舞台 「来てけつかるべき新世界」 観劇レビュー 2024/10/05
公演タイトル:「来てけつかるべき新世界」
劇場:本多劇場
劇団・企画:ヨーロッパ企画
作・演出:上田誠
出演:藤谷理子、板尾創路、諏訪雅、土佐和成、石田剛太、岡田義徳、永野宗典、中川晴樹、町田マリー、角田貴志、金丸慎太郎、酒井善史
公演期間:9/5〜9/8(京都)、9/13(富山)、9/16(新潟)、9/19〜10/6(東京)、10/12〜10/13(大阪)、10/16(愛知)、10/19(神奈川)、10/25〜10/26(福岡)、10/29〜10/30(広島)、11/2(高知)、11/4(石川)、11/9(北海道)
上演時間:約2時間5分(途中休憩なし)
作品キーワード:SF、コメディ、人情喜劇、舞台美術、ドローン、AI、メタバース、笑える
個人満足度:★★★★★★★★☆☆
映画では『リバー、流れないでよ』(2023年)、『ドロステのはてで僕ら』(2020年)、『サマータイムマシン・ブルース』(2005年)、アニメでは『四畳半神話大系』(2010年)の脚本を務め舞台演劇だけでなく幅広いフィールドで活躍している上田誠さんが主宰する劇団「ヨーロッパ企画」の第43回公演を観劇。
今作の『来てけつかるべき新世界』は、2016年に初演されて2017年に第61回岸田國士戯曲賞を受賞した作品でもある。
今回は2016年以来8年ぶりに再演されることになったので観劇した。
尚「ヨーロッパ企画」の舞台は、『九十九龍城』(2022年1月)、『サマータイムマシン・ブルース』(2018年9月 ※観劇レビューは残っていない)を観劇したことがあり今回で3度目の観劇だが、上田誠さんが脚本・演出を務める作品は、『鴨川ホルモー、ワンスモア』(2024年4月)など多数観劇している。
『来てけつかるべき新世界』に関しては今回の観劇で初めて触れた。
今作は、大阪の歓楽街にある串カツ屋「きて屋」を中心に、ドローンやAIによってテクノロジーが進化した世界と昔ながらの大阪の歓楽街が融和した世界で繰り広げられるSF人情喜劇である。
物語は、串カツ屋「きて屋」の外で「きて屋」の常連客が歌姫(町田マリー)の生歌を聞く所から始まる。
「きて屋」の常連客たちは、良かったらアプリをダウンロードして欲しいと歌姫にせがまれるが、アプリをダウンロードするまで聞き入ってはいないと渋る。
常連客のトラックのおっさん(諏訪雅)はドローンでラーメン香港の炒飯を宅配するが、箱の中で溢れてしまって食事が台無しになっていたがお構いなく食べる。
常連客の中にはソースの二度漬けをしようとする客もいて、「きて屋」を取り仕切るマナツ(藤谷理子)は注意する。
そこへ、GPSを使って食べログが高評価であるという理由でやってきた客がいたが、常連客と取っ組み合いになり...という話である。
岸田國士戯曲賞を受賞したという点で、確かに戯曲としてもよく出来ていると感じた私だが、それ以上に舞台演劇として大変よく出来た素晴らしい作品だと感じた。
まず驚いたのは、今作に登場するギミックの多さである。
頭上からドローンが宙吊りになって飛んでいたり、パトローというパトロール型ロボットや、串カツを揚げるアーム型のロボット、そして電光掲示板やモニターなど多種多様な機械が今作には登場する。
それも、それらの機械が割とストーリー上で重要な役割を担っていて、その機械が動かなかったらストーリーが進行されないものも多々ある。
にも関わらず、一つのミスもなくそれら機械が作動して上演し切っているという素晴らしさに驚いた。
演劇は生もので思わぬハプニングが続出するものである。
しかしそういったハプニングなく進行出来る奇跡のようなものを見させられている感覚で非常に驚き楽しかった。
また全体的な世界観であるが、このSFと昭和の世界の融和は「ヨーロッパ企画」でないと出来ない味を出していると感じ、唯一無二の舞台空間がとても好きだった。
串カツ屋「きて屋」の建物や、その他「コインランドリー若松」などの建物の昭和の商店街らしい雑多で小汚い感じは小劇場演劇らしくて手作り感あって良いが、そこにドローンやロボット、モニターといったテクノロジーが入ってくることによるコミカルさが絶妙にハマっていた。
想像がつかない方もいるかもしれないが、今作に登場するテクノロジーにはどこか愛嬌があって愛おしく感じる。
その愛おしさと昭和の人情喜劇が融和することで、演劇でしか味わえないエモさを作り出していて素晴らしかった。
SFをここまでコミカルに描いてしまえば、多少不自然なテクノロジーの設定でも許容出来てしまうと感じた。
またキャストも流石「ヨーロッパ企画」の劇団員さん中心の座組で素晴らしかった。
特に好きだったのは、酒井善史さん演じるテクノのインテリぶっていてツッコミどころの多いキャラクターがオタクっぽくて素晴らしく、永野宗典さんが演じる阪神ファンのトラやんのハイテンションぶりと憎めない愛嬌ぶりに引き込まれた。
そしてなんといっても、マナツ役を演じて今作では座長を務める藤谷理子さんの存在感が素晴らしかった。
藤谷さんの演技は2021年6月に上演された『夜は短し歩けよ乙女』から観ているので、その俳優としての成長ぶりを感じていて良い俳優になられたのだなと実感出来て小劇場演劇好きとして嬉しかった。
劇のラストにはSF作品らしい哲学的なテーマも内在されているので、笑いあり驚きあり感動ありの本当に素晴らしいエンターテイメント作品だと思う。
今まで演劇を観たことがない方も含めて幅広い層におすすめしたい傑作である。
↓CM
↓戯曲
【鑑賞動機】
岸田國士戯曲賞の受賞経験のある傑作の再演だったから。そして、作・演出が「ヨーロッパ企画」の上田誠さんだったからというのも観劇の決め手。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
ここは、大阪の歓楽街でどろろんろんの通天閣もよく見える場所、地元で評判の串カツ屋「きて屋」の周辺。第一話が始まる。歌姫(町田マリー)が歌を歌っている。それを「きて屋」の常連客たちが集まって歌を聞いている。歌姫が歌い終わると、アプリをダウンロードしてもっと歌を沢山聞いて欲しいと宣伝して帰っていく。常連客たちは、アプリをダウンロードするまでではないなと呟く。
昨今は上空にドローンが沢山飛び交うようになってきて、大阪に住むおっちゃんたちは迷惑に思うことも多々あるようである。例えば、お好み焼きをドローンが宅配で運んで、かつお節が上空が舞って落ちてきたりと。
「きて屋」の常連客であるトラックのおっさん(諏訪雅)は、うずらの串揚げにソースを二度漬けしようとする。「きて屋」を取り仕切るマナツ(藤谷理子)は、二度漬けするなとトラックのおっさんを叱るが、トラックのおっさんは、うずらは一つ一つが分かれていて口が付くことがないから良いだろうと反論する。しかしマナツは印象の問題だから辞めろと言う。
次にラーメン香港からドローンがトラックのおっさんの元にやってくる。どうやらトラックのおっさんはドローン宅配でチャーハンを注文したらしいが、箱の中に炒飯が溢れていた。トラックのおっさんはレンゲで箱の中にこぼれたチャーハンを取り出して食べる。
パチンコのおっさん(土佐和成)がGPSを使いながら「きて屋」が食べログで高評価だったのでやってくる(確かパチンコのおっさんだった気がしたが違ったらすみません)。パチンコのおっさんは「きて屋」で串カツを注文しようとするが、「きて屋」の常連客と些細なことで取っ組み合いになる。
ラーメン香港の店員(中川晴樹)もやってきて、さらに取っ組み合いは大きくなっていき、最終的にラーメン香港のドローンをぶん投げて壊してしまう。その勢いでパチンコのおっさんが持っていたGPSを駆使していたタブレットもぶん投げて壊してしまう。パチンコのおっさんは激怒する。パチンコのおっさんは立ち去る、こんな「きて屋」なんて店、食べログで低評価書いてやると言って消えてしまう。マナツは常連客たちに激怒する、「きて屋」の評判が下がるから喧嘩しないでくれと。
空から一台のモニター付きのドローンが現れる。モニターの画面越しにはテクノ(酒井善史)という表参道に暮らすIT企業の社長がいた。テクノは食べログでの評判を聞きつけて、遥々東京からドローンを飛ばして串カツを買いに来たらしい。
「きて屋」の常連客からは、大阪から東京までの移動でソースが垂れてしまうじゃないかと散々言ってくる。しかし、テクノはドローンを飛ばしてまで「きて屋」の串カツをソース目当てで食べたいのだと言う。テクノは「きて屋」の串カツを買って帰る。
ある日、食べログを見ると「きて屋」の口コミが酷いことになっていてスコアが2.3になっていた、マナツは落ち込む。
阪神ファンのトラやん(永野宗典)は、阪神が優勝するということで非常にテンションが高く歓喜を上げていた。トラやんを中心に「きて屋」の常連客が集まってタブレットで阪神優勝の光景を見ている。阪神ファンが道頓堀に次々と飛び降りる映像を目にしている。
すると、どろろんろんの通天閣の周りにも沢山のドローンが飛び交っているのを目にする。マナツも通天閣の方に目を向けると、辺りには無数のドローンが飛び交っていた。ドローンが飛ぶテクノロジーが進化した先で阪神が優勝するとこうなるのかと人々は驚くのだった。
ここから第二話に入る。歌姫が頭につけていたメリケンと呼んでいる小さな金色の地蔵のような置物がドローンに奪われてしまう。歌姫はメリケンを奪い返すべくドローンを追いかける。
「きて屋」の向かいには「コインランドリー若松」というコインランドリー屋がある。かつては夫婦と息子の3人暮らしでコインランドリーを営んでいたが、旦那のワカマツ(角田貴志)がどうしようもない旦那であるが故に妻は家出して出ていってしまった。息子はお笑い芸人を目指して上京してしまい、今はワカマツ一人で暮らしているのだと言う。
ワカマツは、ある時パトロールをしているロボットと仲良くなる。そしてワカマツはパトローと名付けて可愛がることになる。その様子をマナツと「きて屋」の2階に住んでいるマナツのお父ちゃん(板尾創路)は見ていた。
ある日パトローは、上空を飛んでいる一台のドローンをビームで攻撃して撃退する。すると、天井からメリケンが落ちてくる。どうやらパトローは、歌姫のメリケンをドローンから奪い取ったようである。歌姫がやってきて、パトローとワカマツに感謝する。
パトローは周囲のパトロールへ行ってしまう。そこへキンジ(金丸慎太郎)という青年が現れる。キンジはワカマツの息子でお笑い芸人を目指して東京に行った男だった。キンジはお笑い芸人になって売れようとしたが、色々炎上して負けて戻ってきたようである。「きて屋」の常連客からは情けないと馬鹿にされる。
そこへ、トラやんが壊れたパトローを持ってきて現れる。ワカマツは驚く、それはウチのパトローだが何があったんだと悲しむ。トラやんは、パトローに対してバッドを思いっきり振って壊してしまったらしい、まさかワカマツが所持していると思わなかったからと、ワカマツはトラやんに向かって激怒する。
しかしそうこうしているうちに、もう一台パトローと全く同じパトロールロボットが登場する。ワカマツは呆然とする。その後、上空にはテクノがモニター越しに映るドローンが登場する。テクノ曰く、壊れたパトローのデータはクラウド上で管理していたので、そのデータを別のパトロールロボットに移し替えたと言う。だから、今動いているパトロールロボットがパトローだと言う。ワカマツは最初は戸惑っていたが、ワカマツが新しいパトローに対して、今までのパトローと同じような愛情を注ぐと同じ反応をしてくれたのですぐに馴染む。これで一件落着になる。こうして、「コインランドリー若松」はワカマツが一人だったのから、パトローとキンジが増えて3人家族になる。
テクノ本人が、この「きて屋」の目の前に姿を現す。一同は驚く。あんた、ずっとモニター越しにしかいなかったから本当に存在したんだと。そしてテクノはマナツにプロポーズする。ぜひ自分の妻になって欲しいと。いきなりマナツの目の前にテクノが現れてマナツはテクノのプロポーズに答えようかどうか考えてしまう。このまま東京に行って表参道に住むのもありだなと。
ここから第三話に入る。昨今ではディープラーニングの発達によるAIブームによって、様々なものが人間からAIにとって変わろうとしていた。
マナツは串カツを揚げる時にアーム型のロボットを導入することにする。トラックのおっさんからは、串カツを揚げるのもロボットにしてしまうのかと驚かれる。トラックのおっさんからするとロボットが揚げた串カツでなく、マナツが揚げた串カツが食べたいのだと言う。しかしマナツは、このアーム型ロボットはテクノからAmazonで送られてきたプレゼントで、マナツ自身もずっと「きて屋」にいられる訳ではないし、ロボットで揚げられるようにしておきたいのだと言う。トラックのおっさんには、果てはマナツはテクノの元に嫁いでここを出ていくつもりだなと言われる。
実際、アーム型ロボットに串カツを揚げてもらい、トラックのおっさんはその串カツを食べるが、マナツの揚げた串カツと何の変わりもなかった。それはソースが同じなら同じかと。
「きて屋」の常連客である将棋のおっさん(石田剛太)は、AIとの将棋の対局で負けたくないと言っている。では実際にAIと対局して将棋のおっさんの強さを皆に見せつけようじゃないかと準備が始まる。テクノは、炊飯器にAIのチップを入れて炊飯器と将棋のおっさんを対局させる。炊飯器と電光掲示板を繋げて、電光掲示板でどこに駒を進めるか表示させる。
将棋のおっさんは、結果的にAIとの対局で苦戦した挙句、二歩で負けてしまう。将棋のおっさんは一番ださい負け方をしたことを周囲に馬鹿にされる。
テクノは、ビッグデータの解析によってあらゆるものの将来的な価値を可視化するアプリを導入していた。キンジが炊飯器を持つと価値が上がり、炊飯器から離れると価値が下がることに気が付く。これは、キンジと炊飯器のAIで漫才コンビを組めば良いのではという流れになる。キンジは、炊飯器のAIが電光掲示板で表示される言葉に対してどんどんツッコミを入れていく、炊飯器が「〇〇、お〜怖〜」と表示すると炊飯器だけに「おこわ」かーいとツッコんだり、突然炊飯器が女性のような口調になって「おかま」かーいとツッコんだり。周囲は大爆笑で盛り上がる。
夜、炊飯器のAIに将棋のおっさん(ここもあやふやなので違うかもしれない)は話しかける。しかし「きて屋」の2階に住むお父ちゃんに見つかってしまいうるさいと言われる。
マナツは心が変わり、やっぱりテクノではなくキンジと結婚することを決意する。こうして「コインランドリー若松」は、3人家族からさらに炊飯器とマナツが増えて5人家族となる。ワカマツはどんどん増えていて、今度は10人家族になっているんちゃうかと思う。
ここから第四話に入る。メタバースによるVR空間のブームが到来していた。キンジとマナツはVRで7泊8日のハネムーンでブルネイなどに行っていたが、ずっと座りっぱなしで最悪だったと言う。やはり本物の旅行がしたいと。
「きて屋」の常連客たちは、富田がVRで凄いことになっていると言う。富田は現実世界では更地であるのに、ARゴーグルをすると繁華街のようになっていて、そんなゴーグルをしてみんな富田に行っているのだと言う。富田にはリンネというVR空間にしかいない美女もいてそれ目当てなのだと。
「きて屋」の近所の散髪屋のおっさん(岡田義徳)は、リンネに惹かれて富田に行ってしまっているのだと言う。
テクノがいきなり「きて屋」にやってきてマナツの体などを触ってくる。マナツは大声を出して止める。するとテクノは、どうやら現実世界とメタバースの世界を間違えてしまったらしく、マナツに謝る。テクノはメタバース空間にバーチャルのマナツを作り出して、バーチャルマナツとイチャイチャしていたようである。テクノは変態だとブーイングを受ける。
テクノが歌姫に対して、歌姫のバーチャル空間のアバターを作り出そうとするが、歌姫と全く同じ人格の存在をモニターの中に作り出してしまう。つまり歌姫は、現実世界にいる歌姫とバーチャル空間にいる歌姫の二人に複製されてしまう。バーチャル空間にいる歌姫は、自分が本物だとモニター越しに本物の歌姫と対峙し、色々と文句を言ってくる。
バーチャル空間の歌姫は、勝手に歌姫のSNSを動かして非常に本物の歌姫は迷惑を被っていた。ある時、マナツの元に一つの宅急便が届く。中を開けて見るとそれはクローン人間だった。これは誰の仕業かと探ると、どうやらモニター越しの歌姫の仕業だった。モニター越しの歌姫は、いずれは現実世界に出てこようと生身の肉体を手に入れたくネットで注文したのだった。そしてお金なら心配しなくて良いとモニターの中の歌姫は続ける。生成AIによって作った歌動画をバズらせてお金を稼いだから大丈夫だと言う。
散髪屋のおっさんも大変なことになっていた。散髪屋のおっさんの頭にメタバース空間が見える装置を取り付ける。するとリンネが見えるらしくて、トラやんをリンネだと勘違いして抱きしめる。
しかし、その後リンネが様々な機械に乗り移って暴走する。「コインランドリー若松」のパトローに乗り移って散髪屋を掴んできたり、「きて屋」のアーム型ロボットに乗り移って掴んできたり、お父ちゃんが持っている扇風機に乗り移ったり、最後には散髪屋にある機材が人形の形をしてリンネとなって散髪屋のおっさんを襲う。
第五話になる。「きて屋にきてや」これが最終話だとマナツは言う。
マナツの母であるチナツは亡くなっていた。しかし、母のことに関してはデータ化されていた。ある時、空全体が緑色に光る。そしてどろろんろんの通天閣も緑色に光る。マナツに向かって亡くなった母のチナツからの声だった。チナツは今ペテルギウス座にいると言う。チナツは今では全てデータ化されてネットの世界にいるので色々な情報が混ざっているが、今でもマナツのことを見守っていると言う。
そういってチナツは、「きて屋」のアーム型のロボットに乗り移ってチーズを巻いたトマトを揚げ始める。すでにそれは、イタリアンが混ざっていた。ここで上演は終了する。
ドローン、IoT(Internet of Things)、AI、メタバースと昨今のテクノロジーのトレンドの多くを取り込んで演劇作品にしている点が素晴らしいが、この作品の初演が2016年と聞いて非常に驚いた。まだディープラーニングの波が日本に来ているか来ていないかのタイミングだと思うので、その時代にここまでのSFを描いているのは上田さん流石だなと感じる。
実際に、ドローンで出前のように食事を運ぶというのは、ちょっと形は違うがUberEatsのようなものだし、UberEatsが流行ったのはコロナの頃なのでだいぶ最先端のことを早くから描いていたんだなと実感した。
メタバースの世界で、現実世界と虚構の世界が混在する様も、まさに今の世界でネットの世界と現実の世界が切り離せなくなっていて、ちゃんと的確に近未来の世界を描いているなと感じた。
多少SFの設定として無理なものがある(炊飯器にAIのチップを入れる、リンネが暴走するなど)が、コメディだからこそ見れてしまう部分がある。そして現実的にあり得るかどうかよりも、その根幹の部分にあるテーマを描きたいのだと分かるので気にならなかった。
生成AIの件も脚本には多少登場しており、まさか2016年の脚本には書かれていないと思われるので、一部上田さんが再演のために加筆したのかなと思う。けれど、2016年に初演されたと思えないくらい今を描くSF作品だった。
一番最後のチナツのシーンについては、考察パートで触れたいと思う。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
小劇場演劇としての良さを最大限に活かした昭和を漂わせる世界観に加えて、テクノロジーの進化による可愛らしいロボティクスのギミックの数々の融和によって、独特な世界観が生み出されていて素晴らしかった。こういった類の世界観は「ヨーロッパ企画」でなければ作れないと思う。
舞台装置、ギミック、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていこうと思う。
まずは舞台装置から。
ステージは中央奥に向かって遠近法になるように斜めに下手側と上手側に建物が立ち並んでいた。
下手側手前には串カツ屋「きて屋」の建物が建っている。1階部分は串カツを揚げるお店部分になっていて、主にそこにマナツがいた。その2階部分にはお父ちゃんがずっといる畳の部屋が一つある。窓が付けられていて、いつもお父ちゃんはそこから外を覗かせていた。「きて屋」は全体的に古びた木造の建物で昭和の建物らしさが満載で古さを感じた。「きて屋」の奥には、散髪屋の建物が建っていた。散髪屋は全体的にクリーム色で「きて屋」よりも洋風で新めの建物だった。散髪屋には屋上があって、そこにドローンで人を運んできたギミックが舞い降りたりした。
上手側手前の建物は「コインランドリー若松」になっていて2階建ての建物になっている。1階部分は大きな扉があって、そこが開閉することでパトローも出入り出来るようになっていた。出入り口には段差がああるが取り外しできるスロープも置かれていた。2階部分にはベランダと窓があり、そこからワカマツが窓を開けて姿を現していた。「コインランドリー若松」の奥には、商店街へと通じるアーチがかかっていて、出捌け口となっていた。この商店街の入り口も実に昭和っぽく古びた雰囲気が漂っていた。
ステージ中央には、「きて屋」の常連客たちが串カツを食べながら飲めるようなテーブルと椅子の置かれた屋外のスペースがあった。ここでトラックのおっさんは、うずらの串カツを二度漬けしたり、ラーメン香港で注文した炒飯を食べたりしていた。また、将棋のおっさんがAIと対局するのもここで行われた。
ステージ中央奥には、通天閣のオブジェが建っていた。オブジェといっても実際に舞台装置として建っている訳ではなく、遠くに聳え立つ体なので巨大な一枚の丈夫な紙を使って通天閣を再現して立たせているような感じだった。
そんな訳で、舞台装置全体は非常に昭和レトロでこれっぽっちもSFを感じさせないのが逆に好きだった。だからこそ小劇場演劇としての良さが際立っているのだなと感じた。
次にギミックについて。今作では、多種多様な機械が劇中に登場してその機械の動作がストーリーの進行に極めて重要な役割を果たす。そちらについて見ていく。
まずは空中を舞うドローンたち。ラーメン香港の巨大な黄色いドローンから始まり、テクノのモニターをつけたドローン、そして人を運ぶドローンも登場した。まず最初に登場したドローンがラーメン香港の巨大な黄色いドローンなのだが、そこに炒飯を運んで登場させたので驚いた。天井からワイヤーで吊るしながら空中をドローンが動き回る光景は、非常に技術力も高くないと出来ない芸当だし、こんな舞台も初めて観たので攻めているなと思わされた。また、テクノのモニターをつけたドローンも、モニターがドローンから落ちやしないか心配だった。しかし、モニターと役者が対話するという観たことがない演出を実現させていたので素晴らしいと感じた。散髪屋の屋上付近では、人を運ぶドローンというかタケコプターのような装置が作動していて驚かされた。人がもちろん安全用にベルトを締めていて、落ちても大丈夫なように散髪屋の屋上の地面までの距離が近いところでそういう演出がほどこされていて、色々計算された挙句そうなったのだろうなという印象を受けたのと共に、そこまでしてやりたかったんだなという劇団としての夢を叶える場にもなっていて色々感動した。
次にロボットについて。この作品で登場するロボットは、「コインランドリー若松」のパトロー、「きて屋」の串カツを揚げるアーム型ロボット、犬型のロボットかなと思う。とにかくパトローに関しては可愛いし大活躍で素晴らしかった。どこか『スター・ウォーズ』のR2D2を想起させる。まさにロボットも俳優の一人となって役者と対話しながら笑いを取っていて素晴らしかった。ゆっくりゆっくりとスロープを降りて前進していく感じ、あの移動がすごく可愛らしい。そして壊れちゃったかと思えば、別のパトローがこっそりやってくるのもウケた。機械を劇中でミスなく動かすことも凄いが、機械を使ってあそこまでコメディを創作出来るという演出力のセンスにも驚かされた。アーム型ロボットも稼働する時の音も絶妙に良いし、無事に動いているという感動と、コメディとして上手いという感動があって好きだった。犬型のロボットも出番は少なかったが可愛かった。
第三話で電光掲示板でAIが人と会話するという発想がシュールで面白かった。こちらも電光掲示板が動かなくなってしまったらお終いなのだが、そういうエラーは起こらずキンジと漫才できるのは発想としても素晴らしいなと感じた。やりたいことを全部詰め込んでいるなと感じた。
歌姫のクローンがモニターのネット上にいるのも良かった。映像と合わせながら演技するのも難しいだろうなと思う。この辺りも相当映像を上手く撮影して稽古を重ねたのだろうなと思う。
リンネが人形になって散髪屋のおっさんを襲うシーンもギミックとして非常にコミカルで面白かった。
こう考えると、非常に多種多様な機械がステージ上に仕込まれていて、どの機械もミスなく動いて上演し切るって奇跡だなと改めて思う。そしてここまでのやりたい放題は劇団の公演だからこそ出来るのだなと思うし、本当に「ヨーロッパ企画」は素晴らしいカンパニーだなと改めて思った。
次に舞台照明について。
舞台照明は、特段派手に照明の色を切り替えてというシーンはなかったが、やはり第一話のラストと第五話が印象に残った。
第一話のラストは、阪神が優勝してファンが道頓堀に飛び降りていく中で、どろろんろんの通天閣の周りには沢山のドローンが飛んでいたこと。少し全体的な照明が夜なので薄暗くなり、沢山の緑色のライトが通天閣の辺りを飛び回る演出が印象に残った。もう少しその緑色のドローンの照明をこだわっても良かったかなと思うが。
それと、なんと言っても終盤のチナツが通天閣からマナツに向かって声をかけるシーンの照明演出が良かった。通天閣が不気味にライトアップされ、周囲の緑や赤で薄くネオンぽく光らせる演出に近未来らしさを感じて好きだった。どこか宇宙も感じられる良い演出だった。
次に舞台音響について。
今作はあまり音楽をがっつり凝るという感じではなかったので、基本的に効果音と音声での勝負だった。
多種多様な機械が登場するのでそれに付随するマシーンの音が良かった。テクノロジーなのだけれどロボットが多いのでどこかアナログな感じもあって好きだった。
音声は至る所に演出があったと思う。テクノのモニターの音声、複製された歌姫の音声、マナツの母のチナツの音声、阪神タイガースファンが優勝して歓喜している音声など。
また、開演前の前説の音声も凄く良かった。あのラジオで喋るような感じの音声が「ヨーロッパ企画」らしくて好きだった。
最後にその他演出について。
電光掲示板で意思表示するAIとキンジが漫才するシーンは物凄く好きだった。あんな演出を取り入れられるのは、SFとコメディを扱う「ヨーロッパ企画」だからこそ出来ることだと思う。キンジが絶妙な間で電光掲示板の内容のボケを汲み取ってツッコミを入れる辺りが好きだった。
第一話から第五話まで分かれていて、アニメや漫画のような形式で展開されるのも良かった。作風自体も漫画家やアニメ化も出来そうで合っていたし、語り部にマナツがいて、彼女が主人公で物語を進めていくという設定にしているのも良かった。
建物の2階から顔を出して演技をするという発想も良かった。こういう演出も「ヨーロッパ企画」らしいなと思う。ちゃんと舞台装置を活かして上演しているのが良いなと感じた。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
「ヨーロッパ企画」の劇団員を中心に実力のある舞台俳優が揃っていて演技にも見応えがあった。またそれぞれの個性が際立っていたのも魅力の一つだった。
特に印象に残った役者についてみていく。
まずは、今作では座長を務め、串カツ屋「きて屋」のマナツ役を演じた「ヨーロッパ企画」の藤谷理子さん。藤谷さんの演技は、舞台『たぶんこれ銀河鉄道の夜』(2023年4月)、『もはやしずか』(2022年4月)、『九十九龍城』(2022年1月)、『夜は短し歩けよ乙女』(2021年6月)と過去に4度演技を拝見している。
『たぶんこれ銀河鉄道の夜』でも藤谷さんはだいぶ大人になったんだなと思ったが、今作ではより立派な一人前の俳優として活躍していた。基本的に年上の男性キャストが多い中で、ここまで主役級のキャストとして演じたのは素晴らしいなと思う。さすが「ヨーロッパ企画」の女性俳優だなと感じた。
マナツが割と作品のモノローグ部分、つまり説明部分の多くを担当していて、割と物語を進めていく中心人物でもあった。そしてそんな役をやりながら、「きて屋」の店主的な役割として大活躍で、本当に大役なのによくやりきっているなと凄いと感じた。「ヨーロッパ企画」は藤谷さんにとってもホームの劇団だからこそというのがあると思うが、今作の初演時に初めて「ヨーロッパ企画」に客演として参加して、ここまで馴染んで活躍するのは本当に素晴らしいなとつくづく思った。
そして非常に声が高くて本多劇場の空間に声が響き渡るので良い味を出していた。関西弁も入って、確かにこんな感じの関西の若い女性はいそうだなと、その勢いの良さや気前の良さにもマッチしていて素晴らしかった。
また、マナツが話す箇所以外のシーンでも、色々その場に染まって成り切って演じていて、細かい仕草までよく考え尽くされているなと思った。壁に寄りかかって格好をつけたり、マナツが台詞を発していないシーンでの演技も凄くハマっていてこれぞ舞台俳優だよなと思った。
マナツの母のチナツは亡くなってしまっているけれど、落ち込むことなく明るく前を見て「きて屋」をずっと営業している。父なんかは妻が亡くなったショックで引きこもりなのに。だからこそマナツは、母のいないキンジを好きになったのかもしれない。同じものを感じたのかもしれない。一瞬テクノに惚れるシーンもあったが。最終的にはキンジだったのは、やはり育った環境に依存するのかなと思った。
次に、マナツのお父ちゃん役を演じた板尾創路さん。板尾さんの演技を拝見するのは初めて。
ずっと「きて屋」の2階にいて、お店のことを何も手伝わずに、ただ2階で外を覗かせている姿に、最初は娘が頑張っているのに何してんだ!と思っていたが、凄く「きて屋」にやってくる人のことを見ていて、そっと支えていて良いキャラクターだった。
そしてお父ちゃんは、近所の「コインランドリー若松」にも昔から知っているというのもあって情があるのだなと感じた。若松も息子がいなくなって母は家出して、お父ちゃんにはマナツがいるけれど、ワカマツの心境は痛いほどよくわかるのだろうなと思う。そういう人間描写が途中途中垣間見られるのが堪らなく良かった。
板尾さんの演技はもっと観たかったので、個人的にはお父ちゃん役では勿体無い気もしたが、凄くハマり役ではあった。
個人的にキャラクターとして一番好きだったのが、テクノ役を演じた「ヨーロッパ企画」の酒井善史さん。
IT企業の社長で表参道に住んでいて、見るからに大阪の歓楽街に住む人々とは対照的な存在。しかしこのテクノは、イケイケでめちゃくちゃ賢くて掴みどころのない性格という訳ではなく、確かに頭は良いのだがどこか抜けている部分もあって個性的だからこそ好きになれた。
マナツのことをずっと好きでいたり、バーチャルと現実世界を間違えてマナツに手を出してしまったりという部分にキャラクターの面白さがあって好きだった。
そしてテクノは、個人的に自分がよく知っているエンジニアの人に凄くよく似ていたので、より身近の存在に感じられたのもあって好きだった。
あとはブルーのスーツもなかなか奇抜で好きだった。凄く明るい青なのでついつい目がいってしまう。とても個性的なキャラクターで、それは酒井さんの演技が良かったからだと思う。
もう一人、個性的で好きだったのは阪神ファンのトラやん役を演じた「ヨーロッパ企画」の劇団員の永野宗典さん。
非常にハイテンションでステージ上を駆け回る姿が印象的だった。あんなに甲高い声を出して毎公演演じるのは相当大変だろうなと思う。あそこまで暴れ回って役を演じ切れるのも素晴らしいなと感じた。
面白かったのが、散髪屋のおっさんにリンネだと間違われて抱きしめられるシーン。凄くトラやんがシュンとしてしまって、今までとのギャップに笑わせられた。
あとは、キンジ役を演じた金丸慎太郎さん。金丸さんは「ヨーロッパ企画」の劇団員なのかと思ったらそうではなかった。「ヨーロッパ企画」の劇団員だと勘違いするくらい、『夜は短し歩けよ乙女』(2021年6月)、『九十九龍城』(2022年1月)と上田さんの演出作品に出演していて演技を拝見している。
キンジは個人的にはキャラクターとして好きだった。お笑い芸人を目指して上京して売れずに帰ってきた。きっとキンジにとっては凄く不名誉なことだし悔しいことだったと思う。父親のワカマツには呆れていただろうし、実家に帰ってきても何か嬉しいことがある訳でもない。
しかし、きっとキンジにとっては上京して失敗したからこそ、地元の良さも再認識出来たんじゃないかという気がした。この和気藹々と仲良くやる大阪の雰囲気の良さを改めて知ったんじゃないかと。
個人的にはもっとキンジの人物像を深掘って欲しかった。そのくらい好きなキャラクターだった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここまでは主に今作の演出部分について多くを触れてきたので、考察パートでは戯曲について個人的に思ったことを記載していく。
今作はSF人情喜劇を描いていてテクノロジーが進化した先での世界を表現しているが、テクノロジーが進化することによって日常生活で被る弊害を端的に描いているなと感じる。
ディストピアといってしまうと、かなりマイナスなイメージがあるのでディストピアだとは思っていないが、テクノロジーによって便利になる反面困ることはあるよなと感じる。
例えば、ドローンによって様々な食べ物が宅配で配達されるようになると、食べ物が宅配ボックスの中で溢れたり、食べ物が街中を歩く人に降りかかったりする弊害があると劇中ではあった。さすがに現実世界でそのようなことは起きないだろうが、テクノロジーの進化によって私たちの日常生活に悪影響が出るという面は理にかなっているかもしれない。
今作が発表された4年後には、世界はコロナ禍に突入して外出を自粛せざるを得ない事態になった。それによってUberEatsに代表される宅配は一気に普及して、いわば今作のドローンによって宅配が沢山飛び交う時代になっていった。それによって、宅配される食べ物の劣化なども叫ばれたり、そもそもUberEatsの宅配の自転車やバイクも増えて交通事故も増えたと言われている。これは完全に今作とは一致はしていないが、割と近しいことが未来に起こったことを意味するのではないか。
テクノロジーが発達して便利になるのは良いが、そうやって日常が変わることで悪影響も出る部分がある。そんな現実問題として起こる事実を今作ではしっかりと反映して描いていて凄いなと感じる。
インターネットとロボットの関係に関してもそうである。確か2016年には世間的に叫ばれていたと思うが、「IoT」という言葉がある。「IoT」とは「Internet of Things」のことで、ありとあらゆる機械がインターネットに繋がることを指す。今までインターネットといったらPCやスマホがメインだったかもしれないが、自動車がインターネットに繋がったり、冷蔵庫や洗濯機、炊飯器といった家電もインターネットに繋がることで、よりそれぞれの機械はリアルタイムで最新の情報を入手する。
2024年現在は、IoT家電は数年前に予測されたものよりも普及が進んでいないらしいが、それでもIoTが進んでいくことは間違いないと思うので、それをテーマに演劇を上演したというのは非常に先をいった作品であったと思う。
第四話で、リンネが暴走してありとあらゆる機械に乗り移ったシーンは印象深い。全ての機械がインターネットに繋がっているからこそ、機械が連動して勝手に暴走してしまうという恐怖を描いている。今作はコメディなので笑いながら観られるが、実際に起きたらとんでもなく恐ろしいことである。
確かに、IoTで全ての機械がインターネットに繋がると、それは大変な事態にも繋がる可能性があるよなと思う。今作みたいに勝手に機械が暴走することはなくても、インターネット経由で機械がウイルスに感染して機械が何も使えなくなってしまったとかは考えられると思う。
そして、今作の初演から目覚ましい進化を遂げたのは、やはりAIであろう。まだ2016年にはディープラーニングは存在して将棋や囲碁でAIが名人に勝つという現象は生まれていたが、ChatGPTに代表されるような生成AIは登場してなかった。
今作で描かれるAIは、炊飯器に接続された将棋の強いAIだった。将棋のおっさんはそのAI相手に二歩で負けてしまうのだが、素晴らしいと思ったのはその後のくだり。キンジはAIとコンビを組んで漫才をする。これは、人間とAIが対話している、つまり生成AIがやっているようなことを予言して演劇として上演させていたのである。これが素晴らしかった。
生成AIの登場によって、今作の初演時の2016年では近未来でしかなかったAIとの対話は、今では現実でもChatGPTを使えば普通に実現出来る世の中にまで来ている。上田さんの戯曲に書かれていた内容が現実のものになっていて凄いなと感じる。
今作のテーマの一つとなっているのが、機械は人間に取って代わる存在になれるのかということである。例えば、今作の中でパトローが登場する。パトローはまるで一人暮らしのワカマツの家族の一員になったかのようにワカマツに愛される。こうやって人間が機械に対して愛情を抱くようになるということは、機械もやがて人間と同様の存在になっていくことを暗示するのかもしれない。
同じように、「きて屋」のマナツはアーム型ロボットを導入して機械に串カツを揚げさせていた。これはやがてはマナツ自身も店を離れて機械に任せることがあるからという理由で導入した。これはつまり、今までマナツがやっていた仕事を機械が代替してやってくれることを意味している。
しかし、本当に機械は人間と全く同じ役割を果たしてくれるのだろうか。上田さんの戯曲では、どうやらそうは考えていないようにも感じ取れた。例えば、パトローはトラやんによって壊されてしまうが、テクノによって壊れたパトローのデータを別の機械に移し替えることで新たなパトローを生み出していた。その新たなパトローはもちろん、ワカマツのことを覚えているしパトローと言ってしまえばパトローなのだが、どこかワカマツは違和感を最初は覚えていた。けれど、すぐにその新しいロボットをパトローだとして迎え入れた。やはり機械は人間とは全く同じようにはいかないけれど、いずれはそれを人間が受け入れていくということを暗にこの描写で示しているように思えた。
また、「きて屋」のアーム型のロボットで揚げた串カツも、実際に食べてみると常連客は機械が揚げたのかマナツが揚げたのか分からなかった。最初は抵抗を感じるものかもしれないけれど、人々は徐々に受け入れていくということを示しているように感じた。
さて、最後に最も今作で考察しておきたい内容は、ラストのマナツの母のチナツが通天閣から声をかけるシーンである。ご存知の通り、チハルは亡くなってしまっているが、彼女のデータは全てインターネット上に残っているため、こうして通天閣に現れてデータから蘇ったかのように話しかけるのである。この描写に私は、映画版『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』を思い出さずにはいられなかった。
『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』は、ネット上から自我が芽生えて人形使いと呼ばれる生命体が誕生する。そこに草薙素子という主人公の少佐がその人形使いと融合してアイデンティティとは何かについて問う話である。私が今作を観劇してハッと思ったのは、ネットというのは広大な宇宙で、ネット上に全ての情報が集まるから宇宙になっていくということである。
だから亡くなったマナツの母のチナツも、ネット上に生きた痕跡が残されていたので、今ではネット上に生きており、つまりあらゆる情報が集積した宇宙の一部となっていると考えられるのである。だからチナツはペテルギウス座にいるのだと。
私たちがこうしてSNSなどでインターネット上に自分の活動の記憶を書き込んでいけば、自分が死んでもその記録はネット上に残るので、断片として生き続けられるのかもしれない。そんな思想が、『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』にも今作にもあるなと思った。
またこの考え方は、生成AIが登場したことでさらに意味も変わってくるなと思う。私たちが生成AIで生成している情報は、世界中の誰かの情報を集積した結果から得られたもの。それは、誰か一人の情報かもしれないし複数の人の情報が混ざったものかもしれない。そうやって混ざったものだからこそハルシネーションが生み出される。
今作のラストでアーム型のロボットにチナツが乗り移って揚げた串カツにイタリアンが混ざったのは、きっと今でいうハルシネーションなのではないかとさえ思った。
今作は、また数年経ったら再演して欲しいと感じている。その頃には、もっと技術革新も起きてさらに今作の世界観と近いものになっているかもしれない。そうなればまた、今観劇した感覚と異なる感覚で今作を楽しむことが出来るに違いない。
今作は紛れもなく岸田國士戯曲賞に相応しい傑作だった。
↓ヨーロッパ企画過去作品
↓上田誠さん演出作品
↓藤谷理子さん過去出演作品
↓岡田義徳さん過去出演作品