【百年ニュース】1920(大正9)8月23日(月)第7回オリンピック、アントワープ大会で日本が2個の銀メダルを獲得。日本史上初の五輪メダル。テニスのシングルで熊谷一弥(三菱銀行)が銀、ダブルスでも熊谷・柏尾誠一郎(三井物産)組が銀を獲得した。本大会の獲得はこの2個のみ。
日本史上初の五輪メダルをもたらしたテニスの熊谷一弥(29)は優勝候補の一角。レイモンドとのシングルス決勝戦は深い霧のコンディション。近視の熊谷は頻繁にタイムをとり眼鏡を拭ねばならなかった。このわずかな差で敗れたと言われている。同年6月ウィンブルドンでの清水善造の活躍と併せ日本のテニスの飛躍が評判に。
翌1921(大正9)デビスカップでは熊谷一弥,柏尾誠一郎,清水善造の日本代表が準優勝(日本の決勝進出は現在に至るもこの1回のみ)。熊谷は三菱合資会社銀行部ニューヨーク駐在員。全米ランキングは最高3位(1919)。当時1位のジョンストン、2位チルデンと名勝負を繰り広げた。1968(昭和43)没,享年77。
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