私に眠る「女のカン」は、いつも刑事ドラマを見ていた。
女の勘。
女性特有の鋭い勘のことだ。
やましい事をどれほど上手く隠そうとしても
完全に隠蔽したと思っても
女の勘が働くと一瞬でバレるらしい。
なかなか凄い。
なかなか怖い。
しかし私は女でありながら、
自分に女の勘があると思った事がない。
だから旦那に上手に嘘をつかれたり、
バレないように浮気をされたら、
全く気付けないかもしれない。
そうは言っても、こんな私の中にだって
実は凄い女の勘が存在するのかもしれない。
でも多分私の女の勘なので、
今のところ昼間の私と同じように
ゴロリと横になり刑事ドラマでも見ながら
ポテチをバリバリ食べたりしているのだろう。
だとしたら、呼び覚ますのはなかなか大変そうだ。
「お願い!2回だけ!」
旦那がパン!と両手を顔の前で合わせて
頭を下げている。
なんのことはない。
いつもの如く、一番くじのことだ。
どうやら旦那の大好きなアニメの一番くじがネットで販売され始め、アニメに出てくる旦那の大好きな猫のキャラクターのクッションが景品にあるらしい。
そしてどうしてもそれが欲しいらしい。
そもそも私はそのアニメをあまり知らないし、
オシャレなリビングには程遠いクッションもいらない。
我が家のリビングは全然オシャレじゃないけど、
私はオシャレなリビングでコーヒーをゆったり飲む日を夢見ている。
なので謎のフィギュアやぬいぐるみはこれ以上いらないし、旦那の好きなアニメキャラの猫のクッションも断じていらない。
「はぁ?」
何言っちゃってんの?と腕組みしながら塩対応する私を無視して、旦那はしつこく頭を下げる。
「頼みます!2回だけでいいから!」
旦那が今までにやった1番くじの回数を思い返せるだけ思い返し、
もう鬼滅の刃の1番くじしかやりません!と
先日ハキハキと私に誓った旦那を思い出し、
私は殺し屋のような目でギロリと睨む。
「お願いします!これで最後にしますから!」
その言葉、聞き飽きたわ!!!
頭をはたき倒したくなる。
でも余りにもしつこいので、
段々と断る作業がめんどくさくなってきた。
結局、根負けした私は
「分かった…ほんとにこれが最後ね?
ほんとに2回だけね?絶対だよ?」
と、渋々オッケーを出してしまった。
まるでお母さんと小さな男の子が
300円のガシャポンを前にした時のやり取りのようだが、
お恥ずかしいことに我が家で日常的に起こる私と旦那のやり取りだ。
旦那より息子の方がよっぽど聞き分けが良い。
1番くじの了承を得た旦那は
小さな目をキラキラさせ、
よっしゃあ!とガッツポーズをしている。
35歳の男が、喜びを体中から爆発させている。
1回680円のくじが2回だから
1360円でこれだけ喜ぶのなら、まぁいいか。
その会話からしばらく時間が経って、
そういえば、と旦那に声をかけた。
「くじ、どうなった?何か当たった?」
「あ!それがさ!
欲しかったクッション当たったんだよ!」
旦那が嬉しそうに言う。
その瞬間、
未だかつて感じたことのない感覚が
私の身体の中を駆け巡った。
そして、なぜだかある思いが
ムクムクと私の心で膨れ上がった。
なぜそう思ったかと言われても理由はない。
でもとにかく私の全細胞が叫んでいる。
〝おい!コイツ何か隠してるぞ!″
旦那が隠している何かというのは、
つまり1番くじを引いた回数だ。
多分旦那は2回以上くじを引いている。
もしかしたら10回、いや、20回くらい引いたかもしれない。
私は冷静を装いながら
「へぇー、
え?くじ何回引いたの?」
と、たずねる。
「2回だよ?だって2回だけって約束じゃん!」
顔色一つ変えずに旦那が言う。
当たり前でしょ?という顔をしている。
しかし私の細胞は相変わらず叫んでいる。
〝コイツ、嘘ついてるぞ!″
なぜだか分からないけど、
私は確信していた。
旦那は間違いなく嘘をついている。
ひとまず、真正面から確かめるしかない。
先日ネットで一番くじを引いた旦那が、
くじを引いた事を通知するメールを私に見せてきたことを思い出した。
「…あのさぁ、悪いんだけどたった2回くじ引いて欲しかったクッション当たるとか信じられんから、ホントに2回しか引いてないかメール見せてくんない?
前にネットでくじ引いた時、なんかメールで送られてきてたよね?」
旦那はえ?!と驚くやいなや
物凄い怒り始めた。
「嘘つくわけないじゃん!
なんで俺がそんなことしなきゃいけないの?」
なんでしなきゃいけないの?って、
お前が謎のクッション欲しがってるからじゃろがーい!!
私がもしも格闘家だったら
間違いなく今、飛び蹴りをくらわせている。
(※本物の格闘家はリングの外では人に暴力をふるいません)
しかし私は2人の可愛い息子のお母さんであり、
旦那を正しい道へと導く使命をもった賢く聡明な妻なので、
そんな手荒なマネはしない。
飛び蹴りを頭の中でくらわせるだけだ。
ほんとラッキーな旦那である。
だが、私の細胞は拳を突き上げ
先ほどよりも大きな声ではっきりと叫ぶ。
〝コイツは嘘をついている!絶対嘘を暴くんだ!″
確かにそうだ。
もし旦那が本当に平然と嘘をついていたとして、
それを野放しにしてしまったら
旦那はまた平気で嘘をついてしまうだろう。
悪い連鎖をうんでしまう。
万が一私の勘違いだったのなら、疑ってしまったことを誠心誠意謝ればいいだけの話だ、っていうか旦那絶対嘘ついてるし120%。
うだうだ言う旦那にイライラし始めた私は、
「いいからメール見せて、はやく」
怒っている時のラインの文面のような語り口で淡々と告げる。
顔から表情は消え、
無言で右手を旦那の前にスッと差し出す。
メール画面を開いて私に出せ。今すぐに。
無言の圧力をかける。
明らかに乗り気じゃない旦那が
渋々iPhoneを手にした。
旦那は私の正面に立ち、iPhoneをいじりだす。
正面からなので画面は見えない。
しかし証拠はあるはずだ。
見逃すな、私。
普段なら気にも止めないが、
メールを開くには時間がかかりすぎているような気がする。
そして旦那の親指が見たこともないスピードで動いている。
旦那の表情は…
…なんだか焦っているようにも見える。
〝コイツは今、何かを隠している…!″
「隠蔽」という文字が
はっきりくっきり旦那のおでこに書いてある。
この男は今何かを隠蔽した。間違いない。
私は確信する。
旦那は無言で画面を見せてきた。
メールには、さっき1番くじを2回引いた事実が記されている。
私はiPhoneをやんわり奪い取り、
開いているメールの画面を閉じて
受信ボックスを確認する。
一番くじを引いたという通知は他にはない。
横からソワソワ覗き込んでいた旦那が
「ね?2回しか引いてないでしょ?」
私の手からiPhoneを慌てて奪い返そうとする。
みくびるな!!!
私はヒラリとその手をかわし、
さらにページを戻り、
ゴミ箱マークのついた削除されたメールのページを開く。
「あ!そこはっ!!!」
旦那が叫ぶ。
時既に遅し。
私の目に飛び込んできたのは、削除ページにある「1番くじを引きました」という通知メールだ。
しかも何通も。
開くと全て2回、3回とくじを引いた形跡がある。
時間は全て、ついさっきのものだ。
合わせて12回くじを引いている。
私は「…なんやこれ…」と怒りで手が震えた。
旦那は犯人のように膝から崩れ落ち
がっくりとうなだれている。
680円×12回を頭の中で計算し、
私を欺くためにくじを2回ずつ引いた旦那の巧妙な手口を目の当たりにし、
まじでいらない12個のグッズがいずれ我が家に送られてくる事を想像し、
先ほど旦那が私に「俺は嘘はついていない!」と怒ってきた顔を思い出し、
私は気絶するかと思うほどブチギレた。
その後、どうなったかはご想像にお任せするが、
とりあえず旦那は生きてるので安心して欲しい。
私が格闘家でなくて良かった、本当に。
なぜ旦那の悪行が暴かれたのかといえば、
私の「女の勘」が働いたから
としか言いようがない。
私の中に眠るグータラした女の勘が
旦那のくだらない隠蔽工作によって
思わず重い腰をあげ、目覚めてしまった。
そして幸か不幸か私と出会い、
最強のタッグが誕生してしまった。
この日を皮切りに、
旦那がめげずに繰り返す悪行に
私の女の勘は大活躍した。
例えば、旦那が仕事帰りにこっそり鬼滅の刃の小さなフィギュアを2個買ったり、
欲しくもないサンリオの1番くじを店で10回引いてきたりと、何かに取り憑かれているとしか思えない意味不明な行動をとるたびに
私の女の勘が発動してしまう。
旦那が隠そうとすればするほど
私の女の勘は冴え渡り、
旦那がこっそり隠蔽しようとした真実を
白日の下に晒してしまう。
昼間、グータラしながら見ていたドラマに出てくる刑事のように
私は研ぎ澄まされた推理と確たる証拠を次々と並べ、じわじわと旦那を追い詰める。
最後の一手を出すときには、
残念ながらもう逃げ場は残されていない。
だから旦那は観念し、降参するしかない。
そして「なんでだよ…なんでバレるんだよ…」と
絶望し、膝をつき、うなだれる。
私の唯一の誤算は、
旦那は隠し事がバレても全然へこたれず
同じ過ちを平気で繰り返す図太さをもった男だったということだ。
私はこの一連の流れにいい加減疲れてきたので
そろそろ格闘技でも習おうかと思っている。
それにしても昔話にある3年寝太郎のように、
私の女の勘はグータラ寝っ転がってさぼっていた訳ではなくて、
その時見ていた「相棒」や「科捜研の女」や「緊急取調室」から、
実は事件の推理の仕方や証拠の集め方、犯人心理について学んでいたのかもしれない。
旦那よ。私に隠れて浮気をしようなどという甘い考えは、早いとこ捨てた方がいい。
もし浮気をしたくなったら、絶対にバレるという覚悟をもって、心してするように。
あまりの嗅覚の鋭さと摘発率に、
「そろそろテレビの警察24時みたいな密着をお願いされるかもよ…」と
検挙されて100グラムほど痩せた旦那が
弱々しく私に言ってくる。
確かに。
私の推理力と洞察力と情報収集力は
自分でもちょっと怖いレベルだ。
なぜだか旦那の行動や心理が
恐ろしいほど手に取るように分かってしまう。
まぁ、フィギュアの購入や1番くじの引いた引かないで起こる夫婦の攻防戦なんて、視聴者は全く興味がないだろうけど。
でも、もしも
「ようこさん、凄いですね。
どうやったら、そんな風に毎回旦那さんの隠し事を暴くことが出来るのでしょうか?」
こんな風にインタビューを受けたら、
クールな笑顔で、こう言いたい。
「女のカンです」