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【詩】ある日の心象スケッチ

記憶がふと弾け、鮮明になる
霧のようにけぶった乳白色の視界の中に
境目を失ったものたちが蠢いている

何かが私の深奥をノックする
誰だ
手の届かない場所を叩いているのは
別のものはもっとかすかに
かりかりと私の深奥を引っ搔いている

私にはその正体が判然としない
奇妙に自己主張を続けるものたち
そのくせ、とてもひそやかなものたち
静物画のようにひっそりとしている
死んでいるのだろうか
もの言わぬものたち

モノ
物体としての痕跡
見きわめようとして沈む
深い霧に飲み込まれる
心の中に濃霧注意報が発令され
霧・霧・霧……ホワイトアウト

(反転)

死者たちの世界から
この世のあらゆる現象は隔絶されている
透明なかなしみと奇妙な身軽さが支配する
ここでは声なき声が宙を切り
あらゆる濃密な存在感を放棄する代わりに
無限に身軽だ

ひょう、と風が吹いている

記憶の不可解な海の中で
混じり合い、溶け合い、形を変えて
鮮明で見たこともない風景が生まれた

崩れていくたくさんの見馴れたものの結合体
大波のように押し寄せる途方もない喪失感と
引き潮に似たいさぎよい諦め
がらんとした心に映るのは新規に書きこまれる風景

言葉にされることもなく移りゆく様々の感情
その心の行方を見守っている
時間の経過とともに変化していく模様を
ただじっとここにいて見送っている

意味など追いつくこともできない
既知の概念にとらわれることなく
意味づけの間をするりとすり抜けて
そう、それはまるで
コンテンポラリーアートを見るよう
ただその不思議なかたちを心に映している


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