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誰かの手紙を「のぞき見」できる喫茶店

手紙を書いたのはいつぶりだろう。
言うまでもなく、現代において手紙を書く機会は少ない。

手紙には「きっかけ」と「相手」が必要だ。「誰かに感謝を伝えなきゃいけない」といったタイミングはもちろん、送りたいと思える人がいなければ、筆は動かない。

そんな2つの要素を差し出してくれる喫茶店がある。阿佐ヶ谷にある「喫茶 天文図舘」。

先日、ブラリとひとりで訪れてみた。横開きの扉をガラガラと開け、案内されたのは2階席。急な階段で、手すりを強く握りしめて登っていく。

そして現れたのは、「ひとりで来てよかった」と思えるほど落ち着いた空間だった。

おひとりさま選手権優勝

壁際には本棚が並び、デスクにはじっくりと考えごとができるような揺らぎがある。

デスクに腰を下ろすと、メニューとともにあるものが目に入った。便箋と封筒だ。隣にメッセージが添えられている。

本日はありがとうございます。
ぜひ目の前の手紙をお読みください。
もし手紙を書きたくなったらご自由にどうぞ。
宛先は自分でも他人でも過去現在未来でも。
書き終えたら空の封筒に入れて紛れ込ませてください。

周囲に目をやると、いたるところに手紙が挟み込まれている。デスクの小棚、本と本の間、引き出しの中。

引き寄せられるようにして手にとった封筒の口を開いてみた。どこかの誰かが、口々にぼくに語りかけてくれる。

「春から専門学校に行き、2年後、3年次編入で大学に行きます」
「これを読んでいる人は、覗き見る人。かくいう私も覗き見た人」
「ねぇ、わたし貴方のこと好きなの。貴方のこと考えてる時間がとても幸せなの。付き合いたいとかそんなことよりただ貴方に会いたい」

近況報告や励ましの言葉、ラブレターまで。誰かの透明な心を盗み見たような気持ちで、すごくくすぐったい。

気がつけば、ぼくも筆をとっていた。思いついたままに、文字を滑らせていく。書いた内容は「文章を書くことと私」。

学生時代、文章を読んだり書いたりすることに特に興味がなかった。本は読まないし、作文なんて嫌いだし。でも、今こうして文章を書いているルーツは過去に埋まっていたのかもしれない。

最近そんなことを考えていたので、手紙に書き起こしてみた。宛先は未来の自分かもしれないし、会ったことのないどこかの誰かかもしれない。

フワフワとした気持ちとともに便箋を折り曲げ、封筒に入れる。今抱いている感情が、この中に入っていますように。

壁際の本棚を見渡す。ぼくの好きな作品『スロウハイツの神様』(辻村深月)を見つけた。上巻と下巻があるので、その間に手紙を差しこむ。誰か見つけてくれるかな。

海にメッセージの入った小瓶を投げ込むような気持ちで、流れ着く先へ思いを馳せる。この喫茶店へ訪れるような人に読んでもらえるのなら、恥ずかしくも心地がいい。

また手紙を書きたくなったら。感情を筆で言葉にする「きっかけ」と「相手」を見つけるために、ぼくはきっと、ここに来る。

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