「もっと学びたい」「ここは私の居場所」と思える日本語教室にするために[34]
私が日本語教室で授業をする上で、学びや子どもたちをどのように捉えて授業をしているかについてまとめました。日本語サポートの対象者は、小学生から高校生の年齢(一部大学生)までです。授業内容は、年齢相応の日本語力を身につけること、帰国の準備として日本の学校で求められる学習言語を鍛える、日本の高校入試(国語や小論文など)あるいは一部大学生の文章力を鍛えるトレーニングをしています。
学習者と一緒に授業を創るという意識
授業は対話を中心に展開します。私が高校で働いている時から心がけていることなのですが、常に子どもたちへの「問いかけ」を大切にしています。
対話を中心に置くということは、相手と対等な立場であると考える必要があります。子どもにとって、私は何かを教えてくれる人(ティーチャー)ではなく、自分の勉強を見守ってアドバイスしてくれる人(サポーター)だと思ってもらうようにしています。
日本語教室では、それぞれの目的があるとはいえ、「日本語の力を身につける」場所だという合意が取れていれば、授業の内容もある程度子どもたちと話し合って決めることができます。
しかし、それはすべてを子どもたちに任せるということではありません。海外での日本語学習というのは、時には忍耐力も必要です。そのため、毎回の授業で日本語のスキルを鍛えるために必要なトレーニングを課しますが、それ以外の楽しく学ぶことを主体とする活動に関して、自分たちで決められる余白を残しておくということです。
子どもたちが授業に慣れてくると、少し道から逸れようとすることがあります。
日本語教室が充実感のある楽しい場所であるためには、あらゆる「人の心」や「物」を大切にする気持ちを持ち続けなければなりません。
これは先生と子どもの関係以前に、個人として大切なあり方だと考えています。
一生懸命に学習を楽しんだり、授業をよくするための話し合いについては積極的に容認していますが、関係のないことでふざけたりすることに対しては厳しく指導しています。
そうすることによって、ほんの少しの緊張感を維持しながら、子どもたちが安心して学習に気持ちを向けられるという環境づくりにも配慮しています。
生徒の「学校+日本語教室」という苦労を理解する
日本語がマイノリティである環境の中での日本語学習は、子どもにとって苦痛を感じる時があります。
学校が終わって疲れているというのにまた勉強しに行かないといけない、とネガティブな気持ちで教室に来てしまうと教室での学びのクオリティが低下してしまいます。
「そこは我慢!」という考えもあるのかもしれませんが、人間の脳は嫌なことに対してはネガティブな反応しかできないようで、学習効果が低いことも分かっています。特に幼い年齢の子どもの場合は、なぜ日本語を勉強しないといけないのかが分からないままのことも多いことかと思います。
しかし現実としては、日本語に限らず言語は積み重ねが非常に重要です。続けていくために必要なのは、家庭の協力と子どもたちの好奇心や楽しいという気持ちです。
そのため、子どもたちにとっての日本語学習の一歩目は「楽しい」というイメージを持ってもらい、「ここは自分らしさを表現できる場所だ」という自分の居場所を感じてもらうところから始めるのが大切だと考えています。
年齢や性格にもよりますが、小学生の場合、低学年から中学年ぐらいの子どもたちは、とにかく日本語を使った遊びなどを積極的に取り入れて、他の子どもとの関わりを大切にして活動自体を楽しくすることに重点を置きます。
もちろん教科書を使ったり、文字の練習も取り入れていますが、子どもにとっては「遊び」を感じる空間にしています。
最近の活動例を紹介します。
「クイズ大会を開こう!」と子どもたちに言うと嬉しそうな反応を示してくれます。そして、「教科書(や絵本)を読んだ後にクイズを出すから、お話の内容をよく覚えていてね」と声をかけるだけで、とても音読が丁寧になり、読む活動への集中力が高まります。
この活動が全ての子どもたちで上手くいくわけではないので、子どもたちの様子を観察しつつ、どのような活動が良いのかを常に考えています。
高学年の年齢になるまでは、日本語に触れることは楽しい、この教室には自分の居場所があるとたくさん感じてもらいます。そして、高学年ぐらいになると、自分のやりたいことや学びに対する意識がはっきりとしてくるので、日本語を勉強してどうなっていきたいかを話し合い、どういう勉強の在り方を望むのかについて一緒に探すところから始めるようにしています。
正しいかどうかよりも「子どもの努力」に注目する
私が担当させていただいている小学生のお子様の中に、海外の生活が長く、日本語の勉強をずっと海外でやってきたという子がいます。
その子は、漢字テストやこれまでにどんな話を読んできたのかをほとんど覚えていないというのです。それは高校生を教えている時も同じで、与えられた学びはほとんど残っていませんでした。1・2年生で積み重ねてきた「現代社会」「世界史」「日本史」の学びを、3年生の「政治経済」で活かそうとしても生徒はほとんど覚えていないのです。
年齢が上がるにつれて、入試など周囲の流れに合わせて行動しないといけないことが増えていきます。しかし、その時がきた時のために、私はテストをして忘れる学びを与えるのではなく、日本語学習に対するポジティブなイメージと学習姿勢を作っておくことが大切だと思っています。
つまり授業を進めていく中で、できないことに目を向けさせるのではなく、自分が達成できたことやこれまでにやってきた学習の量を見てその努力を全力で褒めるということです。それによって、子どもたちには学習への前向きな気持ちが生まれ、次も頑張ってみようという勇気が生まれます。
学習に対する自分の考え方を伝えておく
日本語の学習を始める前に、私は必ず「勉強は人にやらされたのでは意味がないと先生は考えている」と伝えています。それは、子どもに押し付けるという雰囲気で伝えるのではなく、私がこれまで生きてきた中で感じたこととして伝えます。
その代わりに、子どもたちから提案された「この勉強をやってみたい!」という気持ちにはとことん寄り添うことにしています。
例えば、漢字にチャレンジしたい!と言う提案があった場合には、「どんな文字を書いてみたい?」と聞いて、自分の名前を書いたり友達や家族の名前、身の回りのものの漢字を書く活動を取り入れます。一生懸命に書いている姿を見ると、こういった活動も大切だと感じます。また、好奇心や集中していた時に書いた文字は定着率も高く、次の授業で聞いてみても意外と覚えているもので驚くことが多いです。そして、子どもたちは「もっとやりたい」と言って学習を進めていきます。
子どもによって考えていることは一人ひとり違いますが、自分の意思でないとしてもみんな「やらないといけない」ということは薄々感じているようです。私もそれに同意していることを伝えた上で、「どうせやらないといけないなら、楽しく日本語を勉強できるように一緒に頑張ろう!」と言葉をかけつつ、学習を一緒にやっていくという気持ちを持ってもらえるような言葉がけを心がけています。
ポジティブな気持ちで授業を受けられるように
私は子どもの気持ちに常に「共感」するよう心がけています。
時には日本語の勉強に気が向かない時もあるでしょう。気持ちが向かない時というのは、子どもに限らず大人でもあることだと思います。そんな時は無理をさせず、少し気分を変える取り組みをしたり、これまで頑張って書いてきたノートなどを見返して頑張ってきたことを褒め称えるようにしています。
すると、自然と子どもは気持ちを受け止めてもらえたことによって安心し、やっぱりやってみようかなという気持ちになれたりします。どうしても気持ちが向かなさそうな時は、今日はせめてここまでは頑張ろうかと言って、学習する量を調節します。
日本語をやってよかったと思えるように
文字を書く練習の場合、書き順や止めはらいなどについて、こだわりすぎないようにしています。子どもにとって、一生懸命書いた文字を「減点方式」で見てしまうよりも、丁寧に書けたとか大きくて迫力があるなど「加点方式」で声かけをしています。つまり、できていないところではなく、良かったところを褒めるようにします。
ただ、間違っているところや訂正の必要がありそうな場合も、一度書いた文字は消すことはしません。子どもが書いた文字と見本を見比べたりして、「何か違うところはあるかな?」や、「こうした方がかっこよくない(あるいはきれいじゃない)?」とさりげなく指摘することはしますが、基本的には書くこと自体を楽しんでもらいます。
書くことが楽しいと思うようになると、自分で丁寧に書こうとする子どもも出てきます。また、日常生活の中では家の中ぐらいでしか、日本語を見る機会がない子どもが多いので、とにかくできたことや覚えていたことを褒めるように心がけています。
日本語を海外で勉強することはとても大変なことだと思います。そのため、大人がその大変さに共感するところから始まり、日本語を学ぶことによって新しい友達ができたり、新しいことも発見できる楽しみを感じてもらうことで、一緒に乗り越えていこうというスタイルで授業をしています。
最後までお読みいただきありがとうございました。