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小説、詩、ことば

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よるが描いた世界
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#短編小説

四畳半のアパート

四畳半のアパート

 たぶん彼は、傷ついてくれない。サキホが彼と一緒にならない事実に直面しても、1ミリたりとも傷ついてくれないと思う。彼はそういう人間だから。はじめから世界を諦めていて、だから他人をコントロールできないことに対して怒りも悲しみも感じない。それは彼が片親で育ったことや鬱を患っていることに起因するのだろうが、そうでなかったとしても自分を大切に扱ってくれるかどうか、サキホには確信が持てない。彼の性質を理解し

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Escape from luv

Escape from luv

 からだが重力に逆らえず、沼地を歩くように足取りが重たい。やっと便器に腰をおろした彩伽は、先程まで自身の肌に張り付いていた布をみて絶望した。処女雪のようにまっさらな敷きものに、鮮血が3滴ほど滲んでいた。鉛のような腕を持ち上げて、大きめのものを手に取った。それを下着に敷いている間も、彩伽の身体は病原菌に滅亡させられるような心地だった。やっとの思いで布団のなかへ潜り、脇に挟んだものを確認すると103.

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花びら、落ちた。

死にゆく人はわたしの意思とは全く関係のないところで私の記憶から滑り落ちていく。
足早に向かうあなたを止めることができなかった。なんだかすごく、余計なことをしているようだった。あなたに関わってしまって、ひどく申し訳ないような気持ちになった。
私はあなたの世界とはまったく別のところで、生きていかなければならなかった。それはあなたと私が別の人間だからだ。
桜が咲いていた。緑の葉が混じっていたので、開花の

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太陽のない日

太陽のない日

 平日の昼間の海岸はすいていた。まして、今日のように風が強く吹く日は、水着を着ている人の姿もまばらだった。
 京子は濡れた砂浜にしゃがみこんで、足跡をつけて遊ぶ侑真とそれをつつむ背景をぼうっと見つめていた。灰を滲ませたような空が、世界に蓋をするように覆いかぶさっていた。本当ならば来たくなかったが、可愛い一人息子が窓の外を指さして駄々をこねるので、京子は仕方なく海岸へ足を運んだ。

 小さな体をめい

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