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珠玉集

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心の琴線が震えた記事
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2023年6月の記事一覧

『伊豆の舞妓』:ピリカ文庫/創作大賞

目に見えぬはずの歪みを闇に感じる程の生ぬるい風を受けながら、私は旅宿の二階部屋にて窓の格子に寄りかかり目を凝らしていた。時折聞こえる蛙の声が薄暗い部屋にこだまする。時刻は後小一時間ほどで午前零時を回る。傾く朧月に目を配り、浴衣を鼓動で揺らす。何処までも続く闇の中にほんのりと菖蒲の彩が浮かび上がると、カラカラと鳴り響いていた蛙の声が一瞬にして消えた。私は息を殺し、ごくりと咽を鳴らす。次第に大きくなる彩が旅館を灯す電燈に照らされ、初めて和傘の形がくっきりと闇に咲く。その刹那、傘の

201.母の刺繍

先日、noteでテレサさんの「第3回 母の刺繍展」が開催されると知り、吉祥寺のギャラリーに伺いました。テレサさんのお母様は、現在93歳、半世紀にわたり欧風刺繍を続けてこられたそうです。その素晴らしい展覧会に伺い、大変感銘を受けました。 テレサさんのお母様は、「おんどり刺しゅう研究グループ」の一員として作品をお作りになり、銀座を中心に作品展をなさってこられた方で、雄鶏社の出版物にも作品が掲載されていたそうです。多くの作品が額装された状態で保管されていると知り、是非とも実際この

がんばんなさいよ

「"がんばれ"ってあまり人に言わない方がいい」 「無理に頑張らなくていいんだよ」 昨今の社会ではそんな言葉をよく聞く。 確かにそれもそうだと思う。 頑張る、特に無理をして頑張ると何かしらの負担がかかり、心や体に支障をきたすこともある。 それはわかっているのではあるが、人には頑張って立ち上がらなければいけない時もあるし、何かを頑張ったことで自分の未来が開けていく時もある。 そして私には、自分がしょんぼりした時に前を向けるような特別な「がんばれ」がある。 それは祖父から何度と

私が感じた家族の距離とやさしさを、父とじいちゃんの姿から考える

私はあまり自分の育った家族について話すのは得意ではない。自分の家族をあまり好きではないからだと思う。だからといって嫌いだとかそういうワケでもない。 ただ本当に表現の仕方がわからない。 よく読む家族の話や、ほんわかする出来事を目にして、仲良しに描かれるその物語がどこか羨ましく、素直に読めずに疑念を感じてしまう。 それを悪く感じるとか、嫌悪するとかでもない。ましてや否定しているとかそういう風には思われたくはない。 だから、自分の気持ちを知るためにも書いてみようと思った。