【短編小説】山の上のアイス屋さん
「おーい、ぼく。アイス買ってきてくれよ。」
ブロック積みにトタンを渡しただけの古びたバスの待合所から男の声が聞こえた。
「ぼくのことですか。」
ぼくは、道にろう石で絵を描くのをやめて、振り返った。
「君しかいないよ。」
「なんでですか。」
「なんでって。こどもは大人の言うことを聞くもんだよ。おじさん暑くて動けないから、山の上のアイス屋さんに行って、アイスを2本買ってきてくれ。たのむよ。」
「山の上ですか。」
「そう、ここに100円あるから、2本買ってきてくれ。1本は君の分だ。あっそうだ。冷蔵庫の一番左奥のアイスにしてくれ。一番冷えてるからな。」
こわもての男だったので、これ以上逆らうとどうなるかわからないと思い、ぼくは、男から100円を受け取って山の上目指し坂を登り始めた。
「やけに急な坂だ。金さえ渡せば、ひとをこき使ってもいいと思っているのだろうか。小学生だと思ってバカにしているのかな。」
坂を登ると、やけに暑い。汗が噴き出してきた。
「アイスが食べたい。」
山の上には、アイス屋さんがある。アイス屋さんは、おばあさんが一人できりもりしていた。
おばあさんは、朝起きて、まず、仏壇に手を合わせる。最近亡くなったおじいさん、小学生の時に事故で死んだ雄一郎君、行方不明の雄一郎君のお兄ちゃん、みんなのために手を合わす。それが終わると、一人だけの朝ごはんだ。丸いちゃぶ台で、ご飯とみそ汁そしてお漬物を時間をかけてゆっくり食べる。やっと店に出てくると、ガラス戸を開けて、アイスの入った横長の冷蔵庫を表に引っ張り出す。山の上のアイス屋さんの開店だ。
ぼくは、山の上に着いた。目の前にアイス屋さんがあった。店の前には、横長の冷蔵庫が置いてある。「アイス1本50円(当たりでもう1本)」マジックで縦書きに書いた張り紙がセロテープで貼ってあった。
「こんにちは、アイスください。」
「はーい、いらっしゃい。今日は暑いね。冷蔵庫からどれでも好きなの取っとくれ。うちのは全部手作りなんだよ。当たりも付いて1本50円。さぁ、どれにしましょうね。」
ぼくは、冷蔵庫の中をのぞきこんだ。形や大きさが少し不揃いで、アイスの棒も右に左に好きな方を向いていたが、並べ方だけは、一列一列レンガを積むようにきっちりと並べられていた。50円は安いが、それなりの味かもしれないと思った。
「2本ください。」
ぼくは、一番左奥のアイスを2本取り出して、おばあさんに見せた。
「2本で100円よ。うちのは手作りだからおいしいと思うわ。当たりがでたら、もう1本。当たりが出るといいわね。」
ぼくは気が付いてたが、おばあさんは、ずーとぼくのことを見ていた。ぼくが冷蔵庫をのぞきこんだ時からずーとニコニコしながらぼくを見てたし、一番左奥のアイスを手でつかんだ時なんかは、はっとしたような顔をしていた。
ぼくは、おばあさんに100円を手渡すと、おばあさんは両手で包み込むようにして受け取った。
「ありがとう。当たりだったら、また来てね。」
アイスが溶けるといけないから急ごう。ぼくは、アイスを左手に持って、全速力で坂道を下った。
バス停に着いた。
「遅かったな。待ちくたびれたよ。こっちはおれ、こっちは君のだ。」
男は、アイスの包みをはがして、てっぺんからかぶりついた。
ぼくは、横からかじった。
「うーん、うまい。ここのアイス美味しいだろう。おばあちゃんの手作りなんだ。ひとつひとつ型に入れて凍らせて、包装も自分で包んでるんだ。」
「ほんと、おいしいですね。」
男は、棒にへばりついた最後の一口を舐めきった。
棒には、「いってらっしゃい」と書かれていた。
ぼくも、舐めきった。
棒には、「当たりもう1本」と書かれていた。
「やった、当たりだ。」
ぼくが喜んでいると、男は、ぼくの棒を取り上げた。
「2本ともおれが金を出したんだ。当たりはおれのものだ。君には、こっちの棒をあげる。」
ぼくは、「いってらっしゃい」の棒を押し付けられた。
男は、当たりの棒をティッシュでふき取って、上着の胸ポケットにしまった。
駅に向かうバスが来た。
「またな。」
男を乗せたバスが遠くに去って行った。
「いってらっしゃいか。」
ぼくは、棒を見つめた。
ぼくには、行く場所がない。学校に行きたくても行けないんだ。
次の日も同じ場所で、道に絵を描いていると、また、男の声がした。
「ぼく、アイス買ってきてくれ。」
今度は、当たりの棒と50円を渡された。
ぼくは、また坂道を登り、山の上のアイス屋さんに着いた。
「こんにちは。アイス2本ください、1本はこの当たりで。」
おばあさんは、またニコニコしながらぼくを見つめていた。
「当たったのかい、それはよかったね。さぁ、今日はどれにするかね。」
ぼくは、一番左奥のアイスを2本取り上げて、おばあさんに見せた。おばあさんは、昨日のように驚くことはなかった。
「当たり棒と、あと50円ね。今度も当たるといいわね。」
ぼくは、また坂道を全速力で下った。
「はい、アイスだよ。」
「ありがとう。さあ、食べよう。」
今度は男が当たりだった。
ぼくの棒には、「お元気ですか。」と書かれていた。
「暑い。もう1本食べたくなった。」
男は、当たりの棒をティッシュで丁寧にふいて50円といっしょに、ぼくに渡した。
そして、おばあさんにこう伝えてくれとぼくに耳打ちした。
坂道を登りながら考えた。男は、どうしてぼくにあの言葉を言えといったのだろう。でも、うまく言えるかな。
山の上のアイス屋さんに着いた。
おばあさんが、店の前に立っていた。
ぼくは、おばあさんの前に立って、おばあさんの目を見た。でも、男に頼まれた言葉がなかなか出てこなかった。
「おばあさん、・・・。」
その瞬間、おばあさんは、ぼくを抱きしめた。つよくつよく抱きしめた。ぼくは、おばあさんの割烹着にすっぽりと包まれた。
「雄一郎、大丈夫。もう、大丈夫だからね。」
おばあさんは、泣きながらずっとぼくを抱きしめてくれた。
だいぶ時間が経った。
やっと、ぼくは男から頼まれた言葉が言えるようになった。
「心配しないで。」
ぼくは、おばあさんからアイスを受けっとって、坂道を全速力で下った。
男と二人でアイスを食べた。
ぼくの棒は当たり。
男の棒には、「お帰りなさい」と書かれていた。
山の上行きのバスが来た。男は、ぼくから当たり棒を受け取ってバスに乗り込んだ。
バスは、坂道を登って行った。
ぼくは、ろう石を捨てた。
(おわり)
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