「言いたいこと」と「教えたいこと」の違いって?
「言葉で伝えること」について書かれた本。
以前、著者(木暮太一さん)の「その働き方、あと何年できますか?」という本が面白かったので、同じ著者!と思い、読んでみました。
Kindle Unlimited対象だったこともあり、軽い気持ちで読みはじめたんですが…
これ、noteやってる人におすすめの一冊です。
まだ途中までしか読んでいませんが←
これは!!と思うところがあり、記事を書いてます。
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なぜオススメかと言うと…
「言いたいこと」と「教えたいこと」は微妙に違う
という話がすごく印象的で、noteでの発信にも当てはまるなーと思ったから。
で、何が違うのか?
言いたいことは一人称なのに対して、
教えたいことは二人称。
「教える」行為は、必ず相手がセットになる。
→だから、相手を意識せざるを得ない。
「教えたい」という感情は、本音がベースではないと決して沸き起こってこない感情。
→本音を抑えると、自分の思っていることをセーブしたり、自分が消えてしまう。
つまり
本音を残したまま、相手のことを考えて「教えたい」ことを話せる。
そうすると、人を動かす力を持った言葉になる。
その具体的な言葉や方法については、きっと本に続きが書いてあるはず?
(まだ1章しか読んでないので、分かりませんw)
詳しいことは、本読んでみてくださーい。
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感想
noteの下書きに入ったままの記事が、いくつかあるんです。
下書きの記事は、いずれかに該当。
①は、時間がある時に書きます。
問題は、②に該当する記事。
「これはどうなんだろう?」とためらってしまった為、下書きに入ったまま。
おそらく、公開することはない。
そんな記事を、改めて見てみると…
私が「言いたいだけ」のことが書かれているんですよね。たぶん。
いや、お前いつも言いたいこと書いてるやん、ってツッコミは一旦なしでw
「言いたいだけ」のことって、自分が言ってスッキリしたいだけ。
相手にとっては「知らんがな」な案件なんですよね。だから、聞いていて(読んでいて)きっと退屈。
言葉のニュアンスなのかもしれませんが…
たとえば
「一言、言わせていただきます!」
に続く言葉って、強かったり、辛辣なものが多そうなイメージがありませんか?
その発言に対して
「よく言った!」
などと、言いたいけど言えなかった人たちが賛同するシーンが想像できる。
でも、そのシーンってあまり気持ちの良いものではないはず。
そこには、「一言言われてしまった人」もいるはずで、それってどうなのかな…と思うのです。
言い負かす、みたいなイメージ?
一方「教えたい」がベースだと
・美味しいお店あったから、教えたい
・便利な家電があったから、教えたい
など、ポジティブなイメージで伝えられることが多いのかなと。
もちろん、全てのことを
「言いたい」か「教えたい」で判断することはできないと思います。
でも、noteに記事を書く時に迷ったら…
この基準に当てはめてみるのは、悪くないんじゃないかな?という話でした。