『神隠しと日本人』(小松和彦 著 角川ソフィア文庫 2002)読書感想文
拉致問題のような国際問題から近所の誰かがいなくなったなど、現代でも失踪事件を耳にすることがある。ただ僕(たち)は、失踪事件の話題に触れたときに、「神隠しかもしれない」などとは思わない(だろう)。しかし一方で、「神隠し」というものが言い伝えや昔話の中に存在していることも知っている。では、「神隠し」とは何なのだろうか(何だったのだろうか)。そんな疑問のヒントないし答えが書いてあるのかもしれない、と興味が湧き、本書を購入した。
著者は文化人類学・民俗学の研究者だ。本書の目的は神隠しの真相を暴くものではなく、神隠しの「内容」を明らかにすることだと著者はいう。「内容」とは、神隠しの実行犯はいかなる神か?どこに隠されるのか?神隠しにあった人はどのような体験をするのか?といったものだ。
本書の内容も上記の目的に沿って構成されている。1章では神隠しの事例が紹介されている。2章では、様々な神隠しの共通点から神隠しの類型化を行っている。3章では「いかなる神か?」という点について、神隠しの実行犯である天狗や狐などについて書かれている。4章では「どこで?どのような体験?」について、つまりは神隠し先である「異界」について書かれている。最後の5章では、それまでの内容や歴史的背景を踏まえて、神隠しの正体についての推測が行われている。
本書では全体を通して、様々な神隠しの事例が取り上げられている。それらの事例を読むだけでも大変興味深い。しかし、なんと言っても本書の特徴は、研究者の視点で神隠しに対して様々な考察がなされていくことである。神隠しにはどのような特徴があるのか?どのような機能があるのか?といったことがあぶり出されていく。
著者は、現代人は異界を「捨てた」「失った」、と書いている。この点が印象に残った。確かに、私たちは失踪事件が起きた際、「神隠しだ!」とは思わないだろう。それは私たちがいつ間にか、異界を捨ててしまった表れだと解釈できる。
著者によれば、高度経済成長期以降、神隠しの話は急速に姿を消してしまったようだ。なぜ経済成長や都市化の波によって、異界は崩壊せねばならなかったのだろうか。この点については本書では議論されていなかった。
失ってしまった異界にはどのような世界が広がっていたのか、人々はその異界にどのような機能を持たせていたのだろうか。こういった点について、研究者の考察と共に、考えることができる一冊である。
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