山行記その4 前穂高岳 〜It's a wonderful life〜
節目の歳を迎えて思い立ち、幾座かの山行を目標と定めたのであるが、思うに任せぬものはやはり天気だった。
こんなに身近な山なのだから、晴れの日を選んで行けばよいと、伸ばし伸ばしにしていたらもうすっかり秋である。天気がいい時は仕事の都合がままならず、青空に映える晩夏の山並みを、スーツ姿で恨めしく見上げることもしばしば。
いつかも書いた通り、時間と天候、諸々のしがらみが、山行の前に立ちふさがる。こんなふうにもたもたしているうちに、何も為すことのできぬまま年老いてしまう。
山は決して逃げないが、機会は逃げる。握った砂のようにさらさらとこぼれ落ち、いつか何もなかったことになる。
とはいえ無理をして安全を犠牲にするつもりもなく、必ず帰ってくることを優先事項としているので、天候は最も考慮すべき事由ではある。
しかしどれだけ好天予報の日を選んだところで、実際行ってみなければどうなるかは分からない。今回もそんな日だった。
前穂高から吊り尾根、奥穂高へと二泊三日でゆったり回ることを計画していたが、どうしても二日連続で晴れ予報にならず、台風情報もあったので行程を一泊に短縮し、奥穂高はまたの機会にすることにした。雨を回避しようとしたのに、結局山頂からの下りは雨模様になってしまった。
一枚岩を鎖を頼って下るような、急な斜面。慎重に足を置いてもスリップしそうな濡れた岩。足を滑らせれば数百メートル落ちていく。そうなったら助からないだろうな、ヘルメットから雨粒を滴らせながら、妙に醒めた気持ちで生死を考えた。万全な準備をして臨んでいるつもりでも、易々と自然は僕の命をどこかへ連れて行ってしまう。生きているか死んでいるかなんて、ほんの紙一重の差でしかない。
確かに、思うに任せぬものは天気なのであるが、その時になってみなければ分からないのも天気。
いい時も悪い時もある。それが登山。
人生も同じ。