【断片小説】東京の術師たちの物語⑤
急に警視庁まで尋ねてきた四戸。何しにきたんだ?俺の身辺調査か?俺が生まれつき能力があって爺ちゃんが死ぬまで宵ノ会に未登録だったことをかぎつけてここにきたのか?何か罰を与えるために?どんどんネガティヴな方向に妄想が広がっていく。俺は沈黙に耐えきれず四戸に問う。
「ただの妖霊部の刑事に宵業が何の要だ?」
四戸はまた何かを言い淀む。やはり耐えきれず俺は詰め寄る。
「何?あの火災事件を手伝えって?それとも俺に何か罰を伝えに来たのか?」
「罰…?」
思いもよらないといったような顔をした四戸に俺は安心した。お咎めに来たのでは無いらしい。じゃあやっぱりあの火災の件か?それとも一番関わりたくない今朝のストーカーチックな男の件か。
「今朝も言ったが、火災事件の捜査を手伝って欲しい。」
「嫌だって言ってんだろしつけー奴だな。」
わからないという顔をする四戸。宮廷に関わるかもしれない事件。しかもあの宵業との合同捜査。確かにこの条件を見れば妖霊部刑事なら活躍して昇進に一歩でも近づきたい気持ちが勝る。
だが俺は、
「俺は平穏に暮らしたいの。だから交番勤務が良かったのに気づけば妖霊部だ。そもそも、俺は“こっち側”には近づく予定なんてなかったんだよ。」
四戸ポカンとして俺を見る。珍しいのだろう。こうして能力を持ちながら術師として武勲を上げたくない関わりたくないと言う俺のような人間は。
だが俺は生まれつきこの業界にいる術師ではない。能力は元々あったが宵ノ会に長い間加入せず一般人として過ごしてきた歴が長い。特殊なものが見えて特殊な能力を使う一般人。特殊だからって特殊に生きなくてもいい。俺は普通の人間のように暮らしたいだけだ。
「事情は知らないが、宵ノ会に加入した以上、九曜会から命令された任務は果たさなければならない。妖霊部なら尚更。自分の上官の顔を潰すのか?」
四戸が煽るように詰めてくる。なるほど、俺1人を立川に向かわせたのは警察ではなく九曜会か。それはそうと、
「上官がなんの関係がある?」
「妖霊部の部長も代々九曜会一客だ。」
それは知ってるが、俺その部長とやらに会ったこと無いし。石留係長が無事ならそれ以外は割とどうでもいい。
「部長がどうなろうと俺は知ったこっちゃない。そもそも会ったことないし。」
「なんて失礼な。お前の上官だろ。」
やたらと上の立場の者を気にする四戸。自分の上官でも無いのに。術師界全体がそうだが、権力者に付き従う上下関係がハッキリしている。ザ・階級社会だ。だからこの業界で言えば俺みたいなのが異質なのだろう。俺の態度に呆れたのか癇に障ったのか、四戸は立ち上がり俺を冷たい目で見下ろした。
「もっと芯のある奴だと思ったんだがな。」
「見込み違いで悪かったな。」
「…宮廷が絡むと知って怖じ気付いてるのか?情けない。術師になる気はなかった?妖霊部の刑事になる気もなかった。なんだ?イヤイヤ期か?じゃあ、お前は何がしたいんだ?嫌だと言いながらその場に留まり、自分で世界を変えようとしない。いつまでも本気を出さない。失敗するのが、物事に真剣に取り組むが怖いのか?情けない。術師である前に、社会人なら自分の生き方に胸張れるように今を生きてみろ。嫌なら辞めちまえ、こんな妖霊部刑事なんて。お前に救われる一般人も払われる妖霊も可哀想だ。」
そう捲し立てて四戸は出て行った。俺は図星を突かれた。俺自身も自覚してた。だが、それを他人に指摘されるのは辛いものだ。情けない。
出会って間もないよく分からない四戸ここまで言われて正直腹が立ったが、奴の言ってることは正しい。俺がずっと言い訳しながら生きてきたんだ。
完全に俺の落ち度。ああ、情けない。情けないのは事実だが、このままだと思われるのはムカつく。言われっぱなしは性に合わない。
気づけば俺は地下の駐車場に向かっていた。鍵を開けて乗り込む。エンジンをかけて車を発進させた。ちょうど、立川方面へ向かおうと思った時だった。
「待ってたよ。」
俺1人しか乗っていないはずの車に聞き覚えるのある声。俺は驚いてハンドルにかける手がぐらついて車が蛇行する。
「おい、危ないな。しっかり前見て運転しろ。」
後ろから手が伸びてきてハンドルを固定される。俺はバックミラー越しにその腕を伸ばしてきた奴を見ると、四戸がいた。
俺を散々煽って誘き出す算段だったのか。チクショウ、やられた。ていうか、
「なんでお前いつも勝手に他人のプライベート空間に侵入するんだよ?!」
俺は流石にキレた。だが四戸はお構いなしに後ろから助手席へと移動してくる。
「あ、こっちくんな!おい!話聞いてんのか?!」
俺の言葉を無視して助手席に移動が完了した四戸はようやく口を開く。
「お前、何故あれが火の気を引く術師の結界だと分かった?」
「開口一番それかよ?!まず謝れよ!」
「何を?」
マジでわからないという顔の四戸。もういい、コイツに分かってもらうだけ無駄か。俺は諦めて四戸の問いに答えることにした。
「ああいう結界を見たことがある。」
「見たことがある?俺も見たことがある。そこらの術師と変わりないだろう?」
四戸の言う通り、一見普通の結界だ。だが術師やどの気を引いてるかによって微妙に差が出てくる。一般的に、ただの結界では見分けがつかないらしい。だが俺にはなんとなくなわかる。ほぼ勘だが。結界の色というか、出方というか、雰囲気というか、気の巡りがわかる。
そしてそれと同じような結界を俺は見たことがある。係長の結界だ。昨日肉まんを温めて持ってきた時に直前まで肉まんの周りに結界を張っていた。たぶん保温とか蒸気を逃さないためだろう。
あの現場で見た結界は係長の結界とよく似たものだった。火の気を引く呪力の特徴がよく出ていた気がする。
「あれは火の気の呪力を持つ者が作った結界だ。あれは間違いない。」
「根拠は?」
「勘。」
「お前は刑事のくせに勘で仕事してるのか?」
「うるせー、これが俺のやり方なの。」
四戸は半分呆れていたが、四戸のルートから探った関係者と俺のルートで探って出てきた関係者が合致したらしい。だからまぐれとは言え、俺の捜査資料を信用したんだろう。
「だが、火の気を引く術師だと先に特定したとして、その後はどう絞った?」
「宵ノ会の名簿に火の気の術師で前科がある者を検索した。その中で、呪符を使用して遠隔術が得意な術師で絞った。」
「呪符はわかるが遠隔操作?何故?」
「あの部屋には特徴的な呪符があっただろ?お前が持ち帰ったやつ。そして遺体があった以外の部屋はそれほど焼けていなかったが不自然に呪符だけが焼けこげていた。呪符に直接着火もできるが複数同時となると遠隔操作した可能性の方が高い。」
四戸は呪符の件は理解したようだ。だが遺体があった部屋に関しては納得が行かない様子で俺の式神を勝手に使って読んでいる。俺はそれを察して推理の続きを話す。
「遺体の部屋には2枚の呪符があった。おそらく上に貼られていたのが他の部屋にあったものと同じもの。下にあった真新しい焦げていない呪符は別のもの。それはおそらく呪符ではなく遺体に直接発火させるための呪符。」
俺の説明の裏付けとなる資料へと四戸の手が移動するのがわかった。それを確認して俺は続ける。
「ここで疑問が出る。遠隔着火できるなら他の部屋に着火せずとも最初から遺体だけを狙えば良かったのに。」
最初疑問だったが、犯人が複数いてそれぞれ違う犯罪を犯していると仮定した場合はどうだろうか。
「犯人が複数いるとしたらどうだ?しかもそれぞれが違う目的の。」
「違う目的?」
「最近流行りだろ?闇バイト。個別のバイトがいつのまにか一つの犯罪に加担し直結してる。」
「じゃあ犯人は複数いて、それもどいつも人を殺してるとは思っていないってわけか?」
そこが微妙なポイント。分かっててやってるのは1人くらいいそうだけど。じゃないと明確に遺体だけを焼くことはできない。前に係長が言っていた。加熱する時は対象を認識していないとできないと。
「遺体に着火した術師は明確に狙って分かっててやってると思う。だけど呪符に着火した術師たちはもしかしたら遊びか何か。撹乱のために犯罪に加担させられたなんて思ってないのかもしれない。」
「呪符に着火した奴らの動機はバイトか遊び感覚か。じゃあ遺体に着火した奴の動機は?」
それが分かったら逮捕してるよ。なんて軽口は口が裂けても言えない。だって被害者はコイツの父親らしいから。