山行記その3北穂高岳〜タイムマシンにお願い〜
上高地から涸沢へ。
この道を友人たち3人で辿ったのはもう30年近く前のこと。大学4年生の夏だった。
随分と前のことで、断片的にしか思い出せない。荷物が重かったとか、景色がきれいだったとか。部分部分の記憶がなんとなく蘇るけれど、共に歩いたはずのこの道のことは、ほとんど覚えていない。
まるで初めて通る道みたいだ。
別に封印していたわけでもない。何故だか山に足が向かなかった。すぐ近くに山があって、まるで職場のようないつでも行けるような環境だったことも、何となく敬遠してしまう理由だったのかもしれない。
また行こう、いつか登ろう、そう思っているうちにたちまち時は過ぎていった。
就職活動も終えていて、卒論に気が重かった時期だったことを思い出す。提出できなければ卒業も就職もなしになる。でもなかなか進められずにいた。
本当は卒業も就職もしたくない。ずっとこのまま仲間たちと遊んで暮らせたら。
結局死にそうな思いをして締め切りの1時間前に卒論を提出したのはその冬のこと。しどろもどろで口頭試問を乗り切り、ぎりぎりの成績でなんとか卒業して、僕は新しい道を歩き出した。
他の2人も一緒に卒業して、それぞれ都会で就職した。そういえば3人とも辞めずに、いい時も悪い時もあったろうけど、30年近く勤めている。
今でも何年かに一度は顔を合わせ、昔話や近況を語り合う。時は一瞬で遡り、出会った10代に、ともに過ごした20代に跳躍する。
そういえば思い出す。
いつも松本平から、東側から仰ぎみる常念岳を、涸沢で西側から眺めて、なんだか3人で感心したことを。
なんとも言えないしみじみとした思いに、3人ともとらわれたことを。
あれから長い時が流れた。
もうとても若いとは言えない歳になった。
いつもと反対側から見る常念岳。山の姿は変わらずそこにあるけれど、あの日々には二度と戻れない。あの時の思いと今はやっぱり違う。21の僕と50の僕は違う。成長したとか大人になったとか知恵がついたとかそういうことではなくて、ただそこに長い年月が横たわっている、そういうことだ。
山行記穂高編スタートです。
学生時代に仲間達と涸沢から奥穂高岳に登頂したのですが、今回は29年振りに涸沢を訪ね、初めて北穂高岳に登ってみました。天気にも恵まれてとても良い登山になりましたが、昔のことはあまりにも昔過ぎて、ほとんど思い出せず、ほぼ初体験のような感覚でした。若い頃は勢いだけでがつがつ登ってたのかも知れません。当時疲れた記憶はあまりなかったのですが、今回はさすがに少し疲れました。歳のせいでしょうか。20代の頃より今の方が余程鍛えてはいるんですけどね。