「話しかけるか迷う雰囲気」をぶち壊せる人になりたい
「あ、話しかけようかな。でも話しかけるほどの距離感じゃないや。」っていうときに、自分から話しかける人になりたい。
例えば、学校に通学するときを思い出してほしい。通学路を歩いていると、前方5メートル先にバスケ部の先輩が歩いている。
追いついて、挨拶した方がいいな。いやでも、挨拶したら、残り15分の通学タイムを一緒に過ごすことになる。そんなに話がもつ自信がない。
とはいえ、「タカシ先輩、おはようございます!」と元気に挨拶して抜き去っていく勇気もない。よし、ここはこのままの距離を保って学校へ向かおう。そうしよう。
…いや、タカシ先輩歩くの遅っ!追いついてしまうやないかい。めちゃくちゃ遅く歩いてるのに追いつくわ。やっぱ挨拶しようかな。いやでも無理。
みたいな思考になったことはないだろうか。こんなに悩むなら、最初に思い切って声をかけたい。その方が、残りの通学路を苦しまずに歩けると思うんだ。
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このあいだ、こんなことがあった。
ぼくには行きつけの洋食屋がある。物腰が柔らかく、瞳が湖のように澄んだおじちゃんが切り盛りしている。
「うまい、安い、早くはない」という惜しくも三拍子は揃わない。でも地元のサラリーマンに愛されているお店だ。
店主のおじちゃん(以下マスター)の人柄も好きだ。目玉焼きハンバーグを頼んだとき、目玉焼きの形が崩れていることがあった。
特に気にせず目玉焼きを口にしようとすると、マスターがキッチンから顔を出した。バツの悪そうな表情をしている。
「目玉焼き失敗しちゃった。ごめんね〜。だから2個にしといたよ〜。」
漫画だったら「てへぺろっ」って書いてある顔。かわいすぎる。あんたの虜だよ。ぼくはその日にマスターへの忠誠を誓い、店に通い続けた。
そんなハートウォーミングな洋食屋に久々に足を運んだ。すると、店内が真っ暗だった。まさか。そう、お店は閉店していた。コロナの影響だろうか。膝から崩れ落ちそうになった。居場所が1つ、なくなった。目玉焼きハンバーグがもう二度と食べられないことはもちろんだが、マスターに感謝の気持ちを伝えられなかったことがショックだ。「おいしかった」ってあと1回くらい、言わせて欲しかった。そしたら顔をクシャッとして笑ってくれただろうに。
そんな悲しみに暮れながらも、その日は洋食屋の向かいにある和食屋に入った。
「いらっしゃいませー!」
ハリのある、元気な声の店員さんが出迎えてくれた。ふと顔が合うと、お互いに「あれっ」と一瞬、時が止まった。
彼女は、閉店してしまった洋食屋のウエイトレスさんだ。洋食屋から和食屋にジョブチェンジしたんか。店近いもんね。料理のジャンルは遠いけどな。
しかし、お互いに何か言葉を交わすことなく、無難に空いている席を案内された。
そう、マスターとはおしゃべりを楽しむ間柄になっていたが、ウエイトレスさんとは一言も話したことがない。お互いに「あの人だよな」とは認識しているが、気軽に話しかけるほどの距離感でもない。
そう、絶妙な距離感で「話しかける」という行為を選択することは、勇気がいる。ただ判断するのは一瞬だ。その機会を逃してしまうと「話さない関係」に着地してしまうことがある。「おはようございます」って最初に言わなかっただけで、学校までの道のりは他人として息苦しく歩き続けなきゃならないときがある。
そんなのは嫌だ。直感的に思った。コロナでただでさえ色んな人との「つながり」を感じることが減った。マスターの店がなくなることでも「つながり」は1つ減った。もうたくさんだ。
ウエイトレスのお姉さんがお茶を運びに来てくれた時に、お腹に力を入れながら、そっと口を開いた。
「あの…向かいの洋食屋さんで、働いてたお姉さんですよね?」
お姉さんは一瞬驚いたように口を丸くした。そのあとすぐに、花のように明るい笑顔を向けてくれた。
「そうです!お客さんですよね!こちらのお店にも来てたんですね。まだこっちで働き始めてから、4日目なんです!」
2人を包み込んでいた「距離感を探り合う空気」が一瞬にして晴れた。「話していいんだ」という安心感が、2人の距離感を一致させた。
その後もちょっとした雑談をして、和食屋をあとにした。
また和食屋に行けば、お姉さんと挨拶を交わすことができるだろう。「話しかけていい」関係性に踏み込むことができたから。でもあの日話しかけていなかったら、「あの人だよな」という心の重りを抱え続け、むしろ気まずい距離感を保ち続けていただろう。
「話しかけるか迷う絶妙な雰囲気」は自分からぶち壊していきたい。
タイムマシンができて学生の自分にアドバイスができるなら、タカシ先輩に挨拶に行けと言おう。タカシ先輩と話が続かなくたっていい。共通点がないか、もがいている方が、後方5メートルをおどおどと歩いているよりいい。信号が赤になって「さすがに追い付かざるを得ない」とかしんどくなってるよりいい。
そうして1つ1つの「つながり」を絶やさない人間でいたい。
ただごめん、1つだけ例外は許して欲しい。スウェット姿でスーパーに行ったとき、惣菜売り場で上司を発見したときは話しかけないわ。
それ以外は、頑張るね。