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【掌編小説】風鈴

 人差し指の第二関節に引っかけた風鈴を差し出すと、彼女は得意気な様子でニッと笑った。湿気った暑さに耐えかねて、『アイス!』と唸りながら出て行ったのが少し前。十五分余りで戻ったその手首に戦利品の入った袋を提げながら、どこで出会ったものか、新顔の風鈴が鈎型に曲げられた指の下で涼しげな姿を晒している。
 冷房が効いていようが、払いきれない暑気の滲む室内で交わすおかえりのハグは一瞬だ。炎天下から帰還した背中は熱を帯び、近付いた首筋から匂い立つ夏を振りまくように、か細い音がリンと響いた。
 私はその音が気に入った。
 花火コーナーの隣に並んでいたというワンコインのそれを、さっそくカーテンレールに括り付けるのは私より背の高い彼女の役目だ。
 エアコン共々、働きづめのサーキュレーターの風を浴びるたび響く音が合図みたいにキスをした。繰り返すうちに深まる繋がりが、戯れの雰囲気を濃密さで上書きしていく。
 汗ばむことへの不快感は既にない。忍び込むようにシャツの下に潜った指の感触に、風鈴を引っかけた鈎型の第二関節のビジョンがよぎった。短く切り揃えられた爪を持つ長い指。意志の強さを表すように、クッと曲げられた関節をもう一度見たくなる。


 風鈴が鳴った。
 誘われるように身体の奥が疼いた。





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