舞台 「イモンドの勝負」 観劇レビュー 2021/11/27
【写真引用元】
ステージナタリー
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公演タイトル:「イモンドの勝負」
劇場:本多劇場
劇団・企画:キューブ
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:大倉孝二、みのすけ、犬山イヌコ、三宅弘城、峯村リエ、松永玲子、長田奈麻、廣川三憲、喜安浩平、吉増裕士、猪俣三四郎、赤堀雅秋、山内圭哉、池谷のぶえ
公演期間:11/20〜12/12(東京)、12/18〜12/19(兵庫)、12/21(広島)、12/25〜12/26(福岡)
上演時間:約200分(途中休憩15分)
作品キーワード:ナンセンスコメディ、不条理劇、ファンタジー、風刺劇、舞台美術、プロジェクションマッピング
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆
キューブが企画・製作するナイロン100℃の本公演を初観劇。
ナイロン100℃を主宰するケラリー・サンドロヴィッチさん(以下ケラさん)の脚本、演出舞台を観劇することも初めて。
今作はナイロン100℃の3年ぶりの新作公演。
ストーリーはネット上に落ちている情報はごく僅かで、「不条理劇×ナンセンスコメディ」ということと勝ち続ける男の物語というしか掴むことが出来ず、正直観劇に行くまでどんな物語が舞台上で繰り広げられるのか想像もつかなかった。
コメディとあるので笑える舞台作品であるということ、そして今まで観劇してきた経験としてそこまでストーリーとしてまとまったものではないのかなと予想していた。
結論としてはたしかにコメディ要素は満載で笑える箇所は多数あったが、思った以上に脚本として成立していて(こんなこと言ったら失礼かもしれないが)、家族の物語としても捉えられたり、一人の孤独な男性の物語にも思えて、凄く社会問題にコミットした内容にも感じられた。
少しネタバレになってしまうかもしれないが、2021年は東京オリンピックが開催された年というのもあってオリンピックを意識した内容になっていたことに加えて、設定としてアスリートたちが宇宙人によって拐われていなくなってしまうという内容が、凄くコロナによって思い通りにオリンピックが開催されなかった事実も表現している感じがあって親近感が湧いた。
そんな内容をファンタジーの世界に上手く落とし込めるケラさんの脚本力と演出力は凄まじいものだなと感激した。
大倉孝二さんをはじめ、犬山イヌ子さん、峯村リエさんといった実力俳優たちの演技が素晴らしかったことに加え、プロジェクションマッピングを使った舞台美術に度肝を抜かれた。
特にオープニングのプロジェクションマッピングが素晴らしくて、プロジェクションマッピングに合わせて役者が演技をするという、紅白歌合戦とかでもあるような映像と生の演技の融合が非常に印象に残った。
オープニングで一気に舞台に引き込まれた。
これは世代を超えて多くの人におすすめしたい舞台作品、今作のナイロン100℃の作品はコメディよりな内容だったと思うが、「消失」のようなもっとSFに特化した作品も観てみたいと思った。
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【鑑賞動機】
ナイロン100℃という劇団自体は昔から知っていたが、今まで観劇したことがなかったので観てみたいと思ったから。
2017年に上演された当劇団の「消失」という作品(再演であるが)が非常にSF色の強い作品だと聞いていて、実際には観たことがないが興味を惹かれたので、ナイロン100℃の舞台ではSFが観られるんじゃないかと思い本公演を楽しみにしていた。
今作の前情報の限りだと、SFではなくコメディの模様だったが、インパクトのあるフライヤーに惹かれて迷わず観劇した。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
中年男性のスズキタモツ(大倉孝二)は、彼の母親(峯村リエ)と共にベンチに腰掛けていた。どうやら母親は高価な毒をサンドーナツ(あんドーナツをサンドイッチ化したおやつだと思われる)に混入させて姉を殺してしまったらしい。タモツもその毒入りのサンドーナツを食べてしまったのではないかと思い心配する。代わりに、きゅうりを挟んだサンドウィッチを用意していたので、それをタモツに食べさせる。
そこへ、タモツの母親の愛人(赤堀雅秋)がやってくる。タモツの母親とその愛人は言い争いを始める。タモツは薬によって平常を保っていたが、その薬がどうやら切れてきたようで次第に不可解な言動を起こすようになる。そして、パンツの中に潜ませておいたサンドーナツをかじってしまう。それは、姉が食べて死んでしまった高級の毒が入ったサンドーナツと同じものだった。タモツはまだ毒入りのサンドーナツを食べてはおらず、今食べたのだった。タモツはそのままベンチで倒れ、幽体離脱する。
その時、空からUFOが飛んできて彼らの頭上で空中浮遊する。
オープニング。東京オリンピックを想起させるように様々な国旗とピクトグラムがプロジェクションマッピングによって舞台装置に投影される。キャストがスポーツ選手の格好で縦横無尽に登場した後、映像とともに一人ずつキャストが紹介される。
良い探偵(山内圭哉)がいた。彼は政府高官の石平石平"イシダイラ イシヘイ"(吉増裕二)について調査するべく彼を尾行していた。イシダイラは探偵に追われていることは気づいていないが、街の住人は探偵がイシダイラを尾行していることは皆知っていた。
探偵はついにイシダイラと直接話が出来る機会を掴み、図書館で彼を事情徴収することになる。
イシダイラは探偵に、4つの依頼をしたいとお願いする。まず一つ目の依頼についてイシダイラは話始めるのだが、何を話しているのかさっぱり聞き取れない。
そこに図書館の司書(松永玲子)が現れ、図書館内なので静かにするようにと何回も注意をしにくる。すると、どうやらイシダイラはその図書館の司書に以前ラブレターを書いたらしく、彼女はその返事についてそろそろ書き始めて良いかなと思ったタイミングだったということが分かる。しかし図書館で大声を出してしまったことで、彼女の中で彼の株は大幅に下がってしまった。そして、その2人の関係を成就させたいという依頼が、イシダイラの探偵にお願いしたい4つ目の依頼だったことが分かる。探偵は動揺する。
そこへ、孤児院の副副院長(長田奈麻)がやってきて、図書館の司書に「政府高官の4つの依頼」という本はどこにあるのかと尋ねる。司書は新しい本なのでこの上に、と言って背丈の2倍以上にもなっている司書が今抱えている山積みの本たちの一番天辺を指した。孤児院の副副院長はその上をよじ登ろうとする。
場所は変わって、孤児院の応接室(おそらく)。そこには、孤児院の副院長であるユゲ(池谷のぶえ)と、この街で近々行われる大会の会長(三宅弘城)と副会長(みのすけ)がいた。子供たちが合唱している「ふるさと」が流れている。そこに対して会長は、まったく曲調の異なる今思いついた曲を口ずさむ「橋の下〜♪、することがない〜♪」。周囲の人間に突っ込まれる。
そこへ孤児院の副副院長が、頭に包帯を巻いてやってくる。彼女はンドゥーというらしい。彼女はどうやら「政府高官の4つの依頼」という本を入手できたらしい。皆になぜ頭に包帯を巻いているのかと尋ねられる。流れる音楽は「ふるさと」からなぜか会長が口ずさんでいた「橋の下〜♪」に変わって一堂は驚く。一堂はこの曲が意外と良い音楽だと聞き入ってしまう。
孤児院の院長のエリザベス(犬山イヌ子)がやってくる。院長は、なんだのこの音楽と「橋の下〜♪」を消してしまう。院長は、会長が宇宙人によって選手たちが連れ去られてしまったことで、代わりとなる選手を探しに来たという依頼に対して、孤児院に預けられている孤児を選手として起用したらと提案する。
そして2人の孤児が登場する。ホリ公(廣川三憲)とスズキタモツである。ホリ公は雄弁に自分のことを語り始めて、自分が選手として適任であるかをアピールするが度を越してしまって無礼を働いたため、ンドゥーによってホリ公は取り押さえられ退場する。どうやら彼は殺されてしまうようだ。
残ったタモツに人々の注目が集まる。タモツに今までの勝負をした経験を尋ねるが、一度も勝負をした経験がないと言う。そこで会長は、自分とジャンケンをして勝ったら大会の選手として抜擢しようと言う。
その時、タモツの身体からみるみる得たいの知れないパワーがこみ上げてきて、至る所で火事が起こる。そして孤児院で飼われていた、首長でピンク色の二足歩行の動物が大量に逃げ出してしまう。孤児院内で大惨事が起きた。
探偵が孤児院内を彷徨いていると、死体を運ぶホリ公に出会う。ホリ公はその死体がンドゥーであると言う。そこへ2人の警備員がやってきて、一瞬探偵がンドゥーを殺したのかと勘違いして逮捕されそうになるが、ホリ公がいかにも嘘を呟くので彼を疑って(というかゼッケンが血で汚れていたので)逮捕された。
スズキタモツが街中を歩いていると、ビルの屋上から飛び降り自殺を図ろうとする男がいた。イシダイラである。タモツは止めようとしたが間に合わなかった。
イシダイラはビルから飛び降り、血だらけの状態でダイイングメッセージを書く。タモツはそのダイイングメッセージを読んだが、重要なことは書かれていなかった。
タモツは結果的に、大会に出場する選手として選ばれるが、街の人たちは誰も彼を注目してくれなかった。自分が選ばれた選手なんだとアピールしても、世間は興味を持ってくれなかった。
寂しい気持ちを抱えたままタモツは実家に帰る。実家にはタモツの娘のサナエ(松永玲子)が高校の制服姿で待っていた。サナエは、タモツが父親として父親らしいことを何もしてくれず、ずっと留守にしていたことを不満に思って愚痴を言う。
2階では、タモツの母の愛人が相変わらず博打に明け暮れていた。愛人はいつも博打で勝っているのだが満たされない何かがあるようだった。
そこへ、タモツの母親がやってくる。母親は息子のタモツが帰ってきたことを喜ぶのではなく、タモツがいなくなった代わりに買っていた「タモツ」という名前の犬の帰還を喜ばしく思っていた。しかし、犬は「タモツ」であった訳ではなく、しかも警察官によって銃で殺されてしまった状態だったため、母親は怒り出す。
母親は、タモツが近々開催される大会の選手に選ばれたことは知ってくれていた。しかし、実家に吊下げられている首吊ロープを見ながら、タモツの妻がこのロープで首を吊って自殺してしまった話をする。タモツは、自分に奥さんがいることを覚えていなかった。タモツは自分勝手にもずっと家族の元を離れて留守にしてしまい、家族をずっと心配にさせてしまった上に、自分が頑張っていると思い続けている、大会出場と勝負について世間は何も興味関心を示してくれず、ただ自分は勝ち続けているだけの状態になっていることに、複雑な思いを吐露していた。
ここで途中休憩が入る。
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母親の、なぜタモツが大会の選手に選ばれることになったのかという質問に、タモツはその時のことを回想するような形で物語が進行する。
孤児院で、タモツは会長とジャンケンで勝負をして、もし会長とのジャンケンに勝つことが出来たら選手として認めようという約束になった。タモツと会長はジャンケン勝負に勝とうとするべく、お互いに毛穴から何やら文字を噴出させていた。
ジャンケンをした結果、何度やってもタモツはジャンケンに勝ち、会長はジャンケンに負けるのだった。そこで副会長と会長は悪巧みして後出しでジャンケンをすることになるのだが、それでもタモツはジャンケンに勝ち続けるのだった。副会長には、後出しでジャンケンに負ける人なんて見たことがないと会長に言う。
そんな訳で、タモツは大会の選手として認められたのだった。
タモツは大会でも、ベネゼエラ人、中国人、そして代々木駅の駅員と対戦することになるが、どの相手に対しても不戦勝で勝ってしまって優勝してしまった。それでも、世間から注目されることはなかった。
その頃、探偵は孤児院から逃げ出したピンク色の動物(長田奈麻)に出会う。どうやらその動物は探偵になついたようだった。そしてその動物は、捕獲員によって追われているようだった。探偵はその動物を隠し、遭遇した捕獲員に対して、向こう側に逃げていったと嘘の情報を流して動物を助ける。探偵はその動物を、自分の助手に任命してこれから行動を共にすることになる。
探偵は父親の家に転がり込む。実は探偵の父親というのは、タモツの母親の愛人のことであり、転がり込んだ家というのはタモツの実家であった。探偵は、イシダイラに関する手帳をどこかへ落としてしまい、それを探している最中なのだという。イシダイラに関する調査は今暗礁に乗り上げており、捜査は難航していた。しかし、世間の人間はイシダイラに関する件は解決したと言っていて、探偵は唖然とする。
探偵が家に動物を連れてきたため、動物の鳴き声を気にするサナエとタモツの母親。サナエは風呂場で、探偵が落としたと思われる手帳を見つける。そこには、「南米に生息する蝶は寿命がくると死ぬ」など当たり前のことばかり書き連ねてあった。
大きな物音がする。何事かと思ってサナエと母親が2階に駆けつけると、探偵が動物を殺してしまって、ワーワー泣きじゃくっていた。
タモツは自分の母親が病気にかかって、病院に運ばれる光景を目の当たりにする。その光景にタモツはショックを受ける。どんなに勝負に勝ち続けても世間は注目してくれない、そして母親は病気にかかってしまう。そんな絶望の中にいたタモツは人生がいやになってしまい、自殺を考える。
自殺を手伝う倶楽部というのがあり、そこにタモツは足を運ぶ。自殺を手伝う倶楽部の受付嬢(犬山イヌ子)と、自殺を手伝う倶楽部の質問係(みのすけ)の2人によって自殺が執り行われようとするが、遺影の写真撮影に2人が入り込んでくるなど、意味不明な対応にタモツは激怒する。
そしてやっぱり自殺を断念するといって、タモツは出ていってしまう。後で分かったが、自殺を手伝う倶楽部の2人はカップルのようだった。
タモツは道端で、姉さんに似た女性に遭遇する。彼女(長田奈麻)は客人とままごとをして家族ごっこをすることで生計を立てていた。タモツも旦那を演じてやってみないかと彼女に誘われたので、ままごとを始める。
2人の間に授かった赤子の名前がタモツであったことに驚きながら、2人はままごとを続ける。しかし、タモツは何かを思い出したかのようにままごとを抜けてその場を立ち去る。
タモツは看護婦(池谷のぶえ)に相談して、早くテロル婆さん(赤堀雅秋)を出して薬を出してくれと懇願する。テロル婆さんは出てこない。そこへ会長と副会長がやってきて、宇宙人と戦ってくれないかと依頼される。大会の選手たちを連れ去ってしまった宇宙人を、そんなに強くないからと。
ビデオが流れる。そこには母親が病気にかかった様子でタモツに向けてメッセージを残す姿があった。タモツは宇宙人と戦うことを決意する。
タモツの前に、母親と母親と同じ格好をした宇宙人(猪俣三四郎)が現れる。タモツはどっちが宇宙人なのか戸惑う。外見が明らかに宇宙人の方が宇宙人なのだろうと思うが、実は宇宙人が人間に化けているという可能性もある。宇宙人姿の母親の方が咳をしている。
裏の裏をかいて、タモツは宇宙人の姿をした母親の方が宇宙人だと思ったその時、その宇宙人は手からビームを出して、会長、副会長、院長、副院長、母親と次々と攻撃して気絶させてしまう。思っていた以上に宇宙人は手強いと感じたタモツ。
タモツが本気モードに入ったその時、気絶していた会長たちがむくむくと起き上がってゾンビのように宇宙人を襲い始める。タモツと探偵は、トントン相撲のように地面を叩いて、宇宙人をバンビ(ゾンビのこと)たちで囲い追い詰めて勝利する。
宇宙人はUFOに乗って逃げいていく。
数年後、タモツは墓参りをしていた。自分が勝ち続けいていても、世間の人々は自分のことを忘れてしまっている。そんな事実があるだけだった。ここで物語は終了する。
ストーリーはたしかにチグハグというか出鱈目というか、綺麗に収められているものではないかもしれないが、なぜか色々今の現代社会と照らし合わせて観てしまうし、考えさせられる箇所も多くてとても面白かった。
メインはコメディで、この意味分からなさというか、そう来るか!というような予想外の受け答えが個人的にはツボだったので面白かった。訳分からないんだけど、つい見入ってしまう面白さがそこにあって上手く言語化できない。
その中に、東京オリンピックが延期されて、いつ開催されるの?と世間が疑問符を抱いた過去に即して、近々行われる大会というのが登場したり、大会で勝ち続けても世間に興味関心を持ってもらえない姿は、等身大の演劇人そのものにも見えてしまって、ストーリーはチグハグなんだけど、度々刺さる言葉があったり、ふと考えさせられる内容が盛り込まれていて、ケラさんの脚本の奇抜さを見せられた感じだった。ここは考察パートで詳しく触れることにする。
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【世界観・演出】(※ネタバレあり)
舞台美術のクオリティは物凄く高くて、そしてしっかりと脚本にあった独特の世界観を創り上げているなと感じた。さすがはナイロン100℃といったところ。
舞台装置、プロジェクションマッピング、照明、音響、その他演出の順番でみていく。
まずは舞台装置から。
タイルを碁盤のように張り詰めたようなパネルがステージ全体を覆っていて、非常に威圧感のある舞台装置だった。ステージ上で演技をするシーンと、ステージの2階部分で演技が出来るスペースがあって、概ねその2箇所で物語が進行していた。
基本的には、ジャンケンや宇宙人との対戦、タモツの実家の1階でのシーンは1階のステージ上で、序盤の会長、副会長、副院長の応接室や、タモツの実家の2階、愛人が博打をやるシーンなどは2階のステージで進行していた。
パネルには所々デハケとなる空間が用意されていて、ユニークだと思ったのはそのタイルを張り詰めたようなパネルの中央部分4箇所にあった、ゴムのようなものを縦に細かく切り刻んだデハケ。非常に役者は出入りするのに苦戦している様子だったが、それを観劇しているのも面白かった。
後は、図書館のシーンで出てきた本を読む人たちが座る横に長いベンチのようなもの、タモツの実家のシーンで登場する古い木製のタンスと首吊ロープ、ままごとシーンで登場したままごとセットたちなど随所で道具が登場して豪華だった。
次にプロジェクションマッピングだが、ここが今作の舞台美術の中で一番の見所だったと思う。
舞台装置がタイルを張り詰めたような碁盤のような模様であったことと合わせて、映像もその碁盤の目に合わせるような形で四角いブロックのような映像が投影されていたのが印象的。
例えばオープニングシーン。碁盤の目に合わせて世界各国の国旗や、オリンピックの動くピクトグラムが投影されていて、舞台装置と映像が融合したような面白いものを体験出来た。
また、オープニング以外で碁盤の目を活かした映像といったら、タモツが会長とのジャンケンに挑む時にエネルギーがみなぎってきたときの、あの赤くて灼熱を表現するような映像がそうだった。あの後、そのエネルギーのあまりピンク色の動物が大量に逃げ出してしまうという演出も映像で表現されていて面白かったが。
碁盤の目を活かす以外でのプロジェクションマッピングで印象に残った演出は、まず図書館のシーン。舞台装置のパネルに本がずらりと並ぶ映像を投影することによって、まるで壁一面に沢山の本が並んでいるような見せ方をする演出が好きだった。その本も、どことなくファンタジーを思わせるような幻想的な印象を感じさせる映像だったのが好きだった。
イシダイラがビルの屋上から身を投げた後の、転落する様子を漫画のように映像で投影する演出も好きだった。イシダイラが自分の血でダイイングメッセージを残す映像も、凄く漫画的で好きだった。
タモツと会長がジャンケンで勝負する際に、会長は体内から「毛」、タモツは体内から「穴」という文字を放出させる演出も斬新で好きだった。
また、タモツがステージ上で前進するのに合わせて、背景の街中の映像も動くというのも面白かった。
こう考えると、映像演出は漫画的要素があったり、ファンタジー的要素があったりと複数人で製作しているのだろうと思われるが、ある種色々なカラーがそこには詰まっていて、統一感はたしかになかったかもしれないが、それに対して違和感は感じなかったというのは、凄くクオリティとして高い上に、要所要所のシーンで作風も異なっているという統一感があったからなんじゃないかと思った。統一感がないというので統一されているから自然に見えたという感じか。面白かったので個人的には大満足だった。
次に照明演出についてみていく。
特に印象に残っている照明演出は、UFOが現れるシーンの演出。あそこでプロジェクションマッピングでUFOを登場させるのではなく、客席側にUFOにが来ているという体でUFOの存在を表現する点が好き。横一列に並んだ黄色く光量の強い光を放ったあとで、UFOのあの丸い影をいくつも重ねたような得体の知れない物体が宙を浮いているような感じをシルエットで表現していたのが好きだった。
あとは、タモツが実家に戻ってきたシーン(前半ラストシーン)で、ちょっと照明が暗い感じというのもよい。なんとなく家族の寂しさというか、家族を包む感情を表現しているような感じがって、ネガティブな気持ちにはなるけど凄くシーンに合った照明だったのではないかと感じた。
ままごとのシーンの照明も印象的。おそらくあれは夜のシーンで屋外でという設定だったと思うが、あのシーンも寂しさを感じさせるような青みがかった照明が好きだった。
そして舞台音響。今作の舞台音響は、音楽というよりは効果音の印象が強く残っている。
一番印象に残ったのは、会長が始めに歌い出した「橋の下〜♪」というオリジナル曲。なぜか終演後も自分の脳内でリピートされるくらい印象に残りやすいフレーズだった。最初は「ふるさと」を合唱していたのに、だんだん音痴になっていって、終いには「橋の下〜♪」と歌い出す演出も、まさかそう来るかという驚きの連続で面白かった。皆が良い歌だとなった矢先に、院長がなんだこの変な歌と言って消してしまうのも好きだった。
宇宙人が手から出すビームの音や、UFOの効果音も好きだった。こういうのを聞くと、少し今作もSFっぽさを思わせる。SFというよりは宇宙であるが。そういう摩訶不思議な効果音が多用されていて面白かった。
その他印象に残った演出は、意表を突いてくるような台詞が多くて、そう来るか!みたいな先が読めない展開にわたしは楽しませてもらった。例えば、「眉毛と膵臓だけが生き残ったけど、その膵臓ががんになってしまった」とか、電話の受話器を取って「オチョボグチ・・・」とか、「尾行頑張って下さい」とか、凄く本能的に笑いがこみ上げてくるようなネタが多くて、コメディセンスが抜群だった。
あとはストーリーとして一番肝心な部分で、何も情報がないという、普通だったらがっかりさせるようなシーンが、ナイロン100℃だからこそ笑いに変えてしまう演出が面白かった。例えば、序盤のシーンでイシダイラに関する4つの依頼というのが出てきて、4つ依頼が登場してそれを解決していく話になるのかと思いきや、4つの依頼の内の最後の一つしか結局内容が分からず、しかもそれが恋愛相談というオチが面白かった。また、イシダイラがビルの屋上から身を投げて、最期にダイイングメッセージを残す際に、そこに情報が何もなかったのも面白かった。さらに、探偵が落としてしまったというイシダイラに関する情報が書かれた手帳にも、「南米に生息する蝶は寿命が来ると死ぬ」みたいな何の情報もないことばかり書かれているギャグも好きだった。
また、一番のクライマックスとされる宇宙人との対戦も、結局タモツは不戦勝で勝ってしまうというのも面白い。一応トントン相撲をしたから不戦勝ではないのか、それでも直接戦った訳ではないのに勝ってしまうという点が面白かった。
【写真引用元】
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
ナイロン100℃に所属する豪華キャストが勢揃いしていて、割とキャスト陣の年齢層は高めなのだが、非常に愉快な気持ちにさせられる役者ばかりで面白かった。
特に印象に残った役者についてみていく。
まずは、主人公のスズキタモツ役を演じた大倉孝二さん。大倉さんの演技は、本来なら2021年6月に上演されたNODA・MAPの「フェイクスピア」で初めて拝見するはずだったが、大倉さんが事情により降板して伊原剛志さんになったため、今作が初めての演技拝見となった。
私自身があまりテレビを観ないもので、大倉孝二さんという俳優は知っていても顔をしっかりと把握していなかったのだが、割と高身長ですらっとした塩顔の方なのだと知った。そして本当に今作の主人公のキャラクターとしてハマり役であった。
タモツが今まで勝負をしたことがなくて、外見だけだと勝負ごとに弱そうな感じがするが、実は無敵という設定が非常によく似合っていた。また、薬が切れた時のタモツの表情がとても好きだった。なんだろうあの感じ、ノイローゼになったような精神バランスが崩れて不安定になってしまった演技が好きだった。
次に、タモツの母親役を演じた峯村リエさん。峯村さんの演技は、KAKUTAの「往転」以来2回目の観劇となる。
今作での峯村さんの演技は、お母さんらしさを非常に感じさせられる良い演技だった。凄く過保護でタモツはもう中年の親父なのに子供のように扱う姿が魅力的だった。「往転」を観劇した際にも思ったが、峯村さんは家族思いの奥さんを演じるのがとても上手い。ベタすぎるって思う人もいるかもしれないが、私としては凄くそこに魅力を感じるし、台詞一つ一つに想いが込められている感じがして素敵だと思っている。
院長役を演じた犬山イヌコさん。ポケットモンスターでニャースの声を担当している女優である。犬山さんの演技を拝見するのも初めて。
院長役とても好きだった。まず衣装が素敵でプリンセスという感じが凄く犬山さんに似合っていた。院長が登場するとついつい院長に視線が行ってしまうくらい注目してしまった。
演技としては、院長役というよりは自殺を手伝う倶楽部の受付嬢が好きだった。あのショートカットのかつらにおばちゃん眼鏡をかけて、いかにもな事務のおばちゃんというツンツンした感じが好きだった。
会長役を演じた三宅弘城さんも良かった。
あの間の抜けたおじさんという感じが良い。ジャンケンで後出しして負けてしまって副会長に突っ込まれたり、「ふるさと」が流れている中突然違う歌を歌いだしてしまったりと、割と個人的にツボだった笑いの多くが会長が絡んでいた気がする。
かつらもいかにもかつらっていうのが地味に笑えた。かつらが取れてしまうハプニングみたいなシーンがあったら大笑いだったかも。
探偵役を演じた山内圭哉さんは、今回のキャストの中でも一番まともそうな存在に見えた。
けれど、蓋を開けてみるとツッコミどころが満載で面白かった。ピンク色の動物を助手にしてしまったり、一番は落とした手帳に当然のことしか書いていなかったのが面白かった。
でも一番今回のキャスト陣の中でかっこよさを感じたキャストだった気がする。坊主頭に黒いマントという衣装も良かった。
それ以外では、ホリ公役を演じた廣川三憲さんのあの狂気じみた役はインパクトがあった。一見弱々しそうな爺さんのように見えて、鎌を振り回して人を殺しまくっているのは狂気だった。
ままごとの女などを務めた長田奈麻さんの、あの癖があって熟女感のある女も印象に残る。劇団かもめんたるの「HOT」で一度お目にかかっているが、その時とは全く違う演技が観られて良かった。
看護婦役を演じた池谷のぶえさんの、「スズキさん、スズキタモツさん」という呼び声が、本当に看護師としていそうなくらいリアリティがあって笑えた。
【写真引用元】
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ケラさんの脚本というのはとても独特だけれども、そこには今の社会と類似する点も沢山見つかって、上手く言葉では言い表せないけれど、観客たちに問いかけるメッセージがしっかりと伝わってくる辺りが凄く不思議で興味深い作品だと思った。
今回の「イモンドの勝負」で題材として取り上げられたエッセンスは、私が解釈するに「コロナによって振り回された東京オリンピック」と「どんなに有名になってもいずれは忘れ去られるスター」の物語だったと思う。以上の2つの観点から今作を考察していこうと思う。
まずは、「コロナによって振り回された東京オリンピック」について。
世界中で猛威を奮った感染症拡大の影響で、本来2020年に開催されるはずの東京オリンピックは延期された。今になってみると2021年7月、8月に東京オリンピックは開催されたので良かったが、直前になるまで果たして東京オリンピックは開催されるのだろうか、と世間は開催自体を疑っていた人も多くいるはずだろう。私自身も2021年が明けたタイミングで再び感染症の蔓延で緊急事態宣言が発令されてしまい、東京オリンピックの開催は無理なんじゃないか、そう心のなかで思っていた。
同じようなことが劇中でも起こる。感染症は登場しないものの、宇宙人によって大会出場選手が拐われてしまったため、新たな選手を探すべく会長と副会長は行動に出るが、その大会がいつ開催されるかは「近々」としか言われていなかった。まるで、本当に大会自体が開催されるのか危ぶまれるような言いっぷりだった。
劇中で登場する、タモツが出場する大会は、まるで茶番そのものだ。ベネズエラ人との対戦も、中国人との対戦も、代々木駅駅員との対戦もすべて不戦勝で終わり、最後の宇宙人との対戦もトントン相撲で決着がついた。
そして2021年の東京オリンピックも、感染症拡大の影響によって茶番化してしまったことが否めない。元々、感染症が蔓延する前からオリンピックに関する不祥事は後を立たなかったので茶番化していたと思う。それに拍車をかけるかのように感染症は蔓延し、大会自体が前代未聞の延期となってしまった。
このような点で、劇中に登場する大会と東京オリンピックには共通点があって、ファンタジーの世界ではあれど凄く現実を観ているような錯覚に観客は陥るのだと思う。
そんな茶番化した東京オリンピック出場を夢見て、人生をかけてスポーツに打ち込んできたスポーツ選手たちはどう思ったのだろうか。そこには、2つ目のエッセンスである「どんなに有名になってもいずれは忘れ去られるスター」というものが関係してくると思っている。
劇中の大会に出場することになったタモツは、どんなに勝ち続けても満たされる感情は何もなく、世間の人には注目もされない抜け殻のような存在になっていた。そして母親の病気を知って自分は自殺を考えるまで落ちていってしまう。
毎日あらゆる情報が飛び交っている忙しい現代社会において、たしかに東京オリンピックで勝ち続けて金メダルを取ることが出来たとしても、それは勿論その時は日本中が祝福してくれるとは思うけれど、それは一時的なものでエジソンやガリレオ・ガリレイのように後世までずっと語り続けられるほどの伝説にはなり得ないのかもしれない。
タモツ自身も終盤のシーンで、自分の存在は世間には知れ渡っていない的なつぶやきがあったと思っている。どんなに頑張って上へ上へと上り詰めても、世界に大きく影響を与えるような存在にはなれない、そんなネガティブな締めくくりに感じられた。
さらにタモツは、大会で勝ち続けることに夢中になるあまり家族を顧みることもせず、家族からも嫌われてしまった経験をしている。あれだけ愛されてきた家族を置いてきてしまった上に、結局自分は勝ち続けても何も手に入れることが出来なかった。そんな虚しさを終始感じさせられた。
これは、多くの表現者にも、というかは目の前のことを頑張り続けている多くの人に当てはまることなんじゃないかと思う。
自分の目指すべき理想像に無我夢中で追い続けるあまり、身の回りの家族や友人、恋人を粗末にしてしまう。その結果、自分がどんなに成功してもその達成感は一時的なもので、何も得られないどころか身近な存在の人も離れていってしまう。
2021年9月に観劇した「Birdland」とも共通するようなテーマなんじゃないかと思う。
自分を支えてくれた身近な存在は大切にしよう。そう暗に語りかけてきてくれる作品に私はちょっとばかし感じた。
【写真引用元】
ステージナタリー
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↓峯村リエさん過去出演舞台
↓長田奈麻さん過去出演舞台
↓猪俣三四郎さん過去出演舞台