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書評|『アイデアのつくり方』ジェームス・W・ヤング

年に数回、読み返している本がある。デイヴィッド・オグルヴィ『ある広告人の告白』『「売る」広告』、ジョン・ケープルズ『ザ・コピーライティング』、ロッサ―・リーブス『USP』、そしてジェームス・W・ヤング『アイデアのつくり方』。どれも言わずと知れた古典的名著だ。

つねに手を伸ばせば届くところに置いていて、頭がこんがらかってきたときなどに、気分転換するために読んでしまうのが、この『アイデアのつくり方』。持っているのは阪急コミュニケーションズ刊の初版第65刷。1986年印刷版からの日本訳だが、書かれている内容は昭和36年、すなわち1961年に出された改訂版日本訳の原著と一字一句変わっていないそうだ。原著の初版が出版されたのは1940年というから、版を重ねながら80年以上も読み継がれていることになる。

アメリカの『アドバタイジング・エイジ』に掲載された広告のヘッドラインは〈一時間もあれば読んでしまえるが、生涯あなたの心を捉えて離さない本〉。解説や訳者あとがきも含めて100ページ程度。ヤングの手で書かれた「まえがき」から「最後の段落」「二、三の追記」までは50ページほどしかない。

かつてはヤングもアイデアは〈だしぬけに私たちの心の表面に現れてくる〉と考えてきたという。しかし、ある有名雑誌社の広告部長から〈アイデアをあなたはどうして手に入れるか〉と質問されて、うまく返答することができなかった。それで考察をはじめ、ある公式をみつけたのだという。

私はこう結論した。つまり、アイデアの作成はフォード車の製造と同じように一定の明確な過程であるということ、アイデアの製造過程も一つの流れ作業であること、その作成に当って私たちの心理は、習得したり制御したりできる操作技術によってはたらくものであること、そして、なんであれ道具を効果的に使う場合と同じように、この技術を修練することがこれを有効に使いこなす秘訣である、ということである。

ただし〈説明は簡単至極だが実際にこれを実行するとなると最も困難な種類の知能労働が必要〉であり、〈この公式を手に入れたといっても、誰もがこれを使いこなすというわけにはいかない〉のだと打ち明けている。つまり訓練が必要になってくるのだ。

知っておくべき一番大切なことは、ある特定のアイデアをどこから探し出してくるかということではなく、すべてのアイデアが作り出される方法に心を訓練する仕方であり、すべてのアイデアの源泉にある原理を把握する方法なのである。

アイデア作成の基礎となる原理について、大切だと思われることは二つ。
〈アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない〉
〈既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きい〉

だから事実と事実の間の関連性を探ろうとする心の習性がアイデア作成には最も大切なものとなるのである。

アイデアを生み出す目的で心を使う、その技術は意識していようがいまいが、つねに用いられているのだという。しかも修練することで能力を高めることもできるそうだ。
ヤングは〈この心の技術は五つの段階を経過してはたらく〉とする。

第一 資料集め――諸君の当面の課題のための資料と一般的知識の貯蔵をたえず豊富にすることから生まれる資料と。
第二 諸君の心の中でこれらの資料に手を加えること。
第三 孵化段階。そこでは諸君は意識の外で何かが自分で組み合わせの仕事をやるのにまかせる。
第四 アイデアの実際上の誕生。〈ユーレカ! 分かった! みつけた!〉という段階。そして
第五 現実の有用性に合致させるために最終的にアイデアを具体化し、展開させる段階。

これがアイデアの作られる全過程だが〈実際にはこの第一段階がどんなに無視されているか〉〈私たちはいつでもこれをいいかげんでごまかしてしまおうとする〉と指摘する。深く掘り下げていくことによってくアイデアを生むかもしれない関係の特殊性が見つかるもの〉であり、けっしてないがしろにしてはいけないはずなのだが。

ヤングによると〈私がこれまでに知り合った真にすぐれた創造的広告マンはみんなきまって二つの顕著な特徴をもっている〉。第一に〈彼らが容易に興味を感じることのできないテーマはこの太陽の下には一つも存在しないということ〉。第二に〈彼らはあらゆる方面のどんな知識でもむさぼり食う人間であったこと〉。ツイッターの広告名言BOTでおなじみの〈広告マンはその点、牛と同じである。食べなければミルクは出ない。〉という有名なフレーズはここで登場する。

第一の段階で諸君は食料をあつめた。第二の段階ではそれを十分咀嚼した。いまや消化過程がはじまったわけである。そのままにしておくこと。ただし胃液の分泌を刺激することである。

すると〈第四の段階を経験することはまず確実である〉。そして最後に〈そのアイデアを、それが実際に力を発揮しなければならない場である現実の過酷な条件とかせちがらさといったものに適合させるためには忍耐づよく種々たくさんな手をそれに加える必要がある〉。すると〈驚くことが起こってくる〉と……。

良いアイデアというのはいってみれば自分で成長する性質を持っているということに諸君は気づく。

この本を書いて、ヤングは詩人、画家、エンジニア、科学者といった広告界とは全く別の分野の〈創造家〉たちも含め、読者から〈この処方箋に従って成果をあげた〉という数多くの手紙をもらったそうだ。〈経験を直接的間接的にたえず広めてゆくことはアイデアを作成するどんな職業にも極めて大きな影響力をもっている〉のだ。

私はこれまでに何百回となく実際の行為を通じてこの原則の真実性を確かめてきた。

〈広告の中には諸君が年をとらなければ書けないようなもの〉もあるという。例にあげるのは〈夫婦、子供の親、ビジネスマンその他〉だ。

年輪を重ねるということは、諸君が活動的でいきいきとした感情生活を放棄しない限り、諸君の貯蔵庫を豊富にするのにかなり役立つものである。

人生にどのように向き合うか。生きる姿勢が問われているようにも感じる。
〈資料が豊かに貯蔵されてすばやく事物の関連性を発見し、非常に早くアイデアをつくり出しうる心を生み出す〉のも修練あってこそ。
〈このアイデア作成過程に修正を加えたいと思うような本質的な点は何ら見当たらなかった〉というヤングだが〈もう少し詳細に説明すべきだった〉としていることがある。それは〈言葉〉。ヤングによると〈言葉はアイデアのシンボル〉だと。

言葉を集めることによってアイデアを集めることもできるのである。

日本が誇る開高健先生の〈読め。〉からはじまる編集者マグナ・カルタ九章が頭に浮かぶ。

〈編集者マグナ・カルタ九章〉
読め。
耳をたてろ。
眼をひらいたままで眠れ。
右足で一歩一歩歩きつつ、左足で跳べ。
トラブルを歓迎しろ。
遊べ。
飲め。
抱け。抱かれろ。
森羅万象に多情多恨たれ。
補遺一つ。女に泣かされろ。

右の諸原則を毎食前食後、欠かさず暗誦なさるべし。
御名御璽 開高健

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