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【掌編小説】残暑

 揺り戻しのように街を覆う熱気に細く息を吐き、こめかみを伝う汗をぐいと拭った。留まる夏に安堵したいが、同じようであってももう違う。半月前の焼けるような暑さは既に去り、ここにあるのは夏の抜け殻のようなものだ。
 季節が移行するたび焦りにも似た疼きがどこか深い場所から忍び寄る。
 この夏もまた触れることさえ叶わない相手への未練を持ち越したまま、湿り気を帯びた風が汗ばむ肌を撫でていくにまかせた。
 蝉すら声を上げるタイミングを選んでいるというのに、選択を怖れる自分は適当な笑顔の下、中途半端に開きかけては口を閉ざすを繰り返している。
 蒸し暑さが皮膚を覆う息苦しさに辟易し、ひとり取り残されるさみしさを誤魔化しながら、気の抜けたジュースみたいなぬるさに愛しさを覚えたのはいつからだったか。
 無防備なアイツの呼吸、その生々しさはこんな風かもしれない、と。一度頭に浮かべれば、確かめようもないのにそうとしか思えなくなっていた。

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