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疑惑の旦那を叩いて出てきたのはホコリじゃなくて。

『叩けば埃が出る』
(タタけばホコリがデる)

【意味】
今は隠していてわからないが、その過去や周囲を調べてみると、弱点や悪行が見つかる。また、どんなものでも、詮索すれば、欠点・弱点が見つかる。


18時前にピロンとiPhoneが鳴り、
旦那からラインが届いた。

「18:30に出ます」

いつもより1時間ほど早く
職場から帰れるらしい。

よっしゃ!

夕方から寝かしつけまでの慌ただしさは
毎日猫の手も借りたいほどで。
私の中では猫の手も旦那の手も同じようなものだけど、いてくれればかなり助かる。

しかし、すぐさまハッと冷静さを取り戻す。

旦那は今までも散々こういうラインをしてきては、「帰り際に上司につかまった」
「緊急案件が起きた」などと言い、
自分が言った時間を1時間以上過ぎても職場から帰らないことがしょっちゅうあった。

そんな時、何事もなかったかのように
「今から帰るよ」とラインをよこし、
「ただいまー」と帰ってくる旦那に
ニッコリ微笑んで
「おかえりなさい♡今日もお仕事お疲れ様♡」
と、世の未婚男性が想像する最高の嫁の私がお出迎えするはずもない。

火を吹きながら頭から鬼のツノをはやし、
顔は能面、
もしくは血管が浮き上がるほどキレた形相で、
「おい…帰ってくんのがおせぇんだよ…」
と、開口一番に告げる最恐の嫁の私がお出迎えする。
もうゴジラだか鬼だか妖怪だか分からない。

玄関は凍りつき、
リビングは戦場になり、
旦那はガクガクブルブル震え、
自分の嫁が世の未婚男性が想像するであろう恐ろしいものの集合体になってしまった現実に向き合うしかない。

期待するからこうなる。
そろそろ私も学んでる。
ほんとはどんな時も
「おかえり♡お疲れ様♡」って言ってあげたい。

ひとまずスタンプを1つ送り、
自分の心をしずめる。
よし、期待しない。
今日は期待しない。
旦那がいつも通り19時半に「今から帰るよ」と言っても、決して責めず、笑顔で迎えいれよう。

そんな日に限って、18時半きっかりに
玄関がガチャガチャと音を立て、
旦那が「ただいまー」と帰ってきた。

「え?!おかえり!早いじゃん!」

職場を出ると言っていた時間に
旦那が家に着いたのは初めてだった。
いつもは職場を出る時に
「今から帰るよ」とラインをくれるが、
それもなく帰ってきたので驚いた。

フフンと笑いながら旦那が

「サプライズで早く帰ってきた!
どう?嬉しい?」

少し得意気に玄関から声をかけてくる。

「嬉しいー!ありがとー!」

期待しないと期待以上のことが起こるんだなぁ…
日頃の自分を反省しつつ、
私は素直に喜んだ。

その夜のこと。

旦那が

「そういえば今日、
宵の明星が綺麗だったらしいね」

と、何気なく話しだした。

宵の明星とは夕方に輝く金星のことで、
明るく目立つことから〝一番星″とも呼ばれる。
旦那が『宵の明星』という言葉を知っているのは、私の中での驚きだった。
今まで星を見ても『宵の明星』なんて言わなかったから。

私もちょうどその日、
息子の保育園のお迎えの帰り道、
次男と長男と3人で宵の明星を見た所だった。
三日月のすぐ右下に星が光ってて
とても綺麗だった。

「お月さまとお星さまは仲良しだね」

「ママと長男みたいだね」

と、長男と楽しく話しながら帰ってきた。
次男もキョトンと空を見ていた。

「私も保育園の帰り道見たよ。
綺麗だったよね!」

「そう!
なんか同僚の○○さんが綺麗だからって
ラインで写真を送ってくれてさぁ」

…ラインで?
…宵の明星を?

「ほら!」

旦那のiPhoneの画面には、
帰り道には通らないはずの交通量の多そうな道路から撮影された三日月と宵の明星の写真があった。

「ふぅん。ほんとだ」

私は大して興味もない感じを装ったけど、

普通、男の同僚から
月と星の写真なんか送られてくるか?

と、心が少しモヤついた。

すぐその場で聞けばよかったんだけど、
嘘をつかれても嫌だなと思って
結局何も聞かずじまいになってしまった。

そういえば最近の旦那は、
iPhoneを片時も離さず、
暇さえあればiPhoneをいじっていた。
余りにiPhoneを触るので、
そのことを一昨日ブチ切れたばかりだった。

ますます怪しい。

寝室の暗闇で
息子達を寝かしつけ終わった私の脳裏に、
過去に何気なく見ていた
『旦那の浮気の見抜き方』という
コラムの数々が蘇る。

普段と違う行動をとったり、
急に優しくなったり、
携帯を離さなくなったり…

え?!
超当てはまるんですけど!
浮気を見抜いてきた諸先輩方の
ありがたい実体験を読んでおいて
マジで良かった。

私は頭の中に
「今日の宵の明星、めっちゃ綺麗♡
一緒に見たかったなぁ♡」と
顔のボヤけた若い女が
写真と共に旦那にラインを送る姿を思い浮かべる。
そしてその届いたラインを
ニヤニヤ眺める旦那を思い浮かべる。

綺麗な星とか月とか送ってくるほど仲良しの男の同僚なんか、旦那にはいない。
もし、そういうのを誰かが送ってきたとしたら、
相手は絶対女性な気がする。
どうせ『宵の明星』という言葉も
その女から教わったのだろう。
旦那は自分がついさっき覚えたことを、
あたかも昔から知っていたかのように乱用する癖があるのを、私は知っている。

私の勘は研ぎ澄まされ、
これは何かある。絶対。
と確信めいたモヤモヤがある。

ただじゃすまさねぇ…!

暗闇の中で、
自分が鬼や般若や山姥の集合体になっていくのが分かる。
布団でiPhoneを握りしめたまま、
グーグーガーガーうるさいイビキをたてて寝る旦那を横目に
私は旦那の尻尾を捕まえることを心に誓い、
眠りについた。

翌朝、次男が騒ぎ出し、
オムツがぱんぱんだったので
旦那が下の階へ次男を連れて行こうとする。

「iPhoneとって!」と
部屋を出る時言われたが
私は眠そうな顔をして
旦那にiPhoneを渡さなかった。

本当は脳内は既にすっかり覚醒していたが、
旦那の浮気の証拠を掴む為には
旦那が片時も離さなかったiPhoneが必要不可欠だ。
私の疑惑の全ては、あの中に詰まっている。
何としても旦那のiPhoneを手に入れなければならない。
その為ならば眠そうな演技など、お手の物である。

旦那が下の階へ行ったことを確認し、
私は光の速さでiPhoneを操作する。

もはや
「夫婦でもプライベートは守られるべき!」とか、
「勝手にケータイ覗く神経信じられない!最低!」とか、
「やってること非常識!」とか、
各方面からお叱りや非難を受けることを重々承知の上で書くけど、
その時の私は、とにかく胸のモヤモヤを晴らしたかった。

なんなら浮気した旦那が全て悪い!
と思っていたし、
全ての元凶は旦那だろ!
と朝から謎にキレていた。

旦那の疑惑を確かめるべく
アレコレ構わず探りをいれる。

サイバー犯罪捜査の第一線で働く人が私に憑依し、
iPhoneのありとあらゆるページを
信じられないスピードでこじ開けていく。
ここまできたら、くまなく捜査するしかない。

同僚からの宵の明星ラインなど勿論ない。
やはり、読み通り。
奴はクロだ。嘘をついている。

写真のページを開くと
昨日見せられた写真と同じような三日月と宵の明星の写真が4枚ほどある。
ということは、自分で撮影したのか…?
デートの帰り…?

あれ?Twitterはやらないと言っていたのに
Twitterのアプリを発見してしまった。
さては相手とDMでやり取りしてんのか?

Twitterのアプリを開くと、
私の目に飛び込んできたのは

「1番くじ」

の文字。

やぁ、また会ったね!
1番くじ!
でも今は君にかまけてる暇はない!
私は旦那の浮気相手を調査している!
普段なら君で手を止めて
「どーゆーこと?」と能面顔で旦那に突き出すけど、
今はそれよりも重要なミッション中だから
また今度ゆっくり会おう!

Twitterのメッセージみたいな所を見つけたので、
早速開く。

「ご当選おめでとうございます。
このたび、1番くじの福袋に当選されました。」

え?なにこれ?

「料金は6800円です。ご入金お願いします」

「ありがとうございます!
今朝、入金しました!
届くのを楽しみに待っています!」(by旦那)

いや、仕事前に金振り込んでるやん。
何してんの、アンタ。

少し前にクレジットカードの明細が届き、
旦那が6800円×2、7300円を
バンダイの何かに支払ったことが判明してブチ切れたのだけど、
「何買ったか忘れちゃった」とヘラヘラして
結局何に使ったか分からない謎の出金があった。
その正体の1つがコレだったことが分かった。
10月26日という日付も一致している。

いや、違うのよ。
浮気の証拠探してたのよ。
探してたのこれじゃないのよ。
ってか何してんのお前マジ。

ひょんなことから違う疑惑の答えが明るみになり
私の心は戸惑いを隠せない。

そんなタイミングで、
旦那が階段を上がってくる音がした。
タイムアップの合図。
仕方ない。

私は捜査した痕跡を再び光の速さで消し、
iPhoneの画面を暗くし、
旦那の布団の上にぶん投げ、
目の前に現れた旦那に
今目覚めてちょうど下に行こうとしてたとこ!
みたいな顔をする。

しかし、私の心はモヤモヤしたままだ。
朝の支度をしながらも、気持ちは旦那の疑惑に向いてしまう。
浮気相手の証拠を何としても捕まえたい。
もう直球勝負するしかない。

洗面所で支度をしている旦那の背後から、

「あのさぁ、
なんか私に隠してることない?」

声をかける。

「えっ?!」
(うろたえる旦那)

「…私に隠してることあるよね?」
(ツノがはえ始める私)

「ってことは、勝手にiPhoneの中見たってこと?」
(ムッとする旦那)

「いいから答えて。
私はもう全て知っている。
自分でちゃんと言ってくんない?」
(ツノがはえそろい、能面顔の私)

「あのさ、勝手にiPhoneの中見るのとか最低だよ?
俺もうパスワード変えるから!」
(一応怒るものの、私の能面顔とツノに怯む旦那)

「………」
(秘技!無言の圧力!!)

私の「早く言えよ」と言わんばかりの無言の圧力におされ、
旦那が重い口を開く。


「…すみません。
一昨日フィギュア買いました」


え?!
一昨日?!

「iPhone触りすぎって怒られてた時、
実はめっちゃフィギュア探してて
一昨日買いました…」

何の疑惑も無かった事件が明るみになり、
私はうろたえる。
しかし、犯人にうろたえているのがバレてはいけない。
本当の犯罪から目を逸らさせる為に言ってるに違いない。

「ふぅん…
1番くじ福袋も買ったよね?」

「な…なぜそれを…
もしやTwitter見たの?」

私は刑事(デカ)の佇まいで、
コクリと頷く。

はぁー…と深い溜息をつき、
旦那が「勘弁してくれよ」と呟く。

「それで、昨日は?」

「え?」

「昨日の宵の明星の写真、
同僚に送って貰ったんじゃないよね?」

「…」
(ギクリ)

「もう分かってんだよ、吐いちまいな」

この道ベテラン50年の雰囲気で
私が旦那に畳み掛ける。

「あれは…
ローソンに行ったんだよ…

1番くじ、まだ残ってないかなと思って…」

…は?

1番くじ…?

私は膝から崩れ落ちそうになった。

また1番くじ…?


11月6日に鬼滅の刃の1番くじがあった。
しかし、フィギュアを購入したくなった旦那は
「6日の1番くじはやらないので、
フィギュア買っても良い?」と
私に交渉してきていた。

毎回鬼滅の刃の1番くじに散財することに
私がチクチク物申していたので、
じゃあそれで…と手を打ったばかりだった。
フィギュアは購入したものの、
やはり1番くじを引きたかった旦那は
僅かな希望を胸に
少し遠いローソンまで自転車で行ったらしい。

そして、職場から帰る時に同僚から
「今日の宵の明星、綺麗らしいですよ」と教えて貰い、
自転車でローソンへ向かう途中の道路で
夜空をパシャリと撮影したらしい。

確かにそれなら全てつじつまが合う。

昨日18時前に「18:30に出ます」とラインをよこしたのも、
結局何の連絡もなしに18時半に家に着いたのも、
そもそも普段行かないローソンまでどれくらいかかるのか、
そこからどれくらいで家に着くのか、
時間が読めなかったからだ。

「あの喜びを返せ!
なにがサプライズじゃ!
ふざけやがって!」

と、私は一応ひとしきり暴れたが、
疑惑は全て解明されたのでスッキリした。
予想とは全く違う結末だったが。

全ての謎が解けた瞬間、
私の頭は冷水を浴びせられたかのように冷め、

そうだよな。
旦那だもんな。
浮気したくても出来んよな。

と冷静に思った。

私の旦那は
岡田准一でも
福山雅治でも
西島秀俊でもない。
冷水が滲みる。

旦那を叩いて出てくるのはホコリではなく、
いつも1番くじとフィギュアだけだ。
飽きもせずそれだけだ。
いつもいつもそれだけだ。
それが私の旦那である。
冷水が滲みる。

旦那と私の1番くじやフィギュアや鬼滅の刃を巡るアレコレはこちらからどうぞ↓

(控えめだった旦那の財布の紐がどんどん緩み、
寛容だった私の心がどんどん狭くなる様を
良かったら読んでください)

夫婦といえども他人。
寛容でありたいけど難しい。

旦那を叩いてみるたび
ビスケットのごとく
フィギュアが増えている。

いつか叩けばフィギュアじゃなくて
ホコリしか出ない旦那に
なっていますように。

今日の宵の明星に、願うことにする。

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