真夜中の戯言
「...も、しもし?」
「おお、やっと出た。電話は3コール以内に出る、研修でそう教わったよね?」
「はぁ...。って、誰なんですかあなた?」
「てか、一体何時に電話かけてきてると思ってるんですか。非常識にも程があるでしょ...」
時刻は深夜2:00を回っていた。
「まぁまぁ、細かいことは置いといてさ。なかなかないと思うよ?こういう機会」
「はぁ...。だから誰なんですか」
「俺は、君だよ」
「え?」
「だから、俺は君。3年後の君だよ」
思わず、ほっぺたをつねる。
「ちょっと、全く理解が追いつかないんですけど...」
「まぁ、無理もないよね。ところで、最近はどうなの?」
すっかり主導権を握られてしまったが、諦めて質問に答えることにする。
「最近どうって言われても...。まだ社会人になって1ヶ月しか経ってないですし。可もなく不可もなくって感じですかね。」
「ふーん、3年前の今頃はそんな感じだったっけか。仕事は楽しい?」
「楽しいとかまだ全然分からないです正直。研修とかばっかりで。」
「そりゃそうか、まだ1ヶ月だもんね。この先やっていけそうかい?」
「同期も上司も良い人そうだし、何とか。」
「なら良かった。協調性と忍耐力だけはあるからね君は」
「君は、って。要はそれってあなたもですよね?」
「確かにね、よく分かってるじゃない。」
その後何度かやり取りをするうちに、体が起きてくる。
「いやー、君とは気が合うね。」
「そりゃそうですよ、だってあなたは僕なんですもん」
自分があまりにも非日常的な言葉を発していることに、違和感を感じないくらいには、この状況に馴染んでしまっていた。
「3年後の僕は何をしてるんですか?」
「お、良いこと聞くねぇ。知りたい?」
「そう言われると、知りたいような知りたくないような...」
「知りたいの?知りたくないの?」
「...知りたいです」
「そうだな、今の君が思っているほど特に変わってはないかな」
「というと?」
「逆に、今どう考えてるの?3年後のこととか未来の自分とか」
「3年後は今よりもっとたくましくて、もっと可能性に満ちていて、何なら転職とか独立なんかを考えちゃったりしてるのかなーとか、そんなところですかね?」
「あー、そっかそっか。それで言うと、3年後の君は転職も独立もしてないし、可能性にも満ちてないかな。」
「...あ、でもたくましくはなってるから安心してね。部下からはそれなりに慕われてるよ。」
「そうなのか...。何なんですかね、この複雑な心境は」
「もっと期待してた?」
「そうですね、何というか、もっとこう3年後は今と全然違ってて...」
言葉を詰まらせている僕をよそに、3年後の僕が割って入る。
「案外、そうでもないんだよね〜」
「それって、僕は今からたいして変わらずに3年後を迎えるってことなんですか?」
「とどのつまり、そういうことかもね」
「何とかならないんですか?」
「何とかしたいの?」
「何とかしたいですよ、だってこう、このままでは終わりたくないというか、人生こんな感じで本当に良いのかなって。」
食い気味に話している。いつの間にか力を込めていた拳を開いてみると、汗が手のひらを湿らせていた。
「まぁまぁ、落ち着いて。まだ社会人になったばっかりって、さっき君が言ってたじゃん。」
「いや、そうなんですけど。3年後も今とたいして変わってないと思うと誰だって焦りますよ」
「焦っても良いことないよ。今君にできることは真面目に研修を受けることくらいなんだから。せいぜい、良い部署に配属されることを毎日祈るくらいじゃないかな。」
ここまでの一定のテンポが乱れる。
そして、少しの間隔を空けて切り出す。
「結局、僕はどうすればいいんですか?」
「先のこととかあんまり考えなくて良いんじゃない?」
「それ、あなたが言います?」
「だってさ、どうせ3年後には君はこうなってるわけだし。だったら、今にもっと集中した方がいいんじゃない?」
「今に集中?」
「そう、目の前にあることに全力で取り組んでみるとか、身近にある幸せを噛み締めてみたりとか、そういうこと」
「目の前のこと、身近にある幸せ...」
思えば、この1ヶ月間、先のことや焦燥感、不安、現実には起きていない問題、そんなことばかりで頭の中を埋めていた気がする。
配属先はどうなるのだろう、本当にこの会社で良かったのだろうか、あと何十年社会人生活が続くんだろう、この仕事は本当に自分に向いているのだろうか。
今の自分にとって、それらはどれも、考え過ぎてもあまり意味のないことなのかもしれない。
「それを伝えるために電話してくれたんですか?」
「まぁ、そんなところかな」
「わざわざありがとうございます。」
「なに、急に改まっちゃって。」
「いや、何か色々考え過ぎてたのかもしれないなって。」
「考え過ぎることは別に良いことだと思うよ。ただ、どれだけ先のことを考ても、生きられるのは今この瞬間しかないと思うんだよね。」
「もし、僕が今この瞬間に集中できたら、3年後の未来を変えられるんですかね?」
「さぁね、結局変わらない気もするけど。ただ、」
言いかけて、沈黙が流れる。
「同じ未来でも、その認識は変わっているかもね。」
「今の君は3年後の自分をおそらく肯定したくないんだろうけど、たとえ同じ未来が待っていたとしても、その時は自分を肯定できているかもよ。」
過去も、現在も、未来も、どんな状況であれ、それをどう受け止めるかが大事なのかもしれない。
たとえ、3年後も今と同じ会社に勤めていても、たいして給料が変わっていなくても、馬の合わない上司がいたとしても、それらの状況、そんな自分自身にどれだけ納得感を持てているか、ということなのだろうか。
「4年後はどうなってるんですかね」
「4年後か。いやいや、今に集中しろって、数分前に言ったばっかなんだけど。」
「そうでした。つい考えてしまいますね」
「俺は3年後の君だから、4年後以降のことはさっぱり分からないね。」
「そうですよね。お互い今に集中して良い4年後にしたいですね」
「そうだな、4年後からは本気出そう。俺らはこんなんで人生終えるようなヤツじゃないしな」
「いや、今も十分本気なんですけどね。」
「もっとやれるって意味だよ。」
気づけば1時間近くも話していた。外からは新聞配達と思しきバイクの音が聞こえる。
「あ、そうだ。最後に1個」
「なんですか?」
「今頑張って口説こうとしているあの子。最終的にどうなるか知りたい?」
「え、どうなるって。付き合えるかどうかってことですか?」
「もちろん。まぁでも、教えてあげようかと思ったけど辞めとくわ。」
「いや、それじゃ余計先のこと気になっちゃうじゃないですか」
いつの間にか眠っていたらしい。
聴き慣れたアラーム音で目を覚まし、おもむろに着信履歴を確認する。
履歴の一番上には母親の名前があるだけで、スクロールしてもそれより上に名前を見つけることはできなかった。
たった数時間前、未来の自分と電話をした記憶と、メモ代わりのチャットに「今に集中する」と書かれたメッセージだけが、確かにそこに残っていた。
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