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【ショートショート】巡り合い旅館

「予約を承りました。」

大手の旅行予約サイト「にゃらんこ」から宿泊の予約を入れた。
旅行好きでいつも友人たちと行くのだが、今回の旅行は一人旅だ。

大好きだった彼氏と別れたことからの傷心旅行。
友人たちは誘わず、山あいの温泉宿でとことん一人で過ごしたかったからだ。

初めての一人旅行なので少々不安だが、それ以上に失恋による心の痛みが激しく、とにかく今の生活圏から抜け出したかった。

三日三晩泣き続けた後のひどい顔で予約サイトを眺めていると、「お気に入りの宿」という欄に、ある旅館が掲載されていた。


「巡り合い旅館」


画像を見たところ、全てAIが生成したような画像ばかり。

なんか胡散臭いなあと思ったが、自宅がある都内からもアクセスは良さそうだし、先月の京都旅行で友人たちと散財しまくり手元資金が心許なく1泊二食付きの旅館としてはリーズナブルな値段だったので、ここで良いかということで、ポチッとクリックした。



旅行当日。
電車を乗り継いだ後、途中からレンタカーを借りて目的地へ向かう。

季節は晩秋。
山から吹き降りてくる風が、心の傷をえぐるかのような冷たさを感じた。

早速カーナビを設定すると、なんだか道の無いような場所が設定された。


こんなところに道なんてあるの?


旅館の住所は間違いなくここだ。
多少の不安を感じたが、きっと道があるのだろうと思い、そのまま車を走らせた。


山間の道を走らせていくと、「有料道路入り口」という看板に差し掛かった。
入り口側に料金所が無いことから、きっと出口に料金所があるのだろう。

入り口から始まる急坂を登って行った。


有料道路を走っている途中、カーナビを見ると、有料道路から外れた小道に入るようだ。

カーナビを示すとおり、その小道に入っていったが、地元の人しか入らないような舗装されていない林道が奥深くまで続いていた。

これ、大丈夫なの?


胸の中の不安な気持ちが頂点に達しようとしていたとき、急に目の前が開けた。


そこには昭和の時代を思わせるような古い建物がひっそりと佇んでいた。


「目的地に到着しました。ルートガイドを終了します」



カーナビの声を聞き終わる前に車から降りていた。


こんな山の中にある旅館、他に宿泊客はいるのかしら。


建物に近づくと、


「巡り合い旅館」


という看板が掲げられていた。
中でチェックインしようと、



「やあ、いらっしゃい!!」



不意に後ろから声がかかり飛び跳ねるほど驚いた顔で振り向いた先に、和服姿の女性が立っていた。


「驚かせてしまってごめんね!この『巡り合い旅館』は日によって旅館の主が変わるんだよ!面白いでしょ!」


ポカンとしているワタシをよそに話す女性。


「あーごめんごめん!申し遅れましたが、本日の女将です!」


顔を赤らめたその女将。
年齢はワタシとあまり変わらないように思えた。


どこかで会ったような気がする。


この若女将にワタシの奥深くに眠っている遠い昔の記憶が蘇りそうだったが、どうしても思い出せなかった。


「では、部屋を案内するからついてきてね!」


女将に言われるままついていったのだが、そういえば旅館の主が変わるとかなんとか言っていたがどういうことなんだろうか。


「お客様のお部屋はこちらです!」


女将が部屋の戸をガラガラと開ける。


その部屋は、間取りは10畳の部屋と4畳の小部屋となっていた。
山奥だが日当たりは良く、晩秋なのに暖房がついていなくても人の温もりのように暖かく感じた。


「ゆっくりしていってね」


若女将がそう言うとサッと部屋から出ていった。


なんか妙に馴れ馴れしいなあ。
でも不思議と不快感はなく、友人と話している感覚だった。


その後、旅館のお風呂に入ったり、中を歩き回ったりしてみたが、他のお客様はおろか、旅館の従業員すら見かけなかった。


不思議に思いながらも部屋に戻り、読書したり外をぼーっと眺めたりしていたら、あっという間に辺りが暗くなってきた。



「お食事をお持ちしました!」



外から急に元気な声がしたので、ワタシは部屋に用意してあった『夢』とだけ書かれた饅頭を畳に放り投げてしまった。



「お待たせしました!」


若女将が運んできたものを見てワタシは大きな瞳をこれでもかというくらい見開いた。




運ばれてきたのは、




肉や野菜、牛乳などの『ままごとセット』だった。




ワタシは顔を上げて若女将の顔を見つめた。




「トモちゃん、気づいてくれたかな?」



女将の顔をじっと見つめたとき、ある名前が思い浮かんだ。


「なっ、ちゃん?」



その名前を呼んだと同時にワタシの目から涙が溢れて頬をつたった。

『なっちゃん』と呼んだ女将は、満面の笑みを浮かべた。


「トモちゃん、私が思っていたとおりとっても素敵な大人になったんだね」



『なっちゃん』

それはワタシの家の近所に住んでいた幼なじみの女の子だった。

親同士が仲が良かったこともあり、ワタシとなっちゃんはお互いの家を毎日行き来した。
おままごとをしたり、かけっこしたり、なわとびしたり、毎日毎日遊んだ。


毎日が楽しかった。


でもそんな幸せな日々は、ある日あっけなく終わった。


なっちゃんの家族が旅行先で交通事故に遭い、両親とともになっちゃんも帰らぬ人となってしまった。まだ5歳だった。




「逢えてうれしかったよ」


溢れた涙で顔がくしゃくしゃになっていたワタシは、頷くことしかできなかった。


「トモちゃん、失恋してとっても落ち込んだんだね。私は恋する前に死んじゃったからトモちゃんがとてもうらやましいよ」


なっちゃんがそう言うと、ワタシの手をぎゅっと握りしめた。


「この旅館はね、死んだ人がどうしても逢いたい人に一度だけ逢えるよう神様が願いを叶えてくれる旅館なの。私ね、トモちゃんにどうしても伝えたいことがあったの」


なっちゃんがそう言うと、急に周りがまばゆい光りに包まれはじめた。




「私の分まで精いっぱい生きて」








・・・まぶしいな


ワタシは周りの光りに目が慣れてきたときに、自分がベッドの上で横たわっていることに気がついた。

ママが幼稚園がどうのこうのと言っているようだが、目を覚ましたばかりのワタシには内容が耳に入ってこない。




「ママ〜」


寝ぼけたままのワタシはママに話しかけた。










「なっちゃん、明日おでかけしたら死んじゃうから絶対止めてね」



(2,500 文字)



■今回のショートショートは以下のマガジンに収めています😌

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次回の「よしまるショートショート劇場」は、2月8日(土)よる9:00に投稿します✨️



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