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トロント日本映画祭で「銀河鉄道の父」を見た話。
6月8日の夜、何年ぶりかで自宅以外の所で映画を見た。トロントの日系文化会館(JCCC)で開催された「Toronto Japanese Film Festival」の初日に、相方と行ってきた。
20数本の面白そうな最近の日本映画が勢ぞろいしている中で、なぜ初日の作品だけを選んだか。その理由は簡単だ。宮澤賢治に関係した作品だったからだ。日本では今年の5月に公開されたようで、国外で公開されるのは、このフィルム・フェスティバルが初めてだそうだ。
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「銀河鉄道の父」(監督・成島出、原作・門井慶喜、脚本・坂口理子、主演・役所広司、菅田将暉、森七菜、等)
宮澤賢治の父・政次郎(役所広司)を主人公にして、賢治(菅田将暉)の誕生から死までの間に、家族をめぐって起きた出来事をいろいろ紡ぎ合わせた作品。本編の筋とか内容などに触れるのは、まだ見ていない方々のカンに触るといけないので避けたい。
ただ私の大雑把な感想は、この映画はとてもまじめで良心的だと思ったこと。賢治の父親を中心として家族像を描くとしたら、当然のごとく、まじめににならざるをえないとも思う。
歳とともに、私の涙腺もすこぶるゆるくなったと見え、大いに泣かされた。詳しくは書かないが、賢治の妹トシ(森七菜)と賢治の祖父(田中泯)がからむシーンでは号泣したくなったが、周囲を慮って”忍び泣き”にした。
会場にだいぶ早めに着いたのだが、入口前で行列がズラーっと続いているのでびっくりした。過去に、初日だったと思うが、主演の人気俳優や監督などが出席されたことがあって、私もこれを密かに期待していた。ほかの多くの観客も、たぶん同じことを期待していたのだろうか。実際には、ほんとうは成島出監督が出席予定だったのが、急にドタキャンになり、ビデオ出演による挨拶に替わった。
日本の人気アニメ作品の上映で長蛇の列ができるというのは、容易に理解できるが、宮澤賢治の一家を描いた作品で、この行列というのは驚いた。
★ ★ ★
私は若い頃から宮澤賢治のファンだった。筑摩書房がずーっと昔に刊行した「宮澤賢治全集」(全11巻)を、50年前に東京からカナダに持ってきて、今も自宅の本棚に全巻、並んでいる。
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この全集には、ほろ苦い青春の思い出が込められている。
当時、私は講談社で働いていた。小学生時代の同級生の女性、Tさんは筑摩書房に勤務していた。
彼女は家族が富山県から東京に引っ越しをし、転校生として私たちのクラスに編入された。確か5年生の時だったと思う。
小学校を終えると、彼女は名門の私立女子大付属の中学に進んだ。静かでとても頭のいい女性だった。
いい大人になったある時、Tさんが筑摩書房で働いているということを知った。私は、同じ出版業界で働いているという口実で、彼女に接近したいという下心を持った。何かきっかけはないかと思案した結果、宮澤賢治全集全巻を買いたいので、社員割引みたいなのはないかなどという問い合わせをした。
細かいいきさつは思い出せないのだが、ある夏の一日、私は筑摩書房まで赴き、全集全巻を彼女の手から受け取ったのだ。あの重い全集をどうやって運んだのやら、それも今となっては思い出せない。
彼女への接近策はそれきりで、その後、何の進展もなかった。
で、茶色く変色してきた全集は、今も私の書棚の最上階に鎮座している。
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