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段差・段差・段差 ~外出のための通路のブラッシュアップ・続
外部の飛び石通路や狭い玄関などが、高齢になるにつれて、もしくは何らかの病気や障害を背負うことで、外出の妨げになることはよくある話ですが。
「車いすで、出られるようにしてほしい」
という要望に、
「段差にしましょう!」
と工事担当者に返されたら、皆さんはどうお思いになるだろうか。
ふざけてんのか?ああん?
と思われても仕方がないのですが、実はこれ、正攻法のひとつなんです。本日はそんなお話を。
そういったとき、一般には「スロープにしなくては…」と考える方が多いです。もちろん、通路を緩いスロープに改修したり、貸与品のスロープを使うことで解決する事例もあるのだけど、敷地の条件によっては、それだと問題になることもある。
勾配が急になると、歩くには不向きの通路になってしまうのだ。それだと車いすには良くても、歩いて使う方の安全が犠牲になりかねない。
ちょっと、これは説明が必要ですね。
下の図を見てほしい。
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人は地球の中心に引っ張られ、そして足裏から反力をもらって地上に立っているのだが、その向きは、勾配によってベクトル分解される。勾配に直角の向きR1と、勾配に平行な向きR2に。
R1はその勾配面から反対向きの反力をもらえるから問題ない。
でも、問題は勾配に平行な向きのR2である。これは、勾配面と足裏の摩擦として、R2と反対向きの力を貰わないと、反力が不足する。すなわち、斜め下向きに滑る。これは勾配がきつくなればなるほど顕著に現れる、スロープの弱点である。
摩擦係数は床面の仕上げと、足裏の素材によって変化するのだが、困るのはそれが減る雨天や、積雪時。こうなると、勾配面から反力をもらうのは極めて困難、つまり転ぶ。スロープは、歩くにはじつは不向きなのだ。
でも、ほぼ平坦な面であれば、歩き方に配慮は必要なものの、足元を掬うR2の力は発生しない。なので、それだけ転倒リスクは減る。
でも、次は車いすにとってはどうか?という話になる。このとき、車いすを誰がどのように使うか、を具体的に落とし込まなくてはならない。漠然とではなく。
一般論として、スロープの勾配が1/12、つまり12進んで1上がる角度を超えて急になると、車いすのハンドリムを自分で回して坂を登るのは難しくなる。なので、そこが介助が必要か否かの分かれ目になる。もちろん、高齢の方の場合は自走はハナから考慮できないことも多い。逆に、電動車いすなら1/8勾配でもイケイケである。
そして、ここにもう一つ必須の知識がある。「車いすのティッピング」。
車いすの前輪を持ち上げて、小さめの段差をのぼる技術なのだが、これはコツがある。
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ティッピングレバーを踏みながらハンドルを手前下に押し下げ、前輪を上げて段差に乗せ、主輪を段差に当たるところまで押し、その回転を使って、体重を使って車いすを押し上げる。
これは動画を見ていただいたほうが、わかりやすいですよね。
ちなみにこれが可能な段差寸法のリミット、主輪直径の1/4程度までとされていまして、自走用なら22インチ≒56cmの1/4で14cm程度、介助用なら小さいもので14インチ≒36cmの1/4、9cm程度。ざっくりで自走用15cm、介助用10cm、というところですね。
要は、そのサイズに合わせて段差を設計し、そしてその操作に必要な、おおよそ平坦な空間をいくつかつくれば、段差があっても介助での車いすの移動はできるわけです。スロープでなくても。
もちろん、これは介助者の能力を必要とします。でも、デイサービス等の利用が前提なら、通常は介護のプロにお任せできるので、その点も考えてケアマネさんとサービス利用計画を組み立てたりします。
実はこれ、自分が福祉用具プランナー研修を受けたときの講師、河添竜士郎PTに教わったので、自分は密かに敬意を表しカワゾエ式と呼んでいる。当時、河添先生が熊本の事務所をつくる際にそのやり方をしていたことを覚えているのだった。
というわけで、「段差で車いす」な通路、事例を見てみましょ。
神経難病+借家+車いす
【before】
歩行が困難になった、多系統萎縮症の方からの相談。自宅も賃貸のため、これまでは自費で買った踏み台付き手すりをなんとなくウチが固定して、ギリギリの歩行で通院などの外出をしていたのですが、いよいよそれが難しくなりまして。
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そのため、室内外での車いす利用が必須になりました。そして外出が困難になったことでのご相談。
通常なら、上り框から外部にかけて、福祉用具貸与品のスロープをかければ車いすルートは解決となることも多いのですが、よく見るとココ、廊下の位置と扉の位置が、ズレているんです…
これではスロープは掛けられない。さてどうする。
【after】
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実はここ、上り框が25cmくらい、玄関戸の下が5cmくらいの段差。なら、きっちりたたきを10cmくらい嵩上げしたら、カワゾエ式でいけるのでは?と、ひのきの床材で台を作ってトライ。上がり框の段差が15cm、玄関扉部分で15cmの2段の段差となりました。
ちょっと介助者が上り框に対して斜めに構える形になりますが、なんとかこれで在宅介護の体制が整いました。なお、ひのきの台は金物で上がり框と土間に留めているだけなので、それを外すだけで賃借終了時の現状回復も簡単です。
椎間板ヘルニア+高齢夫婦+車いす
【before】
お父さんが懸命につくった前庭の飛び石通路が特徴のこちら。腰痛が悪化し、外出時に車いす利用になったお母さんは、その下まで介助のもとで歩いていたのですが、いよいよそれも大変だ、ということになってきたのでご相談となりました。
ミッションは玄関前の赤いポーチから車いすで外出できるような、そして通路の原作者たるお父さんのお気に召す仕様での環境整備、です。
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平板の大きさは450×300、つまり45cm程度の通路幅しかないので、ある程度の拡幅は必要。そして、最下段からポーチまでの高低差はおおよそ600mm、距離は6m程度。計算すると約1/10だから介助前提でスロープに出来なくはないです、が。
そんな歩きにくく殺風景な通路、果たしてお父さんのお眼鏡に叶うのか?という問題が。どうせやるなら、ご家族それぞれに満足していただきたいのだ。
なので、もともとあった石模様の平板を再利用、さらにそれを段の先端に仕込んで4段の階段通路に、という案が生まれました。
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【after】
それぞれの段の蹴上げは50〜80mm程度、あとは段の間を緩いスロープにして段差処理。緩い4段の、ティッピング4回で車いすが通れる段差付き通路になりました。なお通路幅は、平板を縦横使いで並べて75cmを基準に確保。
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この方法、実はもうひとつメリットが。
コンクリートなどで通路をつくるときは、どうしても掘削残土が出るのですが、このやり方だとスロープに比べて掘削量が減るので、残土処分も要らず予算的にもお得だったりします。
既存のリュウノヒゲも最大限、通路横の土留めに使って、歩いてもよし、介助なら車いすでもよし、お父さんの機嫌もよし、の段差だらけの通路ができた、かな?という事例などのお話でした。
※おまけ
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最近あまり見なくなってきた、車いす用のアルミ2本スロープ。鳶さん、どこかから貰い受けて、一輪車にコンクリートを0.02m3、おおよそ40kg積んでバリバリ往復してました。たわみもあまりなく、とても重宝とのこと、でした。
外出のための通路についての過去記事も、よろしければ是非に。
大きな段差には、外部で使えるリフトもあります。
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