おわりは、はじまり。#23
10月の始まりを告げる朝の風は、どこか冷たく、夏の名残をすっかり吹き飛ばしていた。私はお気に入りのカフェで、窓際の席に腰を下ろし、温かいカフェオレを一口飲む。ほのかな苦味とミルクの優しさが口の中で広がり、なんとなく心が落ち着く瞬間だ。
「また、一歩ずつ進めばいい」
自分に言い聞かせるように、その言葉を心の中で繰り返す。彼と別れてから3か月。私たちの関係はいつの間にか崩れてしまった。お互いに気持ちが離れていく瞬間が、じわじわと心に染みてくるように感じたあの日々。どうしてあのとき、もっと素直になれなかったのかと考えることもあったけれど、今はもう、それも遠い過去のことのように思える。
「大切なのは、前を向いて進むこと」
ビジネスの現場で、いつもクライアントに伝えてきた言葉だ。失敗しても、挫けそうになっても、また新しいステップを踏み出せばいい。それが人生の流れだと。
ふと、カフェのドアが開く音がして、私は顔を上げた。入ってきたのは、一人の男性だった。背が高く、眼鏡をかけていて、どこか落ち着いた雰囲気を持っている。私の視線と彼の視線が一瞬交差し、彼は軽く微笑んで席に着いた。
「新しい出会い、か…」
そう呟いて、自分の中に湧き上がる期待に少し驚く。別にすぐに恋愛を求めているわけではない。だけど、こうして誰かと目が合っただけで、心が少し揺れることがあるのだと知ると、なんだか不思議な気持ちになる。
「今日は仕事のことは忘れて、少しゆっくりしよう」
そう心に決めて、私は手元にあった雑誌をめくり始めた。ページをめくる音が心地よく、静かな時間が過ぎていく。その瞬間、ふと顔を上げると、さっきの男性がこちらに近づいてくるのが見えた。
「すみません、ここ、誰か座りますか?」
驚いて彼を見上げると、彼は柔らかく微笑んでいた。「いえ、大丈夫です」と答えると、彼は丁寧にお礼を言って向かいの席に腰を下ろした。
「ここ、いいカフェですね。初めて来たんですけど、落ち着く感じがします」
「そうですね。私もここが好きで、よく来るんです」
会話はそれだけで終わるかと思ったけれど、なぜか不思議な安心感が彼にはあった。少しずつ言葉を交わすうちに、彼が最近転職してきたばかりだということや、この街に慣れていないことを知った。
「転職、勇気がいりますよね。でも、何かを始めるのに遅すぎることはないって、私は思います」
彼は私の言葉に少し驚いたように目を見開いたが、その後すぐに優しく笑った。「そうですね。新しいことを始めるのに、何も終わりなんてないのかもしれません」
その言葉に、私は心の中にあった小さな灯火がまた一つ灯るのを感じた。彼との会話は心地よく、少しずつ私の中にあった過去の痛みや未練を溶かしていくようだった。
「また、このカフェでお会いできるといいですね」
帰り際に彼がそう言ったとき、私は思わず「ええ、また」と答えていた。その瞬間、秋の風がカフェの中に吹き込んで、二人の間に新しい何かを運んでくるような気がした。
季節は移り変わる。でも、終わりは新しい始まりのためにあるのだ。そう、恋愛も人生も、そしてビジネスも。大切なのは、一度途切れても、また新しい一歩を踏み出すこと。
10月の風が、私の背中をそっと押してくれる。
「また、ここから始めればいい」
私の心に、小さな決意が生まれた。