレーの舞台装置は記憶に残っている。その周辺にはビキニを着た娼婦たちが踊り、エンジニアは浮かれ気分で歌う。そして、天井からは沢山のネオンで輝く下町らしい雰囲気を醸し出す看板たち。どことなく劇団四季の「ロボット・イン・ザ・ガーデン」のアメリカの下町シーンに似ている。建物もボロボロで下町らしいのだが、どこか照明も相まってカラフルなネオンによってオシャレな印象がある。だからこそミュージカルとしてとても映える。
サイゴンの住民が暮らす建物の寂れた感じも良かった。どことなくスタンリー・キューブリック監督映画「フルメタル・ジャケット」を彷彿させる。同じベトナム戦争を扱った作品で、荒廃したベトナムの街の様子が重なった。
背後に巨大なホー・チ・ミンの胸像が出現し、頭上からはベトナムの国旗を象った赤に黄色の星が描かれた紋章が垂れ下がったシーンも印象的だった。ホー・チ・ミンは今のベトナムを建国したベトナム戦争時の革命家である。そして、ベトナム国民から高い支持を得た指導者でもある。その象徴として、このホー・チ・ミンの胸像は彼らにとって非常に重要な意味のあるものであろう。この場面では、ベトナム兵士たちが列になってパフォーマンスを披露するシーンだが、非常に力強く迫力があって、ちょっと服装も相まって北朝鮮を連想させてしまわなくもないが好きだった。
一方、第2幕の序盤のアトランタのシーンで、今度はアメリカの拠点という感じで、大勢の白人兵士が出てきて星条旗が背後に置かれ、哀れに映像で"ブイドイ"を観るシーンは、ベトナムとは正反対の印象を受けて感慨深かった。豊かな大国で非常に落ち着きのある荘厳な様子だった。
そして、なんといってもインパクトが強かったのは、大使館を表す柵と巨大なヘリコプター。柵も記憶では、シーンによって位置が変わってステージに対して垂直になったり水平になったりしていた気がする。そしてまさか巨大なヘリコプターが本当に舞台背後に登場するとは思わなかった。とてつもなく巨大で、プロペラをガンガン回して迫力満点だった。
キムとエレンが出会うホテルのシーンは、背後に壁と下手側に出入り口があって落ち着きのある豪華な造りだった。
エンジニアが独唱する「アメリカン・ドリーム」のシーンの自由の女神像の飾りは、あまりリアリティを追及せずにショー仕立てに作られた感じがあって好きだった。
あとは、終盤の背後が夕焼けで真っ赤に染まる感じがとてつもなく好きだった。黒い横線も度々入っていて、「ミス・サイゴン」らしさを出していた。
次に映像演出について。
映像は気がついた箇所としては2箇所。一つは、第2幕序盤の"ブイドイ"がドキュメンタリータッチで映像に映るのと、巨大なヘリコプターが出現する直前に映像でヘリコプターが映し出されるところ。
ミュージカル舞台にドキュメンタリータッチの映像が登場するのが、個人的には意外で、こんな演出もありだなと感じた。そこにはモノクロで、おそらく本物と思われる"ブイドイ"たちが映し出される。今までミュージカル舞台として、あくまでエンターテイメントとして楽しんでいた自分を、一気にベトナム戦争という歴史的事実を突きつけられた感じがあって、凄く考えさせられるシーンでゾッとした。
ヘリコプターの映像はほんの少しで、基本的には実物大のヘリコプターがガバーッと登場する。
舞台照明について。
なんと言ってもインパクトがあったのが、ヘリコプターが登場するシーンのヘリのランプを表す白い光量強い照明がガバーッと客席へ向けられる演出。天井に客席に対して横一列に設置された照明が一斉に客席に向かって白い光を放つことで、ヘリがやってきた、去っていったを上手く演出していて好きだった。
あとは、キムに対して白い薄明かりがずっとスポットとして当たっていた気がしたが、あれが良かった。キムの白い衣服と相まって彼女の存在を物凄く神聖なもののように感じさせられた。
また、死んだはずのトゥイが亡霊として登場するシーンがあるが、あそこの白い照明演出も上手かった。本当にトゥイが亡霊のように見える。キムが悪夢にうなされている様子を上手く演出していた。
あとは、エンジニアの独唱による「アメリカン・ドリーム」のシーンの照明。物凄く豪華でこれぞエンターテイメントといったカラフルな照明演出だった。
次に舞台音響について。
とにかく生演奏による大迫力で終始感動が止まなかった。客入れ中に、サックス奏者が音ならししている様子も聞こえてきて好きだった。
序盤に登場するジョンのサックスによる独奏も素晴らしかった。サックスの音色ってなんであんなに人々の心を動かすのだろうか。音色を聞いているだけでウルウルと来てしまう。ここでのジョンによるサックスの独奏はどういった意味があったのだろうか。サックスの音色を聞くとどことなく寂しさ、物悲しさを感じてしまう。ベトナム戦争も末期で、いよいよサイゴンも陥落という状態になってきていて、この泥沼化したベトナム戦争全体を嘆かわしく思うその代弁としてサックスの演奏があるように思えた。
あとは、ヘリコプターの轟音の迫力。舞台上のスピーカーだけでなく、客席側にも仕込まれたスピーカーによるヘリの轟音によって、自分たちがこのサイゴンに居る気にさせてくれる演出が素晴らしかった。ちゃんと、ヘリが飛び立つタイミングに合わせて轟音の位置が切り替わっていて没入感を感じさせてくれて、やっぱり舞台はいいなあと感じさせてくれた。
最後にその他演出について。
なんといっても「ミス・サイゴン」は楽曲の素晴らしさが際立っていると感じる。個人的に好きだったのは、第1幕の終盤の楽曲である「命をあげよう」と、終盤の「アメリカン・ドリーム」である。
「命をあげよう」は、キムの独唱といった所で、「ミス・サイゴン」の中でも最も有名な楽曲なのだが、昆夏美さんの歌声が素晴らしすぎたというのもあって、本当に聞いているだけでうっとりするシーンが最高だった。ずっと聞いていられるくらい聞いていて心地よかった。この楽曲を生で聞いて、改めてキム役が昆夏美さんで聞けて良かったなと思った。
「アメリカン・ドリーム」はエンジニアが中心となって歌う、これぞエンターテイメントといったダンスありのカーニバルのような楽しい楽曲。エンジニアを演じた駒田一さんの「アメリカン・ドリーーーーム」という歌い出しが本当に堪らなく印象に残って、脳内でリピートしてしまうくらい。あの砕けてふざけた感じの叔父さんの独唱が本当に良い意味で素晴らしかった。
キムがトゥイの手を銃で撃ち抜いて殺してしまうが、あのシーンの緊迫感は凄まじい。一瞬手を撃たれただけだから、命に別状はないのではと思ってしまったが、完全に倒れてしまったのでこれは死んだのだなと悟った。
また、キムがトゥイを撃ち抜く前に子供のタムが登場するシーンも個人的には衝撃的だった。子供がいたのか...となる。また子役の藤元さんが非常に可愛らしく小さな坊やなので、余計に可愛そうだと感情が掻き立てられるのもポイントだろう。クリスに苛立ちを感じてしまう。
また、クリスとキムが結婚するシーンで、キムがインドらしい白いサリーのような衣服を身にまとうのも印象的だった。昆夏美さんに凄く似合っていた。ベトナムのようなヒンドゥー教ではそういった習わしがあるのだろうか。詳しく調べてみたい。
↓「ミス・サイゴン」楽曲「命をあげよう」
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
昆夏美さん、知念里奈さん以外は初めてお目にかかるミュージカル俳優さんだったが、本当に皆素晴らしくて圧倒されっぱなしだった。
特筆したいキャストに絞ってこちらで触れていくことにする。
まずは、エンジニア役を演じた駒田一さん。駒田さんはビクターミュージックアーツ所属のミュージカル俳優であり、「ラ・マンチャの男」のサンチョ、「レ・ミゼラブル」のテナルディエ、「ダンス オブ ヴァンパイア」のクコールの役に対して2016年に菊田一夫演劇賞を受賞されている。「ミス・サイゴン」のエンジニア役も2014年、2016年と2回配役経験がある。今回は3回目のエンジニア役ということになる。
陽気な調子の良いおっさん、といったらその通りなのだが、そこが非常に駒田さんにハマっていた。高田純次さんのようなオシャレで陽気な叔父さんといった印象で、序盤のシーンでビキニの娼婦たちの中心でキャバレーを仕切っていたり、終盤で「アメリカン・ドリーム」を歌いながら周囲にカーニバルのような格好をした女性たちが踊っている様子は、まさに駒田さんのエンジニアによく合っていた。
終演後も、メインキャスト、アンサンブルキャスト含めて客席に向けて挨拶のくだりがあるのだが、駒田さんはホレホレと言わんばかりにカンパニーをリードしながら前に登場するキャストの背中を陽気に叩いてくれる感じも好きだった。
エンジニア役は、1992年の「ミス・サイゴン」の初演時から演じられている市村正親さんの配役はぜひとも観てみたいと感じた。絶対市村さんはこういった役が似合うと感じた。今度「ミス・サイゴン」を観劇する機会があるのならば、市村さんエンジニア回を狙いたい所である。
次に、キム役を演じた昆夏美さん。本来であれば、屋比久知奈さんがキム役の回であったのだが、療養中とのことで急遽昆夏美さんに代わった。昆さんの演技は、2020年10月にKAATで上演された「人類史」以来約2年ぶり2度目の観劇である。
「人類史」で初めて昆さんの演技を拝見したときに、なんて透き通るような歌声の持ち主なんだと魅了された記憶は今でも覚えている。そしてまた再び昆さんの歌声を生で聞きたいと願っていた。それが、まさか「ミス・サイゴン」のキム役として叶うとは思っていなかったし、そうであって本当に嬉しかった。
「ミス・サイゴン」のキムのソロパートは本当に多い。キム役のソロの歌声を披露するためのミュージカルなんじゃないかと思うくらい(それは言い過ぎか)。だから本当に昆さんの歌声をこれでもかというくらい存分に味わえて本当に大満足だった。
昆さんの歌声は、もちろん透き通るような透明感のある声でもあるのだが、それと同時に帝国劇場という2000キャパの大きな劇場全体に響き渡るくらいの太さも感じられる。透き通るけれど芯がしっかりした歌声というのか。あとは、ビブラートが本当に素晴らしくて聞いていて本当に心地よくなる。
もちろん演技も素晴らしかった。キムという17歳の少女らしく、背が低いというのもあるのか健気に感じて、社会の荒波に翻弄されて悩む様子に胸が痛くなってくる。しかし、タムという子供を授かってから母親としての強さも感じられる。トゥイを射殺する、それからタムを引き取ってもらって自分は自害する。あの行動力は凄まじかった。
屋比久さんが演じるキムもぜひ観てみたかった。
クリス役を演じた小野田龍之介さんも素晴らしかった。
クリスは、最初キムと出会うシーンでは非常に紳士的に感じるのだが、正直後半は「何だこいつ!?」と思ってしまうくだりが連発だった。アメリカへ帰還するとエレンと結婚してしまうし、エレンにキムと出会ったことを話すと、クリスは初めてエレンにキムのことを話すし。そして最後はキムは自害してしまう。でもクリスの気持ちはキムにあらずエレンにある。
なんかキムが本当に可哀想で、クリスには苛立ってきてしまう。これならば、よっぽどジョンの方がキムのことを思っているじゃないかと感じてしまう。
ただ、序盤のクリスがキムに恋をし、愛し合うシーンは本当に魅了された。あそこまで演技で人を抱いたり寝たり出来るものなのかと尊敬する。そういった点で小野田さんは本当に素晴らしい俳優である。
ジョン役を演じた上原理生さんも素晴らしかった。
ジョンは最初は、凄く荒々しいアメリカ兵として見ていた。いきなりキムに手を出そうとするし。しかし、後半になって結構良いやつだなと分かってきてだいぶイメージが変わってきた。"ブイドイ"を救助しようと活動をしたり、キムのことを気遣ったりと。
ジョン自身もキムのことが好きなんだろうなと感じる。やはり最初エンジニアのキャバレーで出会った時から好きなのだろう、結果的には戦友のクリスに奪われるが。
ジョンの一人サックスも好きだった。アメリカ兵が一人サックスを吹いていると、なんか格好良く見えてしまう。凄く印象に残ったし、サックスをあんなに上手く演奏してしまう上原さんは素晴らしかった。演技も迫力あってアメリカ兵らしく素晴らしかった。
↓「ミス・サイゴン」楽曲「ブイ・ドイ」
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
今回私が「ミス・サイゴン」を観劇出来たのは本当に奇跡のようである。私の観劇日が8月27日であるが、8月22日から8月24日までの公演は、公演関係者の中にコロナの陽性者が出てしまい中止となっていた。8月25日は休演日だったので、公演が再開して2日目だったので本当に奇跡だった。8月27日の回がもし観られなかったら今年の「ミス・サイゴン」の観劇は断念するしかなかったので、本当に公演関係者の方にはこの上ない感謝をしているばかりである。そして、今回観劇が叶わなかった方にこの観劇レビューが良い形で届いたらと思う。
「ミス・サイゴン」の観劇は今回が人生で初めてだったので、私が感じた所感をここでは述べたいと思う。
ベトナム戦争は、アメリカにとって負の歴史である。結局多くの犠牲者を出しただけの泥沼化した戦争だったから。
ベトナム戦争は、初めてテレビで中継された戦争だったらしい。ベトナム軍とアメリカ軍の攻防の様子がテレビ中継されたということは、その映像光景に多くの人が息を飲んだに違いない。"ブイドイ"が映像でドキュメンタリータッチで劇中に登場するのも、映像化が進んだ戦争の痕跡というものを強調しているようにも思える。
ベトナム戦争は、"ブイドイ"のようなベトナム人とアメリカ人の混血の子供を沢山生み出してしまった。父親は祖国に帰ってしまってベトナム人の母と一緒に貧しく暮らす。そんなことがまだ50年前にベトナムで起こったことだったのかと考えると恐ろしい。
いや、現在でもウクライナで戦争は続いている。罪のない多くの民が戦争の犠牲になって血や涙を流している。「ミス・サイゴン」はミュージカル仕立ててで、どうしてもエンターテイメント性の楽しい要素をピックアップしてしまいがちだが、戦争によってキムとクリスの悲劇は生まれたということを忘れてはいけない。そして、今でもこの広い世界では戦争が起きてそういった悲劇が未だに存在することを忘れてはいけない。
そんな社会性のある重いテーマを含んだミュージカルだからこそ、これからも今作は上演され続ける必要があるように感じる。一人でも多くの人が、ミュージカルとして楽しむだけでなく、戦争によって引き裂かれた事実もあったという歴史に気がついて欲しいものである。
↓「ミス・サイゴン」楽曲「アメリカン・ドリーム」
↓東宝ミュージカル過去作品
↓昆夏美さん過去出演作品