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舞台 「消失」 観劇レビュー 2025/01/25
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公演タイトル:「消失」
劇場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
劇団・企画:キューブ
作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:河原雅彦
出演:藤井隆、入野自由、岡本圭人、坪倉由幸、佐藤仁美、猫背椿
公演期間:1/18〜2/2(東京)、2/6〜2/7(大阪)
上演時間:約3時間5分(途中休憩15分を含む)
作品キーワード:シリアス、コメディ、ディストピアSF、ラブストーリー、笑える、考えさせられる
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆
ケラリーノ・サンドロヴィッチさん(以下KERAさん)の過去の名作戯曲を様々な演出家が演出して上演するシリーズ「KERA CROSS」の第六弾を観劇。
第六弾は演出家の河原雅彦さんの元、KERAさんのディストピアSFの大傑作ともいえる『消失』を上演。
『消失』は、2004年にKERAさんが彼の劇団である「ナイロン100℃」のために書き下ろして初演を迎えた作品で、その後2015年にも「ナイロン100℃」で再演されている。
今回の上演では、『消失』を初めてKERAさん以外の演出家が、「ナイロン100℃」以外のプロデュースで上演されることになる。
「KERA CROSS」は、第四弾の『SLAPSTICKS』(2022年2月)、第五弾の『骨と軽蔑』(2024年3月)に続き3度目の観劇であり、KERAさんの作品自体は「ナイロン100℃」で何度も拝見している。
物語は、数年前に戦争が終わった西洋風のファンタジーの世界において、46歳の兄のチャズ・フォルティー(藤井隆)と42歳の弟のスタンリー・フォルティー(入野自由)の兄弟を中心に展開される。
クリスマスの夜、兄弟はクリスマスパーティーの準備をしている。
特にスタンリーは非常に張り切っていて、アサリの入ったスープを沢山こしらえていた。
それは、スタンリーが好意を抱いているホワイト・スワンレイク(佐藤仁美)がクリスマスパーティーにやってくるからである。
しかし、ホワイトは貝アレルギーを持っていて、その料理を食べた直後に気絶して泡を吹いてしまい、病院に運ばれる始末となってしまい...というもの。
『消失』というタイトルは、以前からずっとKERAさんの代表作だと耳にしていたので、シンプルに作品を観劇出来て良かったと感じた。
ディストピアSFと聞いていたが、思った以上に前半は笑えるシーンも多くコメディの要素が強かった。
そのため、作風としては『骨と軽蔑』に近い印象を受けた。
『骨と軽蔑』も今作も、メルヘンでオシャレな舞台美術で基本的には家族間での会話劇がメインなのだが、その背後には戦争などの悲惨な社会情勢が見え隠れする。
そしてそういった社会情勢に登場人物たちも翻弄されているからこそ、彼らが紡ぎ出す会話劇に釘付けになる。
よくよく考えるとシリアスな話なのだけれど、その大部分をコメディに仕立てることで楽しく観劇出来てしまうのはKERAさんらしい作品だなと思う。
そして2025年1月現在では、まだ世界では戦争の話が絶えずそういう社会情勢でもあるからこそ、このファンタジーな世界からでも現実を感じられてしまうのが興味深い。
今作は戦争が終了して数年後の世界ではあるものの、ライフラインはなかなか復旧しないほどに治安は悪く、人類の移住計画によって第二の月が打ち上げられるも失敗して問題になるという裏設定がある。
そこから私は、ファンタジーではあるものの冷戦の時代と重なる描写が多いと感じた。
当時は欧米にも多数のアカと呼ばれる社会主義者が潜り込んで諜報活動を行なっていた時代でもある。
そんな不穏な世界だからこそ、家族という強い絆で結ばれた兄弟の愛情がより際立っていて素敵だった。
そして、このチャズとスタンリーの兄弟は、30年以上もの間両親が離婚してしまって家を出てしまい、その間二人きりでずっと暮らしてきたことが冒頭の映像によって説明される。
直接的に両親のことについて説明される描写はないのだが、両親のいない中で二人きりで戦争状態の世界を生き抜いてきたということを考慮してこの作品を俯瞰してみると、また作品の見え方が違って興味深かった。
直接説明がなされない会話の行間を読み解くことで、より登場人物たちの会話に惹きつけられる魅力がある点は、非常にKERAさんの物語らしく素晴らしかった。
舞台美術や演出も非常に作り込まれていて、劇中で色々な仕掛けが発動するから面白かった。
この窓って開くんだと驚かされたり、いきなり置物が音を立てて動き出したり、脚本や役者の演技の面白さだけでなくギミック的な面白さも盛り込まれていて素晴らしかった。
役者陣は、特にチャズ、スタンリー兄弟が素晴らしかった。
スタンリーが大好きなホワイトのためにクリスマスパーティーの準備に明け暮れる姿は、観ていてとても微笑ましかった。
スタンリーを演じた入野自由さんは、今まではどちらかというとクールでチャラい人間役を演じることが多いイメージだったので、こういうピュアな男性役も出来るのだなと改めて思った。
そしてチャズ役を演じた藤井隆さんは、藤井さんは今までの役だとどちらかというとお茶目な役が多い印象だったが、真面目でしっかり者というイメージが強かった。
だからこそラストは衝撃的に感じた。
兄弟同士を愛し合う愛情と、恋愛感情の違いとは何だろうと考えさせられた。
前半は思い切りコメディで、徐々に社会情勢も垣間見えてきてシリアスになっていく、KERAさんのシリアスコメディの傑作なので多くの人に触れて欲しいと感じた。
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↓戯曲
↓ゲネプロ映像
【鑑賞動機】
『消失』は以前からずっと観たいと思っていたKERAさんの戯曲だったので、これを機に観劇したいと思ったから。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
西洋風のレトロな屋敷の中、兄のチャズ・フォルティー(藤井隆)と弟のスタンリー・フォルティー(入野自由)は、クリスマスパーティーの準備をしている。スタンリーは非常に張り切ってクリスマスパーティーの準備をしている。それは、クリスマスパーティーにスタンリーが思いを寄せる女性のホワイト・スワンレイクがやってくるからである。スタンリーは自分で作ったアサリの入ったスープをジャズに見せる。アサリは、女性が一番好きな食べ物であるから入れたのだと言う。
二人は、音楽をかけて照明を暗くする。『きよしこの夜』が流れて二人はいよいよクリスマスパーティーが始まるのだと心躍らせる。そこから今度は『アメイジンググレイス』が流れる。
チャズはスタンリーと一緒にアルバムを見る。昔のアルバムにはスタンリーの姿は写っていない。
チャズが席を外している最中に、スタンリーは赤いセーターを取り出し、ホワイトにそのセーターをプレゼントする練習をする。ホワイトがとても嬉しそうにして受け取ってくれる姿をイメージしながらスタンリーは心を躍らせている。そんな様子をジャズも目撃する。
チャズはスタンリーがホワイトに対してビームを出しているように見えると言う。ビームというのは光線のことで好きだぞというオーラを凄く感じるのだと言う。しかし、スタンリーの経験上好きになった女性と上手くいった経験はなく、今回も失敗に終わってしまうのではないかと危惧する。
そこから、ジャック・リント(岡本圭人)の解説によって、スタンリーはクリスマスパーティーでホワイトにスープを振る舞うが、ホワイトが貝アレルギーだったことで、スープを食べて泡を吹いて気絶してしまうことが告げられる。そこからホワイトを病院へ連れて行くことになって大惨事へ。
オープニング映像が流れる。チャズは46年前に、スタンリーは42年前にこの家で生まれた兄弟で、36年前に両親は離婚して家を出てしまい、そこから一度も戻ってくることはなかったという。
次の日、屋敷にはチャズと闇医者のドーネン(坪倉由幸)がいた。チャズの話だと、弟のスタンリーはクリスマスに大好きなホワイトが貝アレルギーであったにも関わらずアサリのスープを振る舞って気絶させてしまったので、ホワイトに振られて失恋してしまったと言う。そのため、スタンリーはホワイトの元に言っている最中だと。
そこへ、一人の女性がチャズの家を尋ねてくる。その女性は、エミリア・ネハムキン(猫背椿)と名乗り、下宿先を探しているのだが雑誌にこの物件の2階が掲載されていて興味を持ったので下見に来たのだと言う。チャズは随分昔に雑誌に2階の部屋を掲載したので、その雑誌が読まれていることから驚きだった。エミリアは、ずっと港町に住んでいたが最近は海洋の汚染も酷くて別の住まいを探していたのだと言う。
早速エミリアは2階に上がって下見しに行く。チャズとドーネンが残る。チャズとドーネンはエミリアの裸を想像して盛り上がる。想像するだけなら問題にならないからと。そんな話で盛り上がっている所に、エミリアは現れて二人は驚く。エミリアは、玄関から一人の男性がこちらを見つめていて怖いから様子を見てほしいと言われる。
玄関にいたのはスタンリーだった。スタンリーは家の中に入る。スタンリーはてっきりホワイトの元へ行ったのかと思っていたが、沼にいたようでホワイトの元へは行ってなかった。エミリアは自宅で小鳥を飼っていて、その様子が気になるからと帰ってしまう。
スタンリーは薬を飲む。スタンリーは薬を飲まないといけない病気を抱えていた。スタンリーは赤いセーターが破れてしまったことをチャズに伝える。このセーターは本当はスタンリーがホワイトへクリスマスプレゼントするためのものだったが、編んだのはチャズだった。
そこへホワイト・スワンレイク(佐藤仁美)がやってくる。ホワイトは、チャズとスタンリーの会話を全部聞いていたと言う。あのセーターはスタンリーが編んだものでなくチャズが編んだものだったのかと、そしてスープにアサリが入っていることが気づかれないくらいによくスープに溶かし込んだことに対してもスタンリーに対して怒っている。スタンリーはホワイトが貝アレルギーだったことを知らなかったと言う。
ホワイトは学生時代の恋愛話を始める。ホワイトはタンバリンという男の子が自分に好意を寄せてラブレターをくれたことを話す。タンバリンはいつも学校でみんなから叩かれて血だらけだったと言う。しかし、ある日ホワイトはそのタンバリンを守ろうと、自分が叩かれる立場に回る。今度はタンバリンの代わりにホワイトが叩かれたが、タンバリンも自分を叩いたのだと。タンバリンはホワイトを叩かないと今度は自分が叩かれることになるからと。スタンリーはタンバリンのような男じゃないと兄のチャズを含めてホワイトに訴える。
その時、ホワイトの口から突然歯が出てくる。誰か別の人の歯が出てきたとホワイトは言うが、ホワイトの口から出てきたのだからホワイトの歯ではないかとチャズたちは言う。ホワイトは口を濯ごうとするが水が不味くて取り乱す。そして誤って手をストーブに当ててしまいホワイトは手を火傷してしまう。ホワイトは急いでトイレに向かう。
スタンリーは薬を飲んだ後に眠っていたが、チャズはスタンリーが飲んだ薬が飲んではいけない薬であったことに気が付く。そしてスタンリーを無理やり起こしてトイレに向かわせる。このままだと危険だと。
チャズはトイレにいたホワイトを強制的にトイレから連れ出してスタンリーに飲んだ薬を吐かせようとする。そこへエミリアがやってきて、ホワイトと鉢合わせになる。エミリアは車が故障してしまったが、修理業者に電話しても誰にも通じないのだと言う。
ここで幕間に入る。
同じ日の夕方、チャズの屋敷には、ガスの点検にきたジャック・リント、ドーネン、そしてエミリアがいた。スタンリーは眠っている。ドーネンはガスの点検に来たジャックに書面にサインをさせようとするが、字が綺麗過ぎると言う。そこからドーネンはジャックに対して、様々な質問をしてドリルを解かせたりする。ドーネンは、壊れていたガスや水道のライフラインが直ったはずということで、井戸に様子を見に行ってくる。
スタンリーが起きる。スタンリーはドーネンはどこに行ったのかと聞くので、井戸に向かったとジャックは話す。スタンリーとエミリア、ジャックで会話をする。ジャックが先ほどまで解いていたドリルから分数の話になり、そして地球の海の面積と陸の面積の割合の話になる。エミリアは、北半球の海の面積がなぜ1/2-3/16になるのか理解できず混乱している。ジャックは、なぜそうなるのかを解説している。
そんな中、スタンリーは地球儀のビーチボールを持ってくる。そして、もう絶滅してしまってこの世には存在しないネアンデルタール人の話をする。もし、ネアンデルタール人がスペインからジブラルタル海峡を越えてアフリカ大陸に渡ることが出来たら、きっと絶滅しなかっただろうという話にスタンリーは興奮している。エミリアは2階に上がっていく。
そこへホワイトが屋敷にやってくる。ホワイトとスタンリーは二人で話す。ホワイトはスタンリーに対して、この前は悪いことをしたと思って仲直りしたい様子であった。スタンリーはホワイトのことも大好きだが、兄のチャズのことも大好きであるということを告げる。しかしホワイトは、好きというのには「LIKE」と「LOVE」というものがあって、スタンリーがチャズに抱く好きは「LIKE」の方なのではないかと言う。そしてスタンリーがホワイトに抱く好きは...と言う所でホワイトとスタンリーはキスをする。
そこへ井戸からドーネンが戻ってくる。ジャックもエミリアも戻ってくる。これで屋敷のライフラインは元に戻ったからスイッチを色々試してみようと言う。しかし、ドーネンがガスコンロを捻ると水道の蛇口から水が流れるのを目の当たりにする。そして、水道の蛇口を捻るとリビングに置かれていたおもちゃが動き出し、他のスイッチを色々試してみると別の機械が作動してしまうという現象に遭遇した。そして最後には、水道から誰かの歯が出てくるという珍事が発生する。しかしあたりを見回しても、歯が無くなってしまった人物はいないので、ここにいる人間ではないことが分かる。
そのままドーネンとスタンリーはいなくなって、屋敷にはジャックとエミリアだけになる。エミリアは近日中にこの屋敷の2階に引っ越してくるのだと言う。ジャックは、もし明日引っ越してくるのであればお手伝いしますよと声をかける。エミリアはその言葉に甘えようとするが、その場合今晩はどこに泊まることになるのかと聞くと、エミリアの自宅であると言う。エミリアの自宅には小鳥がいてその様子が心配であることを言う。そこから、エミリアは離婚したかつての旦那の話をする。旦那の名前はタンバリンと言って、第二の月が打ち上げられた時に、その月に移住することになってしまったので離婚したのだと言う。
暗転して映像が流れる。戦争が終了した直後、人類が地球以外に住める環境を求めて第二の月を打ち上げた。そこに多くの人類は移住したが、予算の関係で地球から第二の月に行くシャトル便の計画は頓挫してしまった。第二の月に移住した人類は、しばらくの間は大量に貯蓄された植物を栽培して乗り越えてきたが、それも尽きてしまうと次々と餓死して無人になった。地球上に住む人類は、その第二の月で餓死していく人類たちを映像で眺めていた。
5日経った大晦日での屋敷。スタンリーはドーネンが持ち込んだ機械に繋がれてソファーで眠っている。その横にはドーネンとチャズがいる。ドーネンは、しきりに電話で何やら話をしながらタイプライターを動かしてスタンリーの治療をしていた。
スタンリーが目を覚ます。周りにホワイトがいないことを知って、ホワイトを探そうとする。スタンリーは、自分はホワイトと結婚しても良いのだろうかとチャズに相談する。チャズは、スタンリーはもう42歳なのだし結婚に早い年齢ではないからしても問題ないと言う。しかしスタンリーは、ずっとチャズと一緒に暮らしたいとも言う。
エミリアとジャックがやってくる。エミリアは離婚した旦那のことを話し始める。エミリアの旦那はタンバリンと言うのだが、エミリアが最初にタンバリンに会った時は、誰かに鉛筆で目を突き刺されたらしく右目が失明している状態だったと言う。そんな彼を愛して結婚したが、第二の月に行くタイミングで彼と離婚して見殺しにしてしまったと。彼は第二の月で餓死してしまったと言う。その時、外では打ち上げ花火が上がり始める。
ホワイトが現れ、スタンリーに会いにやってくる。しかしスタンリーはホワイトに対してリアクションが薄い。そしてそのままスタンリーは外へ出ていってしまう。
ホワイトがそのことについて傷ついていると、チャズはホワイトにスタンリーは病気で一時的に忘れているだけだから許して欲しいと告げる。そのうち思い出すはずだと。そしてチャズは、スタンリーが最近の記憶は定着しにくい話や、アルバムには彼が写っていないことをホワイトに告げる。
ホワイトは、かつてスタンリーが好きだったビビという女性のことについて話してくれたことを言う。スタンリーはビビのことが大好き指輪までプレゼントしたらしいと聞いたと。でもどうしてそのスタンリーとビビの関係が上手くいかなかったのか分からないとホワイトは言う。もしかして、チャズが二人の仲を引き裂くような何かをしたのではないかと疑う。
チャズは顔色を変えてホワイトを襲おうとする。ところが、その時にスタンリーは屋敷に帰ってくる。スタンリーは苦しんでいそうで、体からは蒸気が沢山上がっている。これは大変だとチャズはスタンリーを休ませる。
チャズはホワイトに、スタンリーはロボットであることを打ち明ける。
ドーネン、ジャック、エミリアも屋敷のリビングにやってくる。ドーネンはスタンリーの様子を見て必死に治療し何か電話越しで話している。ドーネンが握っていた受話器をジャックは奪いどんな会話がなされているか聞き取るとする。ジャックは、その電話からは何も聞こえていないからドーネンはスパイであると訴える。ジャックは今までガス点検の点検員を名乗っていたが、実は違って管理局の者であることを名乗る。
ドーネンはこの家を出ていくがジャックはそれを追いかけ、家の外で銃が発砲される音が聞こえる。そしてジャックは家の中に戻ってくる。
外からは急に爆撃音が聞こえるようになり、この屋敷も何やら音を立てて崩れ始めると思ったら、ダクトから一つの腕がぶら下がっているのが見える。その腕には指輪がついていた。スタンリーは、その腕がビビの腕であることを知り泣き崩れる。ビビとずっと叫んでいる。ビビの腕は柔らかいと、ホワイトはその腕は腐っているから柔らかいのは当たり前と言う。
チャズはそのまま2階に向かってしまう。そして、ガタンと言う物音と共に首吊り自殺をして2階の窓から吊り下がっているのが見える。
エミリアは大泣きしている。スタンリーとホワイトはこの屋敷を出ていく。その後をジャックは追跡する。ジャックはスタンリーを捕える。ホワイトはジャックにスタンリーを離すように抵抗するが、ジャックによって射殺されてしまう。エミリアは大泣きしている。
ジャックは屋敷に戻ってくる。そして電話をする。どうやら管理局の上司?と会話しているらしい。ジャックも人殺しがしたくてこんなことをしている訳ではないことが電話越しから窺える。そして、解雇という言葉が聞こえる。その言葉にジャックは焦るが電話は切れてしまう。ここで上演は終了する。
物語前半はウェルメイドなコメディとして楽しく会話劇を観ることが出来て楽しかったが、気になっていた伏線が後半でどんどん回収されていき、まさかこのような結末になってしまうとは思わなかった。最後がこんな悲惨な状況で終わってしまう点も『骨と軽蔑』を想起させられる部分だなと思う。
私は、特に第二の月のくだりや、ジャックのスパイとしての行動が登場してからはより一層冷戦時代の空気感を感じていた。もちろん、時代設定も場所もはっきりしていないので、1950年代の西洋とは限らない、ファンタジーの世界ではあるのだけれどやはり冷戦時代っぽい空気感があるなと思った。しかし、海洋の汚染は深刻化していたりと環境破壊が進んだ近未来の世界とも捉えられるので、非常に不思議な世界観とも感じられた。
結論、スタンリーはロボットだからこそ家族との写真には写っていなかったという話なのだけれど、最後までまさかスタンリーがロボットであったということを感じられなかったし、そうでなくても兄弟の愛情の物語としても捉えられて素晴らしい物語だった。両親は離婚して家を出てしまった状態で戦禍の中を生き抜いたのかと考えると、チャズも相当の苦労があったのだろうなと思う。絶対一人で暮らしていくなんて不可能だから、スタンリーというロボットの存在に助けられたに違いないと思った。
スタンリーとチャズの出会いという前日譚的な物語があったら読んでみたいなと思った。それに加えて、スタンリーとビビのくだりも物語化したらニーズありそうだと感じた。そのくらい、今作から色々想像出来る部分の多い作品だなと感じる。
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【世界観・演出】(※ネタバレあり)
以前「KERA CROSS」で拝見した『骨と軽蔑』での舞台美術を想起させる感じで、非常にレトロで西洋風の具象舞台がステージ上でどっしりと構えられていて一気に世界観に引き込まれた。やはりKERAさんの作品はこんな感じで豪華に舞台美術を仕込んでもらえるからこその味わい深い作品になるよなと思う。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。
ステージ上には全体的にどっしりとチャズとスタンリーの兄弟の住む屋敷が仕込まれていた。下手側には大きな緑色の扉が一つ付けられていて、そちらに捌けていくとトイレがあると思われる。ホワイトが手を火傷してトイレに駆け込むシーンもこちらに捌けて行ったし、スタンリーが飲んではいけない薬を飲んでしまって吐き出させる時もこの扉の方向に捌けていった。トイレに続く扉の手前側にはガラクタや書籍が沢山置かれた棚があって、水道の蛇口を捻ると動き出すおもちゃもここにいた。緑の扉の奥には2段ベッドがあって、スタンリーはそこで眠っているシーンもあった。
ステージ中央の下手側にはソファーやドーネンのタイプライターの置かれたテーブルなどがあった。ここにあるソファーとテーブルを使ってドーネンはスタンリーの治療をしていた。また電話もここにあった。その上手側、つまりステージ中央上手手前側には、ダイニングテーブルがあって、ここでクリスマスパーティーをやろうとしていた。椅子も複数置かれていた。
ステージ中央奥には大きく傾いた屋敷の壁面が仕込まれていた。そして、そこに巨大なガラス張りの窓があった。この窓は開閉することが出来て外から窓を通して中に侵入出来るようになっていた。その窓の外には少し高くなった所に地面があって、外に人がいると客席からは下半身だけ見える作りになっていた。また、ステージ奥上手側には玄関に通じる捌け口があって、誰か屋敷にやってくるといつもこの捌け口から登場していた。
ステージ上手側の壁面には奥側にキッチンがあり、ガスコンロを捻ると水道の蛇口から水が出てきたり、その流しがあったりした。また、その手前側には2階へと通じる捌け口があって、決して階段になっている訳ではなく、人がしゃがんで通れるようになっている穴のような捌け口になっていて、それを潜ると階段があるという設定になっているようである。
また、舞台装置は全体的に、ダクトや壁面が至るところに設置されていて、ラストでそれらが傾いたり取れたりするギミックになっていた。チャズが首吊り自殺をして吊り下がる仕掛けが設置されていたり、ダクトから指輪をした腕が出てくる仕掛けが仕込まれていた。
また、天井の下手側には大きな月が設置されていて、これがおそらく人工の第二の月だと思われる。
このように非常に凝った舞台装置で眺めているだけで楽しかった。
次に映像について。今作では、オープニングと幕間時、そして第二幕の中盤にそれぞれ映像演出があった。映像が入るシーンになると、ステージの手前側に透明のスクリーンが降りてきて、そこに映像が投影される演出になっていた。
まずオープニング映像では、タイトルの『消失』や作のケラリーノ・サンドロヴィッチ、演出の河原雅彦の文字が入り、そして出演者の文字も登場するといった映像の使われ方をした。この辺りの映像の使い方は、「ナイロン100℃」のプロジェクションマッピングにも近い演出だった。
また、映像では物語の解説が文字で流れる演出が多く、オープニング時ではチャズとスタンリーの両親は36年前に離婚して家に戻ってこなかったこと、幕間の映像ではエミリアが車の修理業者に連絡しても応答がなかった出来事からガス点検のジャックが来るまでのあらすじの解説、そして第二幕の中盤では第二の月についての解説が流れた。
特に第二の月の解説での映像は興味深かった。実際にアポロ11号の月面着陸に見立てた映像を真似したのか、モノクロで人類が月面に到着したような映像を使いながら解説する演出が良かった。そういう演出があったからこそ、今作は冷戦時代を想起させられたのかなとも思った。あの映像は実際にどうやって作ったのか気になった。月面で宇宙飛行士たちがバタバタ倒れていく映像は、実際にこの作品のために特別に作らないといけない気がするのでどのように作ったのか気になった。
次に舞台照明について。
今作は本当に舞台照明の使い方が上手いなと感じた。序盤のクリスマスパーティーを準備している夜の中明るく照明をともしている感じの照明、第一幕の日中の照明、第二幕序盤の夕方の照明、第二幕後半の夜の照明と時間帯をしっかりとイメージ出来る照明だった。
また花火の照明がとても素敵だった。この演出は、「KERA CROSS」ではないが同じくKERAさんの作品で『世界は笑う』(2022年8月)でもあった。窓ガラスの外から白くパッと光る照明が入って花火だと分かる。しかし、花火ではなくてもしかしたら空襲なのではないかとか、色々な解釈も出来る余白も残されていて良かった。
あとは、下手側の天井に吊り下げられていた第二の月が赤く染まったりする照明効果も良かった。赤い月って不吉な感じするけれど、ちゃんとラスト直前で月が赤くなっていて事態を予見している感じが良かった。
次に舞台音響について。
比較的音楽が多めの舞台だと感じた。客入れ音楽もしっかりと入っており、最初はコメディ色も強いので陽気な音楽が多めのイメージだった。後半になるにつれて音楽は少なくなっていくが。
また、ラジオから流れるあの音質の悪い音楽が最高に良かった。序盤のシーンで、あのラジオから『きよしこの夜』や『アメイジンググレイス』が流れてくる感じが生ものの演劇らしさを感じた。『骨と軽蔑』でもラジオを使った音質の悪い音声をあえて流すことで雰囲気を出す演出があったが、今作でもそれが生きていた。たしかに、今作の設定を1950年代と捉えるとそういった演出は理にかなっているのかなと思える。少し諜報活動的な要素もラジオからは感じられるので作風にもぴたりとハマっていた。
また、玄関やトイレの方で声が聞こえるのを、役者の声を使わずに音声を流していたのも個人的には良いなと感じた。おそらく役者の動線の関係で、実際にその付近に役者が立って声を出すことが出来ないというのはあるのだと思う。役者も次のシーンのスタンバイがあったりすると思うので。しかし、その音声は観客には音声だなとある程度分かる。しかしそこを含めて演劇らしく手作りで演出してしまうことがやはり素晴らしくて好きな演出だなと思えた。
最後にその他演出について。
なんといってもギミックの多さには驚かされた。ガスコンロを捻ると自然と水道の蛇口から水が出てくる。どこかのスイッチを押すと、勝手に下手側の棚にいたおもちゃが動き出す。トースターが反応するなど、どのような仕掛けになっているか分からないが演劇だからこそ出来る演出がふんだんにあった。
そして、なんといってもラストシーンのグロテスクな感じもKERAさんの作品らしいなと感じる。生腕がダクトからいきなり出現してその指には指輪がはめられているというインパクト。このギミックの仕掛け自体にも興味があるが、そのグロテスクなビジュアルはKERAさんの演出らしいなと思う。
ステージ中央奥の窓ガラスを使った演出も素晴らしかった。そこから外の様子が分かるという構造を活かした演出も沢山あって演劇を観ている感じがする。外でチャズとスタンリーが抱きしめあっていたり、スタンリーとホワイトが抱きしめ合っていたりと、外の様子が分かる演出が具象的な舞台装置であるからこその演出で良かった。また、終盤には窓ガラス越しから雪がちらついていて、そういう外の光景まで手抜かりなく演出されているのも好きだった。
あと驚いたギミックは、スタンリーの体から蒸気が出る演出。あれどうやってやっているのだろうか。スタンリーの服の中にドライアイスを仕込んでいるのか、ドライアイスだと危険なので他の発煙する物体を仕込んでいるのだろうか、仕掛けが気になったがそういう演出を初めて観たので新鮮だった。
あとは、第二幕でジャックがガスの点検の作業員として登場する前は、場面転換中にモノローグを語る人物をロン毛のカツラを被ってやっていたのだが、あれはどういう演出意図だったのか気になった。あの時点で、ジャックはスパイであるという伏線だったのだろうか、気になった。
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
KERAさんの作品を「ナイロン100℃」の役者以外で拝見するのは「KERA CROSS」ならではだと思うが、皆素晴らしい芝居だった。
特に印象に残った役者について見ていく。
まずは、兄のチャズ・フォルティー役を演じた藤井隆さん。藤井さんの演技はシス・カンパニー『カラカラ天気と五人の紳士』(2024年4月)、PARCO PRODUCEのミュージカル『おとこたち』(2023年3月)、COCOON PRODUCTION『広島ジャンゴ2022』(2022年4月)で演技を拝見したことがある。
藤井さんはいつもお茶目な演技で笑いを取るような印象があるが、今作ではチャズという兄貴の役で、どちらかというと弟のスタンリーを引き立てる役が素晴らしかった。スタンリーのキャラもそうだし、ドーネンのキャラクターも濃いので、どちらかというと周囲の役を引き立てる感じで目立った感じはあまりなかったのだが、返ってそれが作品のバランスを保っていたように思う。
チャズとスタンリーはずっと兄弟だと思って途中まで観劇していたので、兄弟愛というものをずっと強く感じさせる作品だと思っていて、幼くして両親と生き別れしてしまったので、戦争もあってそんな辛い状況を強く二人で生き抜いてきたんだな、だからそれは普通の兄弟よりも強い絆で結ばれていくよな、なんて思っていたが最後にスタンリーはロボットだと分かるので完全に解釈が違ってくるなと思う。
たしかに、両親と生き別れしたとしても同じ兄弟が40歳以上になるまで同じ家で暮らすなんてありえないかとも思ってしまう。そんなに男同士は、特に兄弟だったらなりえないかなと。チャズは孤独だったからスタンリーというロボットを必要としたのだと思うと切なくなる。そしてスタンリーがロボットであるにもかかわらず、人間に限りなく近い感情を持ったロボットなので、好きな女性に恋をすることだってある。しかし、スタンリーを大好きな女性と一緒に暮らさせなかった、ビビを殺してしまったのはどうしてなのか。明確な理由は書かれていなかったと思うが、ロボットに対する嫉妬とも捉えられるし、ロボットに恋をしてしまったと女性に思わせないためにそうするしかなかったのかとか色々考えさせられる。
とにかく、そんな複雑なチャズという男性を見事に演じていたと思う。
次に、弟のスタンリー・フォルティー役を演じた入野自由さん。入野さんは、PARCO PRODUCE『ワタシタチはモノガタリ』(2024年9月)、『リア王』(2024年3月)で演技を拝見している。
今まで入野さんの演技は、どちらかというとチャラくてヤンキーな感じの男らしい演技が多くそれが似合っていた。顔立ちもボーイッシュな感じなのでそれがハマっているだろうというのもあった。しかし、今作ではスタンリーというどちらかというと純粋な少年のような男性役を演じていたのでそのギャップがまた良かった。
まずなんといっても序盤のクリスマスパーティーでホワイトと時間を一緒に過ごすことに心躍らせている姿がとても良かった。入野さんのそういう演技を観られたというのも新鮮だったのだが、そういう役も器用にこなされるのだなと感じた。流石に42歳の中年男性には見えないのだが、そこから今作の伏線だったのだなと思えた。非常に少年のように純粋な感情を持っていて、ホワイトという女性を喜ばせようと躍起になっている姿がとても印象だった。
また、最終的にはスタンリーはロボットであるのだが、ロボットを全く感じさせないくらい人間らしく演じているのも良いなと思う。むしろ、登場人物の中でスタンリーが一番感情的な存在なんじゃないかと思うくらい。そこがまた良かった。
そして、ドーネン役を演じた坪倉由幸さんの演技も素晴らしかった。坪倉さんの演技は、舞台『ジャンヌ・ダルク』(2023年12月)、ワタナベエンターテイメント×オフィスコットーネ『物理学者たち』(2021年9月)で演技を拝見している。
坪倉さんがここまでお茶目な役として芝居を観たのは今作が初めてだったかもしれない。ドーネンのあの話し方がとても癖になるくらい好きだった。台詞の抑揚の付け方や話し方、全てに惹きつけられる癖があって、キャラクターに魅力を感じてしまう。
最初は一見、ドーネンの立場がよく分からなかった、勝手にチャズたちの家に上がり込んで色々指図をして何者なんだと思っていたが、スタンリーを治療する医者であり科学者でもあった。
この役は、ドーネンという割とメインのストーリーにはなかなか組み込んでこないキャラクターなので、演じ方によってはあまり印象に残らずに終わってしまうこともあり得たとは思うが、そうはならずにちゃんと個性を発揮してあそこまで面白く演技出来るのは、流石坪倉さんだなと思った。
坪倉さんには、もっと別の舞台作品にも出て欲しいなと感じた。
あとは、ホワイト・スワンレイク役を演じた佐藤仁美さんも素晴らしかった。佐藤さんの演技は、初めて拝見する。
最初はスタンリーに対してムッとした態度で接していたが、徐々にスタンリーのことを好きになっていく姿がとても良かった。ホワイトもスタンリーと同じくらいラブストーリー的な要素で貢献している役者に感じていて、タンバリンとの思い出シーンを語る感じや、スタンリーとLIKEとLOVEの違いについて語るシーンは非常に印象に残るくらい素敵な芝居だった。
そしてラストのスタンリーが壊れてしまって、ジャックに連行される時に彼に追随して射殺されるシーンは胸を打たれた。
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)
ここでは今作の戯曲について個人的な解釈を記載して行こうと思う。
まず、チャズ・フォルティーは幼い頃に両親が離婚してしまって、この家を出て行ってしまった。チャズとロボットのスタンリーだけが自宅に取り残された。そこからどうやって両親がいない中生活してきたのかは描かれていないが、チャズとロボットのスタンリーでこの家に暮らしてきたことは間違いないだろう。
チャズの両親はチャズをその場に残して去ってしまったということは愛されてはいなかったのかもしれない。だからこそ、チャズは誰かを好きになって家庭を築くということは出来なかったのではないかと思う、だからずっと独身だった。しかし、ロボットのスタンリーを愛すことは出来た。もしかしたら、スタンリーがいたからこそチャズは誰かを愛すということを忘れずにいられたのかもしれない。
チャズはいなくなった両親が写るアルバムを大事にしていた。しかし、そこにはスタンリーの姿はなかった。スタンリーはロボットで家族の一員とみなされていなかったからだろうか。そして、その序盤の描写がスタンリーがロボットであるという伏線に繋がる。
ホワイトという女性は、かつて学校でタンバリンという男性から思いを告げられたことがあった。タンバリンは言ってしまえばいじめられっ子であった。そのいじめられっ子をホワイトは庇って被害に遭ったことがあった。まさかホワイトは、今までタンバリンを叩いてきた人たちから叩かれるだけでなく、タンバリンにも叩かれることになろうとは。だからホワイトは人を好きになるということに対してある種のトラウマがあった。だから最初はスタンリーもタンバリンと同じだと思っていた。
ところが、スタンリーのまっすぐな思い、ホワイトへの気持ちとずっと暮らしてきたチャズへの思いを正直に語ってくれる姿を目の当たりにしてきっと心を許し始めて好きになったのではないかと思う。
一方でタンバリンというのは、エミリアの離婚相手でもある。ホワイトと諸々タンバリンはあった後、彼は右目を失明してそんな不遇な彼を助けたいと、エミリアは彼と結婚した。
しかしタンバリンはエミリアと離婚をしてしまい、戦争が終わると第二の月が打ち上げられるというので、そこにタンバリンは移住してしまうことになる。
第二の月は、戦争によって環境破壊が進んで荒廃してしまった人類が移住できる新大陸的な側面を持って打ち上げられた。しかし、政府の予算の問題などから第二の月へ行くシャトル便は無くなってしまい、第二の月へ移住した彼らに物資を運ぶことは出来ず見殺しになってしまうことになる。
なんというか、この第二の月へ向かった人類と地球上に残り続けた人類というのは、地球上に広がったクロマニョン人とジブラルタル海峡を渡れなかったネアンデルタール人の構造とも似ているなと思う。どちらの人種も生存したいと願ったが、運に左右されていずれかは絶滅の道を辿ることになってしまう残酷さを表していると思う。
きっとエミリアは、第二の月に行ってしまってそのまま絶滅するしかなかった元旦那を思うと、きっと罪悪感を感じずにはいられなかったのだと思う。そして離婚したことを非常に後悔していた。
つまりホワイトとエミリアはタンバリンという男性を通じて繋がっている訳だが、どちらもタンバリンに対してトラウマのようなマイナスな感情を抱いて繋がっていることが分かる。
では、スタンリーの話に戻るとする。スタンリーはかなり人間に近しいロボットであり。自分もロボットではなく人間であるという強い自覚もあるが、一つだけLIKEとLOVEの違いを認識していなかった。人間であればLIKEとLOVEの違いは感覚として分かるだろう。LOVEというものこそ、その人が性的に恋愛感情を抱いて好きであるということだから。
しかしロボットはもちろん、性行為をして子供を作るということをしない。だからこそ、誰かを好きになることはあってもLIKEとLOVEを識別出来なかったのではと思う。
スタンリーはビビという女性をかつて好きでいた。ビビには指輪も渡したくらい結婚を前提に考えていたと思う。しかし、二人は結ばれることはなかった。今作で直接的に描いてはいないが、スタンリーからビビの仲を引き裂いたのは間違いなくチャズであろう。ホワイトがチャズに対して、ビビはどうなったのかという核心に迫ろうとした時に彼がホワイトを襲ったこと、そしてビビの腕がダクトから出てきた時に首吊り自殺をしたことからも推測される。
では一体、チャズはどうしてビビを殺してまでスタンリーとの仲を引き裂いたのだろうか。戯曲では、そのことについて明確に言及はされていないが2つ可能性が考えらえると思う。そしてその可能性は、チャズがスタンリーに対して本当に愛情を持っているのか嫉妬しているのかで変わってくる。
もしチャズはスタンリーのことを本当に愛しているのならば、このように解釈することが出来る。スタンリーは人間ではなくロボットである。そしてスタンリーは自分も人間だと思っている。だからビビと子作りをしようとするが、それが出来ないことを知って深い絶望を味わうことは目に見えている。そうなって欲しくないから、スタンリーには自分が人間であると思い続けていて欲しいからビビがスタンリーの元を離れたように仕向けたというシナリオである。つまり、チャズがビビを殺したのは、スタンリーを思ってのことだったということ。
そして、もう一つの解釈はチャズはスタンリーを実は恨んでいた、嫉妬していたという解釈から考えられるシナリオである。チャズは自分が幼い時に両親に捨てられた。だから真っ当に女性を好きになって結婚して家族を作る未来なんて想像できなかった。でもスタンリーはロボットだから、自分の両親がどうだったとかは関係なく人を好きになってしまう。そのことに嫉妬してチャズはスタンリーからビビを引き裂いたというシナリオである。
このように解釈を2パターン考えさせることが出来るのは、藤井隆さん演じるチャズが、比較的本心が分からないポーカーフェイス的な役として演技をこなしていたからこそ出来るものだと思っていて、改めて藤井さんの演技は素晴らしかったなと思える。
そして最後に、ジャック・リントについて触れて終わろうと思う。
ジャック・リントはラストまで行くと分かるが、管理局のしもべでスパイであった。まさにジャックは、戦争終了後の治安の悪くなった世界に潜むスパイ、つまり社会主義者のようなアカだなと感じてしまう。第二の月の月面着陸的な映像と戦争終了後の世界というだけでも冷戦時代を想起してしまうが、ここにスパイが現れてしまったら余計冷戦時代、つまり1950年代をイメージせずにはいられない。
興味深いのは、ジャックにも事情があることが一番ラストで描かれる。ジャックだって好きでスパイをやっている訳ではなく、好きでドーネンを射殺したりホワイトを射殺している訳ではない。ジャックの狙いは、ロボットであるスタンリーを捕まえることなのだと思うが、それは自分の生活を守るためでもある。だから解雇という言葉が聞こえた途端に顔色を変えていた。
悪に手を染めないと生活をしていくことすらできない。ライフラインもなかなか復旧しない、海洋汚染も激しいくらい荒廃してしまったディストピア世界において、何らかの手段にしがみついて生計を立てようとするジャックの姿がそこにはあった。非常に暗い世の中の象徴でもあると思う。
まだまだ考察しきれない箇所も沢山あるし、解釈出来てない箇所も多いが、戦争が他人事ではないご時世に今作を観られたのは良かったと思う。
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