児童文学の誤解、本当は恐ろしい【ガリヴァー旅行記】岩波文庫チャレンジ84/100冊目
全く子供向けでない事を初めて知った、岩波文庫「ガリヴァー旅行記」。
「本当は怖ろしいグリム童話」が流行ったように、「本当は恐ろしいガリヴァー旅行記」があってもおかしくなさそう。やや違うのは、政治的なブラックジョークが主題のため、“ただ怖い“訳ではなく、ある程度複雑な事が理解できる脳力がいる。
冒険で訪れる架空の国(後述するが唯一実在の国、日本も出てくる)を舞台に、エゲツない風刺が展開され、いくところまでイってしまった印象。
読了後の今、逆に絵本の内容がどうだったか気になっている。
冒険の舞台(リリパット、ラピュタ、日本など)
冒険好きなガリヴァーは、幾度も航海に出かけるが、ほとんどの場合遭難するか海賊に襲われるかして不思議な国に辿り着く。
国の言葉を覚えるまで滞在し、大抵は彼国・我国の政治論議で滞在を終え、次の冒険に向かう。もちろん再び遭難して次の国へ辿り着く。
小人の国リリパットを訪れた次は巨人の国。ここまでが知っていた国で、まさかこの先に空飛ぶ島・ラピュタが出てくるとは思いもよらなかった!
調べてみたら、
宮崎駿監督「天空の城ラピュタ」は、空飛ぶ島という共通点から島の名前ラピュタを拝借したらしい。ご存知の用に物語は全く違う。読んで分かった事だが、ガリヴァーの方は物語が主軸ではない。
パズーがガリヴァーの事を言っているセリフがあるらしいので、映画をまた見たくなった。さて、ガリヴァーの方でも島の描写が出てくるが、これはジブリのラピュタが映像で記憶にあるため、かなり想像しやすい。ふむふむ。あのラピュタだ〜♪と胸踊る。
翻訳で、ラピュタとは「Lap高い」+「untuh統治者」が訛った言葉として紹介されている。映画に馴染み深い私ちには、それね!となる。
その後、全員魔法使いの国、不死人間がいる国を巡り、イギリスへの帰国途中に日本に立ち寄る!日本へ寄っていたことも知らなかったので、ページ数は多くはないが読んでいて楽しかった。
最後に衝撃的な国へ訪れるのだが、これはまた後ほど。
ブラックのわけ
最初に訪れる小人・巨人国あたりは、童話だと思って読み始めた事もあり・・思ってたより難しい・・という思考が邪魔して正直なかなか読み進まなかった。
「卵は大きい端から割る派か、小さい端から割る派か」という話題。
最初読んだ時は何のことだかさっぱり分からなかったが、訳注によればローマ・カトリック対プロテスタントの争いを指すのだそうだ。
どちらでも良いような意見の相違、どちらから割ろうが大した問題でもなければ正解もない。暗に宗教戦争をどうでも良い争いとして皮肉っている。これが作者ジョナサン・スウィフトのスタイル、というのが分かってから一気に面白くなった。
こういったほのめかしも多いが、バッサリいく箇所もある。
段々と著者の趣旨が分かってくると、次は何がくるだろうか!とワクワク。
唯一登場する実在の国、日本
ガリヴァーは帰国する前に日本へ立ち寄る。その名もザモスキへ上陸。三浦半島観音崎?下総?という説があるようだが、はっきりは分からないようだ。
そしてオランダ人と偽って江戸へ行く。日本史が分かれば、この記述で時代背景が分かる所も楽しい。
ヨーロッパで唯一オランダとの交易を許したのは、キリスト教の布教を行わなかったから。当時の政策トップには、宣教師が「布教という名目」で訪れては、アジア各国を植民地にしているという世界情勢を見抜く能力があった。
どこまで布教を本来の目的にしていたかどうかは闇の中。「原住民を改宗させるため宣教師を送り込み、ある程度人数が揃ったところで軍隊を送り、改宗者が現地政権に反抗するように仕向ける」という戦慄の手口が存在していたのもまた事実(参考:「アメリカの鏡・日本」)。
秀吉・徳川の時代に行われたキリスト教弾圧は、ただ弾圧したのではなく、侵略と結びつく宣教師を危険視していた事による。外交以外でも一部のキリスト教信者が寺社に放火するなど、過激行為に及んだ事も理由。
教科書で習った時、なぜかヒーローだと思っていた天草四郎も、こうして見れば違う側面も窺える。やはり人によって真実は異なるのだと実感。一方に正しい事は他方で悪であり、その逆も然り。歴史は自分の頭で見るしかない。
当時のトップが鋭い時代感覚の持ち主だったからこそ(そういう人物だったからトップに着いたとも言える)、日本はアジアで唯一独立を保てたのかもしれない。
もちろん現在において、キリスト教が危ないという事は全くない、という事は一応添えておこう。信仰の自由が保障された現代は400年前と違って当然。
ガリヴァーに戻れば、各地に植民地を持っていた当時世界最強のイギリスが、日本の状況を的確に把握していた事になる。踏み絵の描写が多い事からそれとなく知れる。
調べたらこんな本があるようなので、別の機会に読んでみたい。
さて脱線しましたが、
最後はナンガサク(長崎)まで無事送り届けられてイギリスへ帰郷。
最後に行き着くその国とは(原作に興味がある方は読み飛ばし推奨)
ここまで来る頃には、これ以上何があるのかと、これ以上のブラックが他にあるのかと、そういうマインドになっている。
話を進めるにつれてブラックが濃くなるからだ。
だが安心して欲しい。
最後はちゃんとふっとばされる。
ブラックジョークは割と好きだが、面白いという次元を超えて凄まじい。行くところまでイッたのはここ。
★★★ここからネタバレを含みます★★★
最後に訪れるのは、人そっくりの野蛮な動物:ヤフーが馬に飼われているという「猿の惑星」的な逆転世界。そうきたかー!と思わず叫ばずにはいられなかった。
ここでもガリヴァーは何年も過ごす内に馬と意思疎通ができるようになり、馬の世界について学ぶ。人間世界にありふれる「嘘、権力、政府、戦争、法律、処罰」などという野蛮な言葉が存在しない平和な世界。
高邁で利口な馬たちは、争いが好きなヤフーをとても嫌っている。ガリヴァーも平和な馬の世界と自分の国を比較して、段々と馬の世界に憧れるようになる。
そしてヤフーと同じ姿かたちをしている自分が嫌になっていく・・最終的にイギリスへ戻る事になるが、すでにヤフーの世界には馴染めない。
人の世界に戻っても、作者が全ての人間をヤフーと呼び続ける事に何とも言えない余韻がある。つまり、人ではなく動物。
ここで気になった人もいると思われる。Yahoo!とはまさか・・
という事でGoogle検索の結果を下に入れておく。
「
ちなみに「Yahoo!」という名前は、一般に「Yet Another Hierarchical Officious Oracle」の略称であるとされている。 創業者二人によれば、これはスウィフトの『ガリヴァー旅行記』に由来する「ならず者」(yahoo)という意味の言葉が元になっているという。
」
なんという重さ・・
日本の所で、400年経てば時代は変わって当然!と書いたが、世界を見渡せば、人と人の争いはなくなっていない。人が争いを止めるのはいつなのだろうか。
全体を通してトマス・モア「ユートピア」を感じる所があるが、スウィフトの愛読書だと知って納得。本書は風刺だけでなく、示唆に富む言い回しも多い。ここでは書ききれなかったが、興味を持たれた方は一読の価値あり。
ただ、ブラックが効いているのと、最初の内は読み下すのが割と難しいと思ったので、覚悟のある人にだけおすすめしたい。ラピュタや日本が出てくる3話から読むというおすすめの仕方もできる。
岩波文庫100冊チャレンジ、残り16冊🌟
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