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13月の残火

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2020年、2021年、2022年、詩作品
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2020年4月の記事一覧

【散文詩】 美しいを信じてる

月に近づきすぎた少女は、今日も太陽に憧れている。いいかげん夜空を眺めるのにも飽きてきたし、別の場所を目指して歩きたかった。星は東に流れるばかりで、東から昇る太陽に混ざりあっていた。いくつになっても未来が見えないことに不安はないし、後悔もひとつもない。 いつか太陽に届きますようにと、少女は太陽が昇る時間に合わせて手紙を書いているけれど、余白がない。余白がないせいで、言葉が入りきらない。手元にあるのはまとまらない手紙ばかりで、伝えたいことはいつしかなくなった。 流れ星の成れの果て

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泡の詩

絶対、という未完成な言葉で満たされたい僕たちは、希望を忘れたくなくて手をつなぎ、ずっと一緒だよ、絶対に、って言い聞かせた。 安心できることと言えば、翌朝、目が覚めたときの僕は、変わらずに僕であり続けることだけだというのに、きみはそのうち、夏に姿を変えて、遠くの海を渡っていく。 海を見ると懐かしい気持ちになるのは、海水にきみの面影を見るからなんだね。

鏡の詩

一日が終わると、夜に着替えたわたしはベッドの上にいて、部屋の床には脱ぎ散らかした朝と昼が転がっている。 生き物みたいな季節は、いつだって鼻先や足元で呼吸をしていて、わたしの体内で泳ぐのは今日生まれたばかりの小さな風。わたしは誰、そう思いながらかじる星は少しだけ甘い味がする。 かわいい名前、かわいい哲学、かわいい戦争、とにかくかわいいものがたくさん欲しい、幸せってすぐ退屈になるから。恋ってどんな匂いがするんだろう、花に例えて確かめさせてくれないか。

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【詩】 夜が火事だ今すぐに

夜が火事だ。 そう思えるほどに星がちりちりと輝いて、月が孤独に手を振っているから、空は今すぐ星の夜になりたがっている。 見失うものが何もないほど眩しい朝に、空は意外と微かなさびしさを見ていた。 空の心は朝も夜も風に吹かれて、地球に蓋をすることしかできない自分がいやだから、ときどき空は地面の方まではみだしたりして気を紛らわせた。 今すぐに恋がしてみたい! 空は残りの人生のことをぼんやり考えていた。

海音の詩

船がゆれながら進むのは海岸線、波の最前線を目指して駆け抜けていく。船の床では流れ星が魚みたいに飛び跳ねては弾けて、光を散らしながらまた空へと昇っていった。 世界のほとんどは透明にできていて、わたしの視界に映る景色だけが色づいているから、自分の気持ちを人に伝えるって難しい。涙の液体の匂いは、気体となって鼻先を通り過ぎた。 ぼくは今、きみに話しかけている。 「海も空も光の真似事ばかりで、まるでぼくたちのようですね。」

硝子の詩

月にふれてはじめて夜の冷たさに気がついた。星は回転することばかりを覚えて、光り続けることを忘れようとし、手のひらで浮かぶ船は海の夢を見る。思い出は懐かしさばかりを手に入れようとするから傲慢だ。 安心できるのは君の名前を呼ぶときだけで、君の名前を忘れてしまうことだけが不安だった。 人の人生は最初から終わりに向かって走り出しているのに、いまだに誰かが死ぬたびに当たり前だと思えない自分がいる。始まりに向かって走りだしたのは少女の声で、それはいつでも夜空と重なっていた。

吐息の詩

明日を巻き戻した今日を生きている。 昨日を早送りした今日には後悔があるけど、明日を巻き戻せば後悔がない。 わたしはいつだって未来が好きだし、目の前を通り過ぎる花びらの一枚は、いつかのわたしだったような気がする。 青色を背負って広がる空を見るための瞳なのに、どうして涙が生まれるの、そして季節が響き合う景色は一体どこへ向かっていくのだろう。 春の隙間にはさまった心は、花の美しさだけを信じようとする。 わたしは今、生きているんだね。

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妹は宇宙  【散文詩】

はじめまして、死ぬために生まれてきた死です。死の妹はとても可愛い宇宙だった。宇宙の綺麗な手から伸びる指先ではいつも雲がながれ、宇宙が歩けば生命の足音が聞こえてきた。死にとって、宇宙のすべてはわからないし、宇宙もまた、死のすべはわからない。それはまさに、朝が夜のことを知らないで、夜もまた朝のことを知らないようで、そのすべてを知らない真昼と同じようなことだった。死が知っていることといえば、赤色は夕日に変わるということ。宇宙が知っていることといえば、光は透明に変わるということだけ。

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人形の詩

そのとき君はひとつの笑顔を零しながら歩いていた、指先には初めて見るようなきれいな花びらが貼り付いていた。花は美しく、見上げれば青空で、あたたかい風が君には吹いている。 わたしの見る空はいつも暗い空しかなくて、普通に話すことができず、叫ぶことしかできないわたしは、ただ涙を流すことしかできなかった。夜に消えてしまうものばかりを数えすぎたせいか、朝に生まれてくるものを数える気力はない。 それでもきみにはずっと幸せであってほしい、この世界からわたしが消えてしまっても、夜空から星が