今、最も演出が冴えてるアニメ作家・渡辺歩
今回は、アニメ監督・渡辺歩について書きたいと思う。
渡辺歩さんは、今最も面白いアニメ作家のひとりであることは間違いないと思う。
賞歴を見れば、「海獣の子供」(2019年)で
・毎日映画コンクール大賞受賞
・文化庁メディア芸術祭大賞受賞etc
続く「漁港の肉子ちゃん」(2021年)で
・報知映画祭最優秀アニメ作品賞受賞
・日本アカデミー賞優秀作品賞受賞etc
といった感じで、今ノリにノッてるよね。
私の解釈では、渡辺さんは一定のテーマに沿って作品を作っていく傾向があり、
「海獣の子供」(2019年)
「漁港の肉子ちゃん」(2021年)
「サマータイムレンダ」(2022年)
が「海3部作」なんだよ。
「サマータイムレンダ」は見たことある?
いわゆる「タイムリープSF」のアニメであり、「死ぬと時間遡行して過去をやり直せる」という設定は「ひぐらしのなく頃に」や「Re:ゼロから始める異世界生活」等で使い古されたともいえるものなんだけど、それでもこれが名作となり得ているのは、渡辺監督の傑出した演出力というより他はない。
そのサスペンス描写の巧さに関しては、「ひぐらし」や「Re:ゼロ」を遥かに凌いでるからね。
「ひぐらし」がホラーの切り口、「RE:ゼロ」はファンタジーの切り口なのに対し、「サマータイムレンダ」は完全にサスペンス・スリラーの切り口。
しかも最後にはきっちり泣かせるという、その演出力の高さは近年のタイムリープSFの中でも頭ひとつ抜けてるといっていいかと。
ちょっと次元が違うわ。
こういう「3部作」っぽい流れは昔から渡辺さんにはあって
<小学生3部作>
「ドラえもん」(2005年)
「団地ともお」(2013年)
「メジャーセカンド」(2018年)
<高校生恋愛3部作>
「謎の彼女X」(2012年)
「恋は雨上がりのように」(2018年)
「古見さんは、コミュ症です。」(2021年)
<職業3部作>
「宇宙兄弟」(2012年)
「逆転裁判」(2016年)
「グラゼニ」(2018年)
などがある。
ギャグからシリアスまで、めっちゃ芸域の幅が広い監督さんでしょ?
もともとは「シンエイ動画」のアニメーターで、特に「ドラえもん」の演出で業界の注目を集めた人なんだ。
劇場版「のび太の恐竜2006」なんて、名作中の名作だよ。
でも、その彼が「ドラえもん のび太と緑の巨人伝」をもって「ドラえもん」監督を降りたんだ。
これ、「ドラえもん史上最難解」とされる伝説の作品である。
興味ある人は、ぜひ見てほしい。
終盤にいくにつれ、「??」となるはずだから。
というのも準備されたプロットと脚本に渡辺さんが納得せず、モメにモメて制作が迷走した流れらしく、渡辺さん自身はこの仕上がりには全く納得していないらしい。
といっても、興行的には30億以上を記録する大ヒット。
ほとんど哲学的領域にまで踏み込んしまった作品に、見てた子供たちは当時どう反応してたんだろうか?
今改めて見ると、これは明らかに「海獣の子供」の原型だよね。
「海獣の子供」もやたら難しい作品だが、渡辺さんはこれを「ドラえもん」の段階で既にやってたのか・・。
恐ろしい人だわ。
やがて渡辺さんはシンエイ動画を退社し、フリーになって初めて手掛けたのがこれである↓↓
「タイトルは聞いたことあるけど見たことはない」って人、多いんじゃないだろうか?
その食指が伸びない気持ちは私にも分かる。
なぜって、これラブコメなのにヒロインがあまりかわいくないから。
だけどさ、これは騙されたと思って、とりあえず第1話だけでも見てほしい。
私、あまりにもシュールな展開に大爆笑したよ。
この卜部というヒロイン、日本ラブコメ史屈指の謎キャラだね。
なぜか、こういう感じで卜部の唾液を毎日摂取しないと、禁断症状で高熱が出てしまう体質になってしまった主人公・椿。
普段感情をほとんど出さない卜部だが、どうやら唾液を媒介にすれば感情を伝達できる人らしい。
感情が高ぶると、唾液を大量分泌してしまうようだ。
なぜそんなことになるのか?を聞くと、彼女はこう答える。
だって、私はそういう人だから。
とにかく彼女は変わっている。
「趣味は?」と聞くと、「ハサミ」と答える。
なぜか、常にハサミをパンツに挟んでいる卜部。
そして、あらゆるものを瞬時に切り刻む能力を持っているようだ。
それはなぜ?と聞くと、彼女はこう答える。
だって、私はそういう人だから。
このキャラ、だんだんクセになってくるんだよな~。
唾液の交換という、ある意味一線を越えたコミュニケーションをとりつつも、なぜか卜部と椿はキスもしたことがないプラトニックな関係である。
卜部は、肉体的接触を嫌がる。
卜部のこの異様なまでの身体能力、唾液を媒介とした感情伝達、どう考えても地球人じゃないよね?
作中には繰り返し、卜部のカバンについたUFOのストラップが映る。
これは彼女が宇宙人であることの暗示だと思うんだが、結局最後までその謎が明かされることはなかった。
いや、もう宇宙人でもなんでもいいや、卜部と一緒にいられるなら、そんなことはどうでもいい・・と最後には思えるのが不思議である。
フェチ系の描写が多いのでイロモノと誤解されてしまうとは思うが、これは立派に純愛モノだし、むしろ感動系のラブコメですよ?
とにかく、渡辺さんの演出力が際立っている。
児童向けの作品で名を馳せた彼だが、こういう系統のものでも十分にやれることを証明して見せた快作である。
で、この渡辺さんの才能に目をつけたのが、STUDIO4℃の社長にしてアニメ界の女帝・田中栄子女史だね。
田中さんは元ジブリで宮崎駿とともに「魔女の宅急便」を手掛けた経歴で、プロデューサーとしてかなり慧眼のある人である。
彼女がこれまで目をつけ、ブレイクさせた人物といえば、
・湯浅政明(「マインドゲーム」)
・片渕須直(「アリーテ姫」)
が挙げられるだろう。
こういう田中女史の目に留まるってことは、ようするに渡辺さんはホンモノってことよ。
彼は「海獣の子供」「漁港の肉子ちゃん」という2作をSTUDIO4℃で作り、その名声を決定的なものとした。
最近の渡辺監督作品では、「古見さんは、コミュ症です。」が話題になったと思う。
私はこれ見て
「うおっ、『謎の彼女X』の再来キタ~!」
と歓喜したよ。
これを見てない人の多くは
「どうせ『からかい上手の高木さん』的なやつだろ?」
と軽く見てるだろうが、実際はちょっと違う。
これも騙されたと思って、第1話だけでも見てほしい。
基本ギャグアニメなのに、やたら作画のカロリーが高く、最後は演出の巧さで泣かされる系なんだわ。
渡辺演出健在!
監督・渡辺歩×脚本・赤尾でこというタッグは鉄板のようで、このタッグは
「謎の彼女X」
「恋は雨上がりのように」
「古見さんは、コミュ症です。」
といったところで実績あり。
この神タッグで、今年は「君は冥土様。」というのをやるらしいじゃん。
今から、ちょっと楽しみだったりする。
アニメというのは、ある程度原作の良し悪しに左右されるものだが、やはり演出の腕のある監督にかかると軽く原作を超えてきたりするんだよね。
渡辺歩は、そっち系の人である。
今、演出というポイントでアニメを見たいなら渡辺歩。
私は、そう思う。