【ショートショート】#1 出世部屋
「お客さま、こちらの物件はいかがでしょうか?」
俺は就職して上京することになり、今日は都内の不動産屋に来て物件を探している。
東京なんて滅多に来ないから土地勘が無く、ネットでなるべく相場が安いエリアに狙いを定めて探している。
初任給は低く、当面の間は安物件で何とかやりくりするしかないと思っていた。
「この物件だと月8万円か・・・駅近だけどちょっと高いですね。」
「さようでございますか。」
不動産屋で一緒に物件をしてくれているのは、新卒の俺と大して年齢が変わらない女性だった。
この子で大丈夫かなという一抹の不安を覚えた。
「お客さまのご予算ですと、今の物件が一番安いのですが・・・。」
え、8万円が一番安いだって?嘘だろう?こっちは事前にネットで調べてきているんだから!
「いやあの、これより安い物件、いくらでもありますよね?こちらはそちらの会社のHPで物件に目星をつけて来たんですけど。ネットの情報は嘘ってことですよね?」
デタラメにもほどがある!このお姉さん、仕事できんのか?
怒りのボルテージが上がり、他の不動産屋へ足を運ぼうと決心したとき、この女性店員が、
「それなら仕方ないですね。お客さまのためにHPには掲載していない物件をご紹介します。」
と提案してきた。
ん?掲載していない物件?
「そんな物件あるんですね。どんな物件ですか?」
「こちらです。」
見せられた物件は何の変哲も無い、どこでもあるような3階建てのワンルームマンションだ。しかも間取りが狭くて20㎡もないようだ。
一点気になったのが、金額が書かれていないことだった。
「こちら少々お高いのですが・・・月20万円となります。」
初任給のほとんどが家賃に消える。
「えっ?こんな狭い部屋で20万円?田舎者だと思ってバカにしているんですか!」
心の底から怒りを覚えた。こっちは地元の期待を背負って上京してくるんだ。舐められてたまるか。
「お客さま、落ち着いてください。これは本当に特別な物件なんです。信じるか信じないかはお客さま次第ですが、この物件は別名『出世部屋』と言われています。」
「出世部屋?」
「はい、ここに住むと100%出世します。こちらに入居していた方々はもれなく栄光を手にしています。」
本当か?それ。にわかに信じがたい。
「でも今は空いているんですよね?出世しなかったから怒って出て行ったんじゃないですか?」
「いえいえ、前の入居者は途中で部屋の恩恵が必要なくなったと言ってお引っ越しされました。」
たしかに、出世したらこんな狭い部屋に住まなくてももっと広い部屋の引っ越すだろうな。
ただ、月20万円か・・・それは出世するまでの辛抱かな。
「出世」という言葉に目がくらんだ俺はこの物件に飛びついた。
「分かりました。こちらに入居します。でももし出世しなかったらクレーム言いますからね。」
「承知いたしました。その際には遠慮なくお申し出ください。では契約書をご用意しますね。」
俺は4月から都内にある中堅のIT企業に就職し、例の『出世部屋』から電車で通勤し始めた。
内見せず勢いで契約したのだが、思っていた以上に狭くジメジメしており、日もほとんど差さない部屋。
でも、日中はほとんど仕事でいないし、寝て起きる部屋だと思って我慢するしかない。
それから何ごとも無く半年が過ぎたある日、大学時代に趣味で作成した、巷によくある家計簿アプリを社内で披露したところ、あれよあれよという間に社長にまで話が上がり、
「君、天才なのかね?こんな世界に誇る人材が田舎の大学に埋もれていたなんて。なんて日だ!」
それから話がどんどん大きくなり、何とアメリカのS&P銘柄に選出されるほどのIT企業から、そのアプリを買わせて欲しいという提案があった。
その金額は「100億円」
・・・桁が大きすぎて実感が湧かないが、何というスピード出世だ!!
その話を聞いた夜、帰宅した「出世部屋」を見渡した。
整理整頓が苦手で、服や漫画、大人向けの雑誌等が散乱していて見苦しい。
あの不動産屋のお姉さんの話は本当だったんだな。まさに「出世部屋」だ!!
そのときスマホの着信音が鳴った。
マッチングアプリからの縁で最近できた彼女からだった。
「すごい契約交わしたんだってね!」
詳細な買収金額までは言わなかったが、大金が入るということは事前に伝えていた。
「ならその部屋から引っ越しして一緒に住まない?その部屋何だかジメジメしているし昔の部屋独特の臭いがするから苦手なんだよね~。」
たしかにそうだな。
大金が手に入るなら、もうこの部屋の役目は終わりだな。
都内のタワマン、いや、これからはアメリカだ。アメリカに豪邸を建ててそこを拠点に起業しよう!!
俺は引っ越しを決心した。
それから2年後。
田舎から上京してきたある大学生が不動産屋を訪れた。
「うーん、良い物件はすぐに埋まっちゃうんですね。どうしようかな。」
良い物件がなく悩んでいると、応対している女性店員が、
「それなら仕方ないですね。お客さまのためにHPには掲載していない物件をご紹介します。」
と提案してきた。
「これは特別な物件なんです。信じるか信じないかはお客さま次第ですが、この物件は別名『出世部屋』と言われています。」
「出世部屋?」
「はい、ここに住むと100%出世します。こちらに入居していた方々はもれなく栄光を手にしています。」
「でも今は空いているんですよね?前の入居者は何で引っ越したんですか?」
「前の入居者は途中で部屋の恩恵が必要なくなったと言ってお引っ越しされました。」
「なるほど。その人はよく説明を聞いていましたか?」
「どうでしょうか。『出世する』と話をしたらすぐに契約していただきました。」
「そうなんですか。でもお姉さんは『入居していた方々』と説明しているので、『入居していない』なら恩恵は受けられないと思いますが・・・違いますかね。」
その大学生が尋ねると、女性店員は何も言わずただ微笑みかけるのであった。
(2,409文字)
今回のショートショートは以下のマガジンに収めています😌