山行記その7 常念岳〜人生の街〜
初めてその名を覚えた北アルプスの山は常念岳だった。この街の西側に連なる山脈のうち、ひときわ目立つ三角錐が常念である。
この街に暮らすことになった十代の終わりに、初めて眺めた山並みと初めて覚えた山の名前。今でもその時胸一杯に吸い込んだこの街の空気と合わせて、その白き峰の姿を思い出せる。そしてその山は今だって同じ姿を僕の前に見せてくれる。
山は見る角度によって姿形を変化させるが、常念はこの街から見るのが最も美しい。日々の通勤でも外出でも晴れてさえいればいつだって、意識せずともこの山の頂点と均整のとれた二辺に視線が向かう。この山もまた長い年月、僕のこの街での営みを見つめてきた。愚かな所業も幸せな一刻も、僕という塑像が盛られ削られ、一人の人間が形作られる様を、否定も肯定もすることなく、ただ。
その意味において常念に登ることは己を見つめる旅でもある。頂には僕自身が待っている。何を話してくれるだろうか。
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