自分のnoteにつけた、『脱・無職物語』という名前
わたしのnoteには、名前がある。
もともとnoteよりも先にブログを書いていたんだけど。登録時にブログ名を入力する欄があるから、サイト自体に名付けることがあたりまえのような気持ちだったかもしれない。
ブログ名にはだいたい2パターンがあって、運営者の名前もしくは発信内容をもとにしたものが多い。例えば『Ami Blog』とか、『田舎暮らしのスローライフブログ』とか。
だからこのnoteをはじめるときに、まず最初に考えたのは名前だった。アカウント名は必要だけどnote自体は名前を決めなくていい、っていうのは後から知ったんだよね。
「仕事」や「働きかた」をテーマに書きたかったから、「ワークライフバランス」とか「フリーランスのフリーライフ」とか、そんなワードを使おうかなって考えてた気がする。
だけどなんだかしっくりこなくて。なんていうか、名前負け?名前から連想されるような文章を書けるイメージがわかなかったし、なんとなく自分に似合わないなって。
ブログとは違う、もっと等身大で書ける場所がほしくてnoteに来た。かっこよくなくていいから、ありのままの言葉で表現できるような。肩ひじはらずに読めて、日常にとけこめるような。そんなnoteにしたかった。
そこで考えに考え抜いて生まれたのがこのnote、『脱・無職物語』である。
じつはね、もともとは無職だったことをオープンにする予定はなくて。人生の中でも苦しかった時期だし、なかったことにしたかった。だって別に書かなければバレないし。
だけど、人生で一番たくさんのことを考えたのもこの無職期間で。劣等感とか焦燥感とか、悲しい悔しい苦しいとか。夜眠れなくて、朝日がのぼるころまで毎日ずっと、どうやったらこの日々を抜け出せるのか考えてた。
その暗黒期から脱出するのは、簡単じゃなかったけれど。それでも確かにこの1年は「自分なりにがんばってきた」と思える。そんな記録を、物語として書き残したいと思った。
ゲームみたいに「この扉をあけたらこの地獄から脱出できた!」ってわけじゃなくて。深い洞窟から少しずつ這いずり出てきて「あ、少し視界が明るくなってきたかも⋯」みたいな感じ。
いまだって、太陽のもとを毎日シャキシャキと歩くようになれたわけじゃない。気持ちの波が激しくて、スキップしたい日もあれば、また洞窟にもぐりこんでジッとしているような日もある。
それでも、無職だったわたしが無職ではなくなったこと。必要としてもらえる場所があって、それがとっても嬉しかったこと。そんな『脱・無職物語』を、こうして読んでくれる人がいること。
それが少しずつ、いまのわたしを支えてくれる。毎日を生きるエネルギーになっている。1年前の自分にこの話をしたら「なんだか楽しそうじゃん!」とびっくりされるかもしれない。
わたしのnoteには、『脱・無職物語』という名前がある。
無職を脱したわたしの、過去から現在をすべて文字にしてきた。物語はこれからも続く。いまは人生の第2章を生きているけど、どこかのタイミングで第3章がはじまるかもしれない。それらもすべて書き残していきたいな。
またね。